余命宣告病棟

逢之 十神

文字の大きさ
12 / 12

余命宣告病棟最終話『終わりの始まり』

しおりを挟む
余命宣告病棟12話『終わりの始まり』

長いようで短い梅雨が終わろうとしていた。
それは、私の中では彼女に事について心を整理する時間でもあった。
時期に、私にも新しい患者を見る日が来る。
その時、私はどうするべきか、どうあるべきかを考えさせられた。

それと同時に、彼の余命も残り僅かとなっていた。
日に日に数値だけではなく、見るだけで彼が弱っていく様がわかった…。
私は、その現実が怖くて仕方なかった。

「…い。…せ、せい。先生っ」

声をかけられて私は我に帰った。
そう、今まさに彼の診察中だったのだ。

「す、すまない」

大事な患者の診察中に私としたことが、なにをやっているのだろうか…。

「で、先生は子供の時にどんな大人になりたかったの?それは今は出来てるの?」

今思えばこの質問は私のこれからに対する答えを出す為に用意されていたのだろう。
私にはこの時この質問の意味は分からなかった。

「うーん、難しい話だな。医者になる、といった点では夢が叶ってはいる。しかし…」

「…しかし…?」

その後に続く言葉は私にはなかった。
本当になりたかった【大人】にはなれなかった…。

「そういう君はどうなんだい?」

私は自分から彼へと話題をずらした。
それ以上の私には答えがなかったからだ。

「んー、大人になれたらやってみたい事はあるけど叶わないって知ってるから、難しいね」

私はここに来た時点で彼が【大人】という選択を無くしていることに気付かされた。
彼らは【余命宣告】されて、ここにいるのだから【大人】になる事はないのだ。
それなのに、なんていう質問をしてしまったんだと思った。

しかし、彼はそれを気にすることはなかった。

「でも、死ぬまでにやりたい事っていうのは出来たかな?」

思わぬ、発言に私は興味を惹かれた。
なにもなく生きていた彼が「死にまでにやりたい事」があると言うのだから気になって仕方なかった。

「それは…?」

「…それは、その時まで内緒かな?」

年相応に笑った彼の顔が私は今でも忘れられない。
まるで、ゲームを楽しむように、夢中になれる何かを見つけたんだと、それが分かっただけで私は嬉しかった。
彼の人生に意味が持てたのだと…。

だが、そう喜ぶのも束の間の幸せだった。
仕事の殆どが終わり新しく受け持つ患者のリストを見ていた時だった。

そう、彼が倒れたとコールが鳴った。
全身嫌な汗でまみれた。
部屋に行くことがこんなにも恐ろしいと思いもしなかった。

しかし、私の患者で私が看取らねばならない。
覚悟を決めて私は部屋へと入る。
そこには、もはや手の施しようもなく器具は外され最低限な状態で生かされている彼の姿があった。

横に行き手を触ると彼は反応してくれて、こちらを見てくれた。
一生懸命何かを口にしようとしていたが、それは上手く聞き取ることは出来なかった。
だが、私は彼の伝えたい事が何と無く伝わってきた。

「わかった…。ありがとう、ちゃんと君達の想いは受け取ったから、もう休んでいいんだ…」

その言葉が聞こえたかは分からないが、彼は静かに息を引き取った。

長く短い【彼女と彼】の時間が静かに幕を下ろした。

その時の私は泣くことも出来ずにその真実を受け止めようと必死だった。

守りたかった。
守ろうと必死になった。
死なせたくなどなかった。

そして、私はこの病院を去ることを選択した。
最後の日に屋上へと一人階段を上っていた。

扉を開いた瞬間、私の頬にあふれんばかりの涙が零れ落ちた。
彼女たちが弄っていた花壇にひまわりが咲き誇っていた。

「…とても、大きくて…綺麗な…君達のような花火だね…」

届くはずがないと知りながらも私は精一杯空に伝えた。

『ねぇ、先生もし先生が本当に苦しんで悩んでいるなら…本当に先生がしたいことを選んでほしい。それこそが彼女が望み、僕が望むことだから…』

彼からの手紙を読み終えて机に置き、眼鏡を外した。

君達が見せてくれた、世界は私をちゃんと愛するための選択が出来たと思おう。

「せんせー!!」

「せんせーってば!!」

元気一杯に私を呼ぶ子供達。
ここは「余命宣告病棟」ではない。

精一杯生きる彼らを活かすために私が設立したサナトリウム【向日葵】
生きることを諦めずに生きたいと願う彼らの最期の希望の場所として作った。

そして、ここではみんなが家族で、みんなが笑い合う場所。

私は君達に教えられた。
医者になりたかったのは、こんな風に寄り添い生きる事。
いつでも、その小さな手を掴み、いつだって希望になれる存在。

「せんせー!!いつまでよんでるのぉ?早くしないと置いて言っちゃうよー」

「ダメダメ!!せんせーいないと始まらないんだから!」

「先生…お手手…繋いで…?」

いろんな子が集まる。
でも、私はあの頃のように絶望もしてないし、心を押し殺したりもしない。

「私」としてここで彼らと生きている。

「あぁ、行こう。ごめん、手を繋ごう。はぐれないようにしっかり掴んでおくんだよ?」

今年もサナトリウム【向日葵】は丘からはひまわり畑が広がる。

最初の種は君達からもらった。
そして、ここに来るものが増えるたびに種を蒔いた。

見ているかい?
私は、生かす道を選んだ。
それが、私の願いだから…。

「せんせい…?」

「なんもないよ」

手を繋いでいる幼い子供の頭を撫でる。

「さぁ、今日も祈ろう。始まりでもあるお姉さんお兄さんに【ありがとう】と…」

「「はーい」」


end
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...