伏して君に愛を冀(こいねが)う

鳩子

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12.皇太后

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 白亜の殿舎に入り、通されたのは、家族が団らんのひとときを過ごす為にもちいるような、部屋だった。

 床に近い卓子テーブルに、低い椅子。故郷のお茶会を思い出す。こういうテーブルの上に、香りの良いお茶、それに美味しい茶菓子を用意して、お茶の時間を過ごしていたのだった。

 実家を離れてみると、あのひとときが、どれほど貴重で愛おしいモノだったのか、よく解る。

 卓子には、先帝と、皇太后が座っている。完爾かんじたる笑顔を浮かべては居るが、威圧感に、肌がピリ、と刺激されるほどだった。先帝、蓮花れんか帝は、齢五十を回っているはずで、確かにその顔には深い皺が幾つか走っていたが、象牙色の肌は艶やかで、張りがある。現皇帝と、眼差しが似ているが、もっと毒々しいような色気が漂っていて、琇華は怖ろしく感じる。

 りん皇太后は、皇帝より十歳近く年若い方で、流石にみずみずしさを感じる事はないが、菩薩のような慈愛に満ちた眼差しをしている。

(それでも、このお二人は、妾を蕃国ばんこくの娘と言って、嫌っておいでなのね)

 琇華しゅうかは切なくなって、涙が零れるのを止められなかった。

「皇后」

 窘めるような皇帝の声を聞いた琇華は、はた、と気がついて、伏して拝礼する。

「慈愛ある両陛下のお姿をみたら、感動のあまりに胸が一杯になってしまいまして、涙を止めることが出来ませんでした。ご挨拶も済まないままに、申し訳ございません。伏して、お詫び申し上げます」

 お詫びの言葉を述べると、「そんなことはどうでも良い」と皇帝が苛立たしげに、琇華を立たせた。

(いつも、苛立っている方……)

 そんなに、ほう国との婚姻が嫌だったのならば、黄金など諦めれば良かったのに、と琇華は思う。

煌焔こうえん殿が、掌中の玉のように愛していた姫とは聞いているが、これほど美しい姫だとは思わなかった。こんなことなら、漓曄りように帝位を渡すのではなかったよ」

 はは、と先帝は笑う。煌焔は、琇華の父で堋国王だ。

 冗談にしては、きわどい言葉だったので、流石に淋皇太后が窘める。

「陛下、また、女人好きの血が騒ぎまして?」

「いや、惜しいことをしたと思っただけだ」

「ご冗談でも、口にするのはお止めなさいませ。皇后ともなれば、血は繋がらずとも、わたくしの娘ですよ」

「勿論、は、息子の妃を取るほど、道を踏み外すことなどしないよ」

 先帝は、皇太后の機嫌を取るように、そっと、皇太后の口唇に指を触れる。仲睦ましいようすの二人を見ていると、羨ましくて、胸が痛む。

(妾には、こんな未来はないのだものね……)

 目頭が熱くなってくるのを必死で堪えつつ、なんとか、微笑みを作る。

「父上、母上。この通り……まだ、いとけない皇后ですが、これから、娘として、どうぞお導き下さいませ」

 皇帝が拱手こうしゅして拝礼するのに、琇華もならった。

「皇后は、皇帝の後宮を束ねる重要な役目です。隅々まで目を配るようになさい。後宮の乱れは、国の乱れ―――情けなくも、わたくしは、その為に、この国を危機に晒しました。あなたは、そうならないように、よくよく、夫の行動と、端女はしために至るまで、すべての女達の行動に気を配るのですよ!」

「はい、……皇太后さま」

 皇太后が、この国を危機に晒したというのは、どういうことか気になったが、この場で聞くのは気が引けたので、あとで、調べてみようと思った。しかし、それにしても、琇華は、孤立無援だ。おそらくは、しばらく、ほう国へ文を書くことも出来ないだろう。

 先帝、皇太后への挨拶を済ませて殿舎から出たところで、琇華は、安堵のあまりに眩暈がした。どうせ、皇帝に言っても、相手にもされないだろうと、手近に居た宦官を呼んで、輿を用意するように言う。殿舎に横付けするわけには行かないが、玄叡げんえい宮の入り口までは来て貰えるだろうと思ったのだった。

「お輿ですか?」

 宦官が、驚いて聞く。か弱い皇后だと思われたかも知れないが、どうせ、皇后が使うという殿舎も解らないので、輿は必須だった。皇帝は、後ろも振り向かずに歩いているので、やはり、頼りにならない。

(なにか与えなければ、動いて貰えないのかしら)

 与えられるモノと言ったら、釵くらいだ。髪から引き抜こうとしたところで、低い声に打たれた。

「何をしている」

 皇帝の声だった。やはり、不機嫌そうで、殿舎から遠く離れていたのにもかかわらず、足早に琇華に近づいて来る。

「陛下……。妾は、歩いて殿舎に戻るのがむずかしいので……輿を頼んで居たところです」

 小さな声でいう琇華、皇帝は一度溜息を吐いた。

くるまを用意している」

 面倒そうに呟いて、来た時と同じように琇華を抱き上げて、すたすたと歩き出す。

 間近で見る、整いすぎた無表情の下で、この皇帝がなにを考えて居るのか解らなくて、琇華は戸惑う。

「俥……を、用意して下さったのですか?」

 問いに、答えはない。琇華を気遣って俥を用意した―――と言ってくれることを期待したことに気がついた琇華は、自嘲の笑みを浮かべる。そんなはずはない。

(きっと、良く気がつく宦官が手配してくれたのでしょう)

 そう思うことにして、琇華は黙った。軋むほど胸が痛いのに、皇帝の腕は、なにかを勘違いするほどに温かかった。



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