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64.わたくし、解っていました
しおりを挟むさて、真夜中。
香散見さんは、わたくしをぎゅっと抱いて眠ってらっしゃる。きっと、抓っても起きないに違いありませんわよ。わたくし、解っていました。
この方、絶対、ご自分で、潜入なんてするはずがないのですもの。
そして、わたくしは、一人、在るのかどうかも解らない、五の宮さまと右大臣達が、『東宮殿下』を陥れようとしている証拠を見つけてこなければならないという……この、理不尽さ。
けれど、解っています。
文句なんて、申し上げても仕方がありません。この方、やるとなったら、絶対にやりますもの!
かくて、わたくしは、香散見さんを起こしてもいいので、やや乱暴に腕をふりほどいて、褥を出る。
女房装束を着ていると流石に目立つので、ここは、袿のみを着ていくことに致しました。しかも、闇に紛れられるように、香散見さんが着ていた濃い色の袿を拝借した。
香散見さんの、香りが、残っている。抱きしめられているみたいで、うっかり胸が高鳴りそうになる……。
部屋の外に出ると、すこし、肌寒い。あたりに、見回りの男がいたけれど、運良くこちらの方は見ていなかった。どういうことかというと、通う女がいたらしく、その子と、楽しそうにおしゃべりをしているところのようだった。
こちらは、東宮妃になる予定の女と、その女房だから、きっと、大人しくしていると思ったのだろう。
わたくしは、西の対から、東の対を目指す。
運良く、打ち橋は架けたままだった。
だからと言って、簡単に、なんとかなるとも思えないけど……。
わたくしが、こそこそと、東の対まで向かっているその時だった。
「ん? そこに、女房がおるのかえ?」
男の人の声だ。五の宮さまではない。
どうしよう……。わたくしは焦る。けれど、男の人は、構わずに続けた。
「おお、そなた、良い所に。どうも、酒を過ごしてしまったらしくな。……喉が渇いて仕方がない。そなた、水を持ってきて貰えぬか?」
酒をすごした―――ということは、おそらく、五の宮さまと一緒にお酒を楽しんでいたということ。つまり、この方が、右大臣。
そして、運良く、わたくしを、この邸の女房だと思って居る様子だった。
わたくしは、決めた。このまま、この邸の女房として、応対しよう!
声のする方……つまり、半蔀のほうへと向かって、わたくしは歩く。あくまで、女房らしく、しずしずと。
そして、半蔀が、キイと軋んだ音を立てて、少し開いた。
その隙間から、ぽってりした顔の中年のおじさまが、顔をだす。近くに女房も居ないらしい。だから、わたくしが呼び止められたのよね。
「すまぬな」
「はい……ですが、わたくし、このお邸に勤めて間もない、新参ものですの……先輩方を起こしても気の毒ですし。もし、うつわのようなものがあれば、お貸し下さいませ」
かくてわたくしは、東の対のほうをうろつく、大義名分を得た。
大抵、水は水甕に溜めたものをつかうのだろうけれど、炊屋もわからないし、井戸も解らない。右大臣様には申し訳ないけど、後回しにして。証拠の品を、なんとしてでも手に入れなければ!
わたくしは、そして、東の対へと、歩き出した。
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