黒い鞄

瀬名川圭

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ー就活という名の重き扉ー

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大学も4年目になると、嫌でも聞く言葉…

「ねぇ、就活どうだった?」
「うまくいきそう!!」
「これで、何社目だ?」
「また、落ちたらどうしよう?!」

だ…。


思えば今日は、朝からついていなかった。

「あっ、これ来てた…。」

同居してる弟の和也が、歯ブラシをくわえながら俺に1通の封筒を渡してきたのが始まりだ…

「三菱電機か…。」

そこは、数日前に合同で面接をしてくれた企業だったが…

「やっぱな…。」
「まだ、決まんねーの?母さん達、心配してるよ?」

わかってはいる。わかってはいるが、なかなか内定が取れない…

「和也?お前は、どうなんだ?」
「俺は、まだ高校入ったばっか!!バイトも夏休み前のテストの点数で出来るか決まるらしいし…」

テレビでは、就活の話題が流れてる…

『今年は、大学生の就職率が…』

女性アナウンサーが、少し眉を曇らせて話していたが…

プチッ…

「おっ?なんとか間に合った!」

和也が、チャンネルを変え、占いに変わった。

「やった!かに座1位だ!!お洒落なカフェに行くといい出会いがあるって。」

俺は、双子座だが…なかなか出てこなかった。

『今日のアンラッキーは、ざーんねんっ!!双子座のあなた!!思わぬアクシデントに遭遇。でも、ラッキーポイントは、黒い鞄!!吉方向は…』

プチッ…

「…。」

消された…。

「じゃ、俺、学校行ってくるよ。兄貴、就活成功するといいな!!」

と学生鞄にスポーツバッグを手に、和也は学校に向かった。

再び、テレビをつけたが占いは終わって、別のニュースが流れてた。

「そろそろ、俺も仕度して行かないと。」

就活も失敗続きで、些か腰が重くなるが、このご時世面接を受けてくれるだけでもありがたく思わないとな…


大学に行っても、話題になるのは面接結果…

「はっ?だって、お前受けたの昨日だろ?」
「うん…。即日、不採用だった…」
「…。」

同じゼミに通い仲良くなった桂木が、かなり思い詰めた顔をしていた…

「有り得んだろ?取る気ねーなら、最初っからやんなよ…」
「だな…」
「気が重くなる…」

桂木は、病気の母親がいるから、なんとしてでも内定をとりたく頑張ってるのに、今だ内定を貰えない…

「まぁ、最悪俺ら内定が貰えなかったとしても、卒業は出来るし、いざとなったらバイトからってのも…」
「んー。けど、やっぱな…」
「うん…。まっ、まだ先は長いんだし!!」

つい先日、ある講義を教えてくれてる先生が何気なく言った『就職氷河期』の言葉が浮かんだ…


翌日に、丸倉運輸の面接を受けたが、不採用…

大学に通いながら、就活し、その最中にバイトとなると慌ただしいが、それでも週に1度の企業面接を受け続けた…

最初は、暗い言葉しか聞いてなかったが、徐々に明るい話題も出始め…

「そっか…。桂木、おめでと!!良かったな!!」

一番、心配していた桂木が、やっと内定を貰えた…

「あとは…」
「俺と…」
「俺だ…。まっ、最悪取れなかったら、跡でも継ぐか!!」

佐々木の家は、小さな印刷会社を経営し、大学でもデザインの先攻を受けている…

そんな、佐々木も遂に…

「受かった!!50社受け続けて遂に…」
「すげー!!豊菱って産業用ロボット作ってるとこだろ?」
「…。」
「うん。親父に言ったら、腰を抜かしてたって…。お袋から今朝電話あってな…」

