71 / 100
藍祐介と神野樹
罠
しおりを挟む「……さて、それじゃーね!回復魔法は奥が深いから頑張るんだぞー!イメージだよイメージ!」
いつもの調子に戻り、僕に手を振って離れていくマール先生。
僕もしばらく立ち尽くし、その後自分の部屋に戻り、杖を置いて食堂に向かう。
―――――――――――――
向かう時に、騎士団訓練場で素振りをする藍君が見えた。
……やっぱり、藍君も頑張ってるんだ。顔付きもその、男らしくなったというか……
いつの間にか覗くように見ていた僕自身に気付き、慌てて離れる。
マール先生が言った事、それはつまり藍君と二人で……
凄く今更だけど、その事で顔が燃えるように熱くなるのを感じる。
僕は顔を伏せながら食堂に向かい、食事をとる。
「……っ!」
一瞬、不意に背中に纏われるような視線を感じた。
その後は無くなったけど……気のせいなのだろうか。
――――――――――――――
あれから食事を終え、僕は部屋に戻る。
ベッドに座ったら、自然と藍君の事を考え始めていたようだ。
これからの事、僕なんかが藍君に付いていって良いかとか。
正直、『あの事』があってから藍君とは話せてないし、ちょっとどころじゃない恥ずかしさがある。
会ったら多分顔が紅くなってまともに顔をあげられないだろう。
……どうしよう……流石にまだ明日とか出発じゃないよね……
僕が考え込もうとして顔を俯けた時、床に見慣れない物があった。
――なんだろ、これ。
有ったのは、元の世界に存在していた、『ノート』の一ページ。
思わず手に取り見てみると、何か文字が裏に書かれていた。
僕は、その紙の下に方に書かれていた送り主であろう名前を見る。
――藍佑介より。
この名前を見るだけで、僕の鼓動は早くなる。
内容を見てみれば……
『実は、樹に大事な話があるんだ』
この一文が、僕の思考を激しく揺らした。
――大事な話って、そ、『そういう』こと?でも王宮から出ていく事を話すって事も……いやそれなら、わざわざ手紙で、『大事』な話なんて書かないよね――
「……っ」
思考を無理やり止めて、壁に目をやる。
時間はまだ、大丈夫。
お、お風呂入らなきゃ……
――――――――――――
お風呂に入って、服も新しいものに変えて、鏡で身だしなみを確認する。
久しぶりに会う藍君には、その、ほんの少しでも可愛いと思われたかったから。
『大事』な話の前というのも、大分あるんだけど。
……よ、よし。行こう。
時間にはまだなっていないけど念を入れて早めに出発する。
夜道を歩きながらこれからの事を考えた。
異世界なんて分からない事ばかりだけど、藍君が隣にいるのなら……
そんな事を思い浮かべていたら、訓練室に着く。
訓練室は夜も空いているんだろう、扉も空いていた。
魔力のような白い光が、相変わらず部屋に点いている。
一人そわそわしてしまい、落ち着くために辺を歩き回った。
あちこちに行っては戻りを繰り返し、頭も冷えてくる。
これまでの事も、当然考え直していた。
――指定されていた訓練室は、藍君が来た事のない場所。
――いつもより丁寧に書いているのは分かる、しかしそれ以上に乱雑さ、汚さが見られる筆跡。
――あの時の、負の感情が載せられた視線。
何かが、変だ。
まるで、『全く噛み合わないパズルのピースのような』
まるで、『藍君以外の誰かが僕を操っているような』
……早く、戻らないと。僕は――
不自然感が僕を包んで、それが抑えきれず出口に足を伸ばした時。
――扉が、開く音がした。
「ひひっ、ホントにいるじゃん!」
「やっぱ山本はすげえ!」
「……ああ、当然だろ」
その声の主を見たくなくて、僕は自然と顔を下に向ける。
背筋に冷たい汗が蝕んで、気持ちが悪い。
何が起こっているのか、頭が考えることを止めさせた。
「どこ向いてんだ?」
不快な声が更に聞こえても、僕は下に顔を向けている。
「……今日は楽しもうぜ、『樹』?」
一番言われたくない人に、下の名前で呼ばれる。
藍君が僕をそう呼ぶ、それを真似たようで……凄く気持ち悪かった。
「はっ、無視か。おい、お前ら好きにぶちかましていいぞ」
不穏な台詞の十秒後。
