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24. あの人が愛でる裸身
しおりを挟む玄溟殿は上を下への大騒ぎだった。
「大急ぎで湯を張って……早咲きの蓮の花びらを一杯に浮かべて頂戴。香油も用意するのですよ!」
金切り声で瑛漣が指示するのを聞きながら、琇華は、古愁月と共に湯殿に居た。
「まだ、湯は沸かしている途中のようね……もう少ししたら、入りましょう」
広々とした円形の浴槽には、次々と湯が運ばれてくるがまだ時間は掛かる。
拭き清めては居るが、身体によごれと悪臭がこびり付いているようで不快だ。傍らの榻に、並んで座っている愁月は俯いたまま小刻みに震えていた。
「游帝国には、温泉があると聞いたわ。皇城にはないのかしら?」
「はい……温泉は、山のようなところに湧出るのが常でございます」
「そうなの……。あなたは、温泉には入ったことはあって?」
「はい……」
表情が曇った。それを聞いて、琇華は聞かなければ良かったと、心底思った。
(皇帝陛下と、一緒に入ったということね……)
温泉の湯は、ぬめるような感触だという。その、湯の中で、二人は睦み合ったのだろう。そう思ったら、血の気が引いて行く。
「……どうぞ、わたくしのことは、お捨ておき下さいませ……皇后陛下」
拱手して懇願するので、琇華は躊躇ったが、その手を解いた。
「妾は……皇帝陛下から、疎まれているのです。ならば、皇帝陛下が、愛したあなたが、側にお仕えした方が、皇帝陛下も、気分はよろしいでしょうし……あなたが、皇子を上げたのは事実なのですから、あなたは……妃嬪になるべきですよ」
「けれど……わたくしは……」
「妾の分も、精一杯、皇帝陛下にお仕えして頂戴ね」
丁度、湯が入ったというので、女官達に誘われて、琇華と愁月の二人は浴槽へ向かう。
「浴槽に入る前に、不愉快な汚れを落としてしまいましょうね……香油と手桶を持ってきて、妾が、やって上げるわ」
琇華は、浴槽近くに愁月を座らせた。女官と一緒に、髪に付いた汚れを取ってやる。長く美しい黒髪は、元々手入れされていたものだ。ということは、今は、端女に身を落としているが、もともと、貴族の娘だったのだろう。
「美しい髪だわ」
「皇后さま……っ、もう、お許し下さいませ……」
「大丈夫です。妾に任せて頂戴……ちゃんと洗って、香油をすり込んでおいたわ。これで、不愉快な匂いも消えるはずよ。さあ、あとは、身体よ」
本来、この国の入浴法としては、湯着を着たまま入るのだが、身体は一度洗って置いた方が良いので、湯着を奪った。
見事な白い肢体が晒される。湯を掛けて、洗ってから、琇華は恥ずかしがる愁月の柔らかな裸身に、香油を塗り込めていく。
(この身体を……、皇帝が愛でるんだわ……)
琇華よりも、幾つか年上の愁月は、出産経験があるからか、なまめかしさと共に、滲み出るような神々しさがあった。
(妾は、こんなに美しくない……)
女官達の前だと解っていても、涙が零れて止まらなくなった。
「皇后さま……?」
「ごめんなさいね。……こんなに美しいあなたが、あんなに酷い苛めにあっていたのに、妾は気付かなくって……本当にごめんなさい」
涙が溢れるのは、我が身を、皇帝が愛さないことへの悲しみと……目の前にいる女に対する、身の内に灼熱地獄を飼ったように焼け付く嫉妬の為だが、本音は嘘で隠した。
(妾は、ここに来てから、嘘ばかり吐いているわ……)
琇華も髪と身体を洗って、愁月と共に、浴槽に入った。
浴槽には、蓮花と薔薇の花片で覆い尽くされている。馨しくも甘い香りが漂って、気分はやっと落ち着いた。
「妾は……ここに来るまで、あなたのことを知らなかったの」
ぽつりと呟くと、愁月は「申し訳ありません……」と心底、済まなそうに詫びた。
「いいえ、あなたのせいではないの。皇帝陛下は、何にも仰せでなかったから……陛下は、妾の閨には立ち入りたくないそうよ。ですから、夜のお勤めは、あなたにお願いするわ。その代わりに、朝餉は、陛下と一緒に玄溟殿に来て頂戴」
「……皇后さま……」
「あなたの産んだ皇子さまは、もし良ければ、皇后である妾が育てたいわ。妾は……、陛下の子を、望むことは出来ないの」
愁月は、はっとして「もしや……お子様を望めないお体なのですか?」と問い掛ける。
「いいえ……妾は石女ではないと診断されているけれど……、妾が、もし子を産んでも、陛下が殺すのよ。そう、言われているの。それくらい……妾は、陛下に嫌われているの」
口唇が震える。
古愁月に懇願しながら、琇華は、生まれて初めて、女としての惨めさを味わっていた。
好いた男に相手にもされず、その男が愛する女に懇願して、寝所に仕えて欲しいと言わなければならない。そして、仮に、子供を宿しても、その子は、殺されるのだ………。
(皇后、でなければ……こんなことは、しない)
琇華がただの妃嬪なら、こんな苦しい思いをして、皇帝の為に仕えない。
「皇后さまが、どこまで、わたくしのことをご存じか解りませんが……」と愁月は、呟いてから、美しい黒曜石の瞳から、ぽろぽろと水晶で作った玉のような涙を溢した。
「……すべて、皇后さま……娘娘のお心のままに……」
娘娘、と愁月は呼んだ。
それは、身分の高い方を敬って言う言い方だった。
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