声が段々遠ざかって聞こえてくる…

夏休みに入ってもなかなか俺の就活は、終わりを迎えなかった…


「平均点が、362点か。」
「そっ。クラス平均だけどな。」

和也の中間考査が返された…

「ランクも上位だったから、これ判子押して。」

バイト許可申請用紙…

保護者欄に署名捺印し、和也に渡す…

「あとは、バイト先だ…」
「いや、バイト受かった!!スリーマートで、土日だけだけどな。」
「…。」

和也は、テストの結果が悪くても、内緒でバイトをする気だったらしく、事前に面接を受けていたらしい…

「お前、やること早いな…」
「兄貴もさ、大手企業にこだわらなきゃ、直ぐに見つかるかもよ?」
「…。」


翌日、目が覚めたら和也は居なく、『バイト行ってくる!』という走り書きのメモが、置いてあった…。

「拘ってはいないが、奨学金の返済もあるし…。」

家にいても気が滅入るし、なんの予定もなかったが気分転換に街まで出てきた…

「歩行者天国、か。」

駅前の大通りでは、道路を封鎖して歩行者天国を開催し、かなり賑わっていた…

「へぇ、フリーマーケット?そんなもんやってんだ…」

服や玩具等が、かなり安く売られていて、見ているだけでもなんとなく楽しくなる…

「おっ?懐かしい…。」

ふと見つけた『笑う!セールスマン!』というコミック本。

「おじさん、それ好き?」
「昔な…読んでた。」

かなり夢中になって読んでたから、しょっちゅう母さんに怒られていた…

少年が、俺をジッと見てる…

「…。い、いくら?」
「んと…50円!!」

と小さな手を広げて示した。

横にあった50円のビーダマと合わせて買った…

「ありがとうございます!!これで、100円だ!!」

100円を少年に渡し、他のブースも覗いたり買ったりで…

「僅か半分回って500円使った…」

懐かしい本や小さな玩具しか入ってないビニール袋を下げ、小さなベンチで休んでいた…



「ねぇ、ちょっと!そこのお兄さん!!」

最初、誰に声をかけているのかわからず、無視をしていたら…

「そこのあんた!あんたよ、あんた!まだ、就職決まってないあんた!」
「…。」

周りを見回しても、そんな看板を背負ってる奴なんているはずもなく?というか、わからんだろ!!という訳のわからんつっこみをしながらも、声のする方向へ顔を向けた…

「俺?」

と自分を指さし…

「そうよ!そこのあ、ん、たー!!」

と何故か嬉しがる奇妙な格好をした男…

なんだ、こいつ。変な格好をしやがって…

オウムみたいな緑色の頭に、服装もなんかカラフルだし、言葉もなんか…

「やーね!!あたし、そんな変な奴じゃないわよ!!正真正銘、お、と、こ!!」
「…。」
「ところで、あんた!まーだ、就職先決まらないの?」
「…。」

図々しくも俺の隣に座るが、俺が少し避ける…

「あの、俺ちょっと急ぐか…ら…」

と立ち上がると…

「おい、待てや、ごら!!」

とさっきとは違う喋り…

「人がやさしーく話してるのに、なーんでてめーは逃げようとすんた?ええっ?!」
「…。」

いかにも、因縁つけてる…

「な、にか?俺、なんかしました?」
「そうやって、素直にしてりゃいいんだよ。こい…」

手を捕まれ、再びフリーマーケットの中へ…

「よいしょ。お留守番ありがとね!!大ちゃん!!」

大人しく座っていたブルドッグに奇妙な格好をした男がキスをしてた。

「あんた、まだ就職先決まらないの?」
「…。」
「おい…」
「は、はい…。」

だから、なんでそれ知ってんだよ…

その人が、売っている物は変わっていた…

衣類、玩具は、どこもそうだが…木彫りの変な人形や絵画もあった。

「コホンッ…」
「…。」
「あなたの運命を決める鞄いかが?」
「はっ?」

普通の黒い革のビジネスバッグみたいな…少し解れてたりするが…

「いや、あるから…。」

と断ると…

「あんた、三菱電機おちたんだって?」
「…。」

だから、なんで知ってんだよっ!!

「そこ、どうしても受かりたかった?」
「…。」

確かに…。そこに入れれば、俺の人生決まったもんだから…

「来週、兼子食品も受けるんでしょ?」
「は…」

だから、なんで!!誰かの知り合い?