「……っあ!」
僕の身体に、『炎の球』が襲い掛かる。
当然、その突然の魔法の攻撃に対応できなかった僕は、五メートル程飛ばされた。
「ひひ、ひひひ……人に魔法ぶつけるのってこんな気持ち良いんだな」
「お、俺も!ウインドカッター!」
風の刃は僕の服を、背中を容赦なく切り裂いていく。
痛くて、苦しい。
「……ホーリー、ベール」
習った魔法を、必死に自分へかける。
でも……唱えただけで、イメージは全く纏まってくれない。
「はは、お前魔法下手クソかよ!救いようねーな!」
練習では出来たのに。マール先生が教えてくれたのに……僕は初めて魔法の発動に失敗した。
間髪いれず、炎と風の属性魔法が僕を襲って来る。
「……うっ……痛いよ……熱いよ……」
炎の熱が僕の肌を焦がして、そこに風の刃が降りかかって。
僕の口から、勝手に身体の悲鳴が発せられる。
同時に、その味わった事のない痛みで僕の意識が離れていく。
「――何、楽になろうとしてんだ?」
その台詞の直後、水の塊をぶつけられた。
離れそうになった意識は、その冷たさで無理やり戻る。
「おら、回復しろよ。回復魔法強化なんだろ?」
言われなくても、この痛みと苦しみを消すためにはそれしかなかった。
「……っ」
唇を噛んで、頭の中でホーリーヒールを唱える。
イメージはぐちゃぐちゃだけれど、固有能力のおかげか傷は癒えた。
「……はっ、固有能力で恩恵を受けてその程度かよ。才能ねーな!」
癒えたものの、完全には治らない傷。
それに罵声を浴びせられ、同時に傷へ水弾が何回も襲いかかる。
「……っ……」
痛みで、声が出ない。
僕は我慢しながら、無様に倒れその痛みへ回復魔法をかけていく。
「……はは、ははは、本当に面白いなお前!」
「山本、やりすぎだろー!」
「鬼畜ですなー、ひひっ」
後ろの二人も、気持ち悪い笑顔を見せる。
――この地獄は、いつ終わるの?
――僕はこのままずっと、三人の玩具なの?
不安と焦燥と絶望が、勝手に僕の頭を駆け巡る。
それが抑えきれなくなって、僕は泣いてしまった。
「おいおい、こいつ泣きやがった!」
「ひひっ、本当にどうしようもないなこい
つ」
言葉を浴びせられる度、僕の心は死んでいく。
間髪入れず、丸くなっていた身体へと蹴りが入れられた。
「っ……ぐ」
お腹に思いっきり足が入り、息ができなくなる。
構う事無く、後ろの二人からの火と風は止まなかった。
「ほら回復しろよ!まだまだ続けるぞ!」
「ひひっ……!死んじゃうんじゃねーの?」
「佑介君に会いたいー?はは、泣くなって」
……こんな場所、誰も助けになんて来れないよ。
でも、でも……どうしても、『あの時』、絶対に誰も助けてくれないと思っていた時に。
――僕を助けてくれた、藍君が過ぎってしまう。
『「あ、い君、助けて――」』
壊れかけた僕の身体が、心が、勝手に口からそう告げた。
――――刹那。
「おい」
三人の声ではない、怒りが篭った低い声が訓練室に響き渡る。
僕のさっきの小さな叫びを、三人は笑って馬鹿にするはずだっただろう。
「来るわけないだろ」、「お前はずっと、ずっとこのままだ」、「お前を助ける奴なんていない」……そんな風に。
でも、三人は口を閉じたまま、訓練室の入り口を凝視している。
それはまるで、在りえない物を見るようで。
「……樹に何、やってんだ?」
まるで、僕の叫びが届いたかのように藍君はこの場に現れた。
その『現実』が、あまりにも非現実で……僕はまだ受け入れる事が出来ない。
「樹」
三人が黙っている中、藍君が僕の名を呼ぶ。
混沌とした思考が覚めていくのを感じた。
真っ直ぐな眼差しで僕を見る藍君の表情は、とても悔しそうで。
「ごめん」
そう、藍君は頭を下げる。
……頭を下げなきゃいけないのは、僕だよ。
こんな僕を、助けに来てくれてありがとう。
理由も方法も分からないけど、何でも良い。
――死んでいこうとした心が、戻っていく。
流れ落ちて行く涙が、引いていく。
本当に、藍君の事が……大好きで良かった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる