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13. 偽装夫婦
しおりを挟む―――人の目があるから―――。
琇華は、そう結論づけた。
先帝と皇太后への最初の挨拶を済ませたあと、抱きかかえられ、俥で玄溟殿まで連れられたが、俥の中、琇華は皇帝の膝の上に乗せられたままだった。
『なぜ、……お膝の上に……?』
『また、抱えて玄溟殿へ入るのが面倒だからだよ』
素っ気なく言う皇帝の真意は、やはりわからない。俥から降りるとき、皇帝は宣言通り、琇華を抱きかかえたままで、そのまま、大人しく帰るのかと思ったら、侍女の祁瑛漣に命じて、茶の仕度を一緒に飲むと言い出して、榻に並んで座らせられた。
(これも、しきたりなのかしら)と、琇華は、戸惑う。疲れ果てている琇華としては、一刻も早く眠りたかった。だが、お茶会と言われたら、ちゃんとするしかない。
(お茶会の心得は、忘れないわ)
琇華は、思い出していた。『お茶会の心得を思い出しなさい』と言った父王の言葉を。
お茶会の心得は、堋国では大切な教えである。
お茶会というのは、多くの人が参加する。堋国では、大茶会という行事があって、年に二度、禁苑(皇帝専用の庭園)が解放され、首都湖都に住まうものならば、誰でも茶会に参加できる。
貴賤を問わず、である。
考えの違う者もいる。身分や立場が違うものもいる。だが、この茶会の間は、一切争いを禁じられている。それは、国王の命でそうなったのではない。みんなが、今ここに集う人たちを不愉快にしないように、と振る舞うことを心掛けるようにしたからだ。
『ここに集ったのは、お茶を愉しむことが好きな人たち。だから、ここの人たちを不愉快にさせない為に、みんなの為に振る舞いましょう。そして、このお茶会をみんなで愉しみましょう』
その教えが骨身に染みているから、お茶会だけは、不愉快な態度をとるわけにも行かない。
『今夜は、この玄溟殿に来るから、仕度をしておきなさい』
『今夜……ですか? なにか、ご用事があるのでしょうか』
結婚するというのは、毎日毎日、儀式が多いことなのだなと、うんざり仕掛けたのを笑顔で取り繕う。
『わたしたちは、新婚の夫婦なのだが? ……新床の皇后を、独り寝で泣かせるわけには行かないからね。毎日来るよ。たまには、わたしの殿舎でも良いけれど』
血の気が引いた。笑顔を取り繕うことも出来ないくらい、身体が震える。
(この男は、抱く気もないと言った妾の所に通うのか……)
昨晩のように、ぞんざいに扱われるのだろう。そう思ったら、気が遠くなって、それから、記憶がない。
興奮気味に話す瑛漣の話によれば、
『皇帝陛下は『年甲斐もなく昨晩は無理をさせすぎね』と仰せになって、そのまま、こちらの牀褥に抱き上げてお運び下さったのですわ!』
とのことだった。
『しかも、去り際に、頬に口づけまでなさって! 皇后さまは、陛下から愛されておりますのね。本当に、喜ばしいことですわ!』
顔を紅潮させて言う瑛漣の言葉を聞いていると、琇華まで気恥ずかしくなってしまうが、これは、おそらく、『人の目があるから』だ。傍目には、仲睦まじい夫婦で居なければならないということだろう。
(愛しても居ないくせに)
心の中で反発を覚えるが、表には出さないで、『そんなことをなさったの?』と恥ずかしそうに聞いた。
『ええ。私たち侍女は、全員見ておりましたから』
『いやだ……そんな恥ずかしい話が噂になったらどうしようかしら。妾は、外を歩けなくなってしまうわ』
『あら……それは、申し訳ありません、皇后さま。もう、あっという間に瀋都中に広がっていると思います。皇帝陛下は、堋国から嫁いできた皇后さまに夢中なんだ……って』
琇華は、頬を押さえる。さも、恥ずかしそうに。
『堋国の姫が、皇帝陛下を籠絡したと、言われないかしら……?』
『まあ! そんな噂が立つとも思えませんわ』
『でもね。妾は……国で言われてここに来たの』
心配そうな声を出して、瑛漣に聞く。『游帝国の方は、『堋国を蕃国と蔑むことがある』と聞いておりましたから、妾は、不安でたまらなかったのです……』
『それは、そうかも知れません。游帝国のものは、游帝国を、唯一皇帝を戴く至上の国としておりますから……ですが、そういうものたちがすべてではありません。実際、堋国や鑠国へ留学に行って、そちらの知識や技術を学んで帰る優秀な若い方々も沢山、いるのです』
完全に、蕃国と蔑まれているだけでないことが解っただけでも、有り難い。
『そういえば、妾の荷物はどうしたのかしら……』
『堋国からのお輿入れ道具でございますね。皇后さまは、侍女の一人もお連れになりませんでしたので、私たちで、荷ほどきをさせて頂きました。なにか、ご入り用のものが在りましたら、なんなりと仰せ付け下さいませ』
琇華は、『では、少し書き物がしたいわ。游帝国に来たら、日記を付けてようと決めたの』と言って、文具と髪を持ってくるように伝えた。
一人、広い牀褥の上で考える。
瑛漣は、味方になってくれるかも知れない。少なくとも、この国では、堋国が蕃国として蔑まされることがあることを認めた上で、話をしている。その点を鑑みても、信用できる……と言って良いだろう。
(すくなくとも、筆頭侍女である祁瑛漣に嫌われたら、妾は、本当にこの国でやっていけなくなるわ)
望んで居たような甘い生活も、優しい言葉を掛けてくれる家族も居ないが、とにかく琇華はこの国で生き抜かなければならない。
(まずは、祁瑛漣と仲良くなれたら良いのだけれど)
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