「おやめなさいな。そこは、運気がよくない。」
「だって…」
「だからね、この鞄使いなさい。きっとあなたに合った就職先が見つかるから!!ねっ?」
「いや…でも…」

その鞄についた値札が…

「10万って…」

んな金持ってねーし…ボロいし…

「不満?」

と変な格好をした男が、薄く笑いながら俺を見た…

「んー、そうねー。あなた、さっき何買ったの?」
「は?」

見られて恥ずかしくはないが、おそるおそる袋を差し出し、男が中の物を取り出していった。

「あら、綺麗!これ、なーに?」

手にしたのは…

「ビーダマ…」

ひとつひとつ空に翳しては、覗きこんでは驚いてた…

「じゃ、これと交換!!」
「…。」

勝手に決まられてもね…

「きっと、あなたの役に立つから。但し!この鞄に逆らわないで!あと、その鞄に興味を示した人に、その鞄を渡してあげて。」
「はぁっ…」

訳がわからぬまま、ビーダマと鞄を交換し、フリーマーケットの場を出て、家に帰ってきた。


「で、それがその鞄?」
「うん…。」

朝出掛けにいつも使ってる鞄の持ち手が切れて、買わされた?鞄に詰め替えて、大学にきた…

「少しボロいが、普通の鞄だよな?」
「うん…。よく見かけるタイプだよ。同じの父さん持ってるし…」

桂木や佐々木にその時の事を話すと、首を傾げてた。

「まっ、詐欺とかでなくて良かったんじゃねーの?」
「まだ、使えそうだし…。もしかしたら、うまくいくかもよ?」

と桂木が、言っていたが…


その日の帰り道、不思議な事が起こった…

いつもの曲がり角で、曲がろうとすると鞄が急に重くなった…

「あれ?なんでだ?そんな重いの入ってないのに…」

中身を取り出して、再び曲がろうとしても、また…

「まただ…。空になってるのに!」

で、今度は、少し遠回りをしようとすると…

「…っと!!あっぶね。さっきまで、あんな重かったのに!!」

急に軽くなり、転びそうになった…

で、戻ろうとすると重くなる…逆に行くと軽い…

「なんか、お前変な鞄だな…」

最寄り駅から自宅まで30分近くかかるのに、珍しく遠回りの遠回りで、90分近くかかって、家についた頃には足がだるかった…

「ただいま…。疲れた…」
「おっ、良かった!無事じゃん!!」
「はっ?何いってんだ?和也…」
「知らんの?あんなパトカー騒いでたのに?」

確かに、やけにパトカーのサイレンがうるさいとは思ったが…

和也から、聞かされたのは、ものすごかった…

ゴクッ…

「そんなに?」
「うん…。俺、良くは見れなかったけどね…」

うちのアパートの近くで、殺人が起きたらしく、亡くなった男性の腹部には無数の刺し傷…

いつも通り俺があそこを曲がっていたら、俺も巻き添えをくってたのかも知れない…

『この鞄が、それを察知してくれたのだろうか?』

等と子供みたいな事を考えながら…兼子食品の面接の日…


「まただ…。」

まっすぐ行けば、兼子食品の会社があるのに、進もうとすると鞄が重くなる…

「頼むよぉ!俺、ほんと内定決めないと!!なっ?」

端から見たらおかしな人間と思われてるだろう。しゃがんで、鞄に語りかけてる男…

「はいはい。こっちに行けば、いんだろ?」

ったく!!この鞄、人間みてーに意識もってんのか?!それで、あの男怖くなって、俺に押し付けたのか?!

その鞄の示す道なりに歩いて行くと…

「ここって…」

その会社は、俺が3年の夏休みにバイトをしていた文具メーカーのKOIKEだった…

壁には、大きく正社員・準社員・パート・アルバイト募集と書かれた看板が設置されている。まだ、比較的新しい…

でも、1回ここ受けてるし…

動こうとすると、鞄は重くなる…

どうしたもんか?と迷ってると、入り口のドアが開いて、女性が現れた…

「あの、なにか?」

胡散臭そうな顔付きだったが、就活中に表の看板が目についた事を告げると快く中に通してくれた。

「就活ね…。んー…」

この人が、現在の社長?前に見た人とは違う人だった。

「うちが今欲しいのは、女性社員なんだよね…。」
「そうですか…」

重い空気が流れた…

「ちょっと、待ってよ…」

で、社長さんが部屋を出ていった数分後、もう一人の男性を連れてきた。

「こちら、ひなぎく生命保険の相川さん。」
「はい。」
「どうも。君、就活してるんだって?」
「まぁ、はい…」

恥ずかしかったが、色んな企業を受け続け落ちまくってる事を話した…

「1回、受けてみるか?」
「は、はいっ!!お願いしますっ!!」

連絡先を教え、持っていた履歴書を小林さんに渡して、KOIKEをあとにした。

連絡は、その日の内に来て、翌日食事をしながら簡単な面接をし…

「1週間の間に結果を連絡をします。」

と小林さんの上司の上田さんが言っていたが、面接をしたその日の内に連絡を受け…

「良かったじゃん!!」
「ひなぎく生命って、社長が変わってから急に伸びてきただろ?」
「…。」

佐々木の話だと、今年の正月に前社長が亡くなり、息子の上田敦也が跡を継いだらしい…

それから半年後、大学を卒業する前に研修という事で仕事をすることになり、あとは他の先輩社員についたりなんだりで、保険の契約もなんとか出来るようになった…

そろそろ、この鞄ともお別れかな?
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