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しおりを挟む「では、わたくしは、下がります。お休みなさいませ。皇后さま」
拱手しながら瑛漣が下がっていくのに、琇華は笑顔で応える。
「ええ、お休みなさい。今日も一日有り難う。あなたも、今日は疲れたことでしょうから、ゆっくりと休みなさいね」
「はい、有り難うございます。それでは、御前を失礼致します」
瑛漣がさっても、実は、部屋や寝所には、それぞれの侍女が居る。この侍女達は、不寝番だった。
琇華も休もうと思ったが、どうにも、眠れない。
おそらく、先ほど思いついた案のせいだ。
きっと、皇帝に相談すれば、気を悪くするだろうし、温泉での一件を考えると、当てこすりのようにも感じるだろう。だから、無断で行動に出ることにした。
「掖庭宮を、華やかにしてみせるわ! そうよ、妾は、ただただ、この国の女官達が地味だったのが気に入らないのよ。それだけよ!」
そう言ってやれば良い。
―――妾は金子じゃない。そうは言っても、金子のようなものだ。
愛情で結ばれた夫婦ではないのだから、仕方がない。
(だから、妾が目指す先は、『賢妃』よ! せめて、そういう名声を得なければ、やっていられないわ!)
堋国から嫁いできた皇后は、史上稀に見る賢妃だった――――こう、のちの世に記されるだろう史書の槐花帝の妃嬪列伝に、記載されれば満足だ。
「そうよ、妾は、堋国の黄金姫じゃなくて、游帝国の黄金姫よ! だから、当座、瀋都の民を守るくらいは、しなければいけないわ!」
そう息巻いていると、ついつい、興奮して、眠気が去って行く。
こまったことだと思って居ると、ふと、夜風に乗って、べべん、べべん、と音がしてきた。
「陛下の琵琶だわ……」
琇華は、侍女に声を掛けるのも忘れて、自ら飾り枠の付いた窓を開くと、夜風がふんわりと舞い込んできた。それにのって、例の独特な琵琶の音が聞こえてくる。
「……あら、今日は、大分、調子が良いのかしら……『双花夜散』だわ……」
静かな夜にはふさわしい曲で、時折、思い合う双花の激情を露わにしたように荒々しく弾く部分があるものの、琵琶を弾くものならば、だれでも弾くほどの易しい曲でもある。
けれど……。
(この曲は、合奏曲なのに……ヘンね)
琇華は、思う。夜、一人で合奏曲の練習をするくらいならば、もうすこし簡単な曲もある。
(あとで、琵琶譜を差し上げようかしら……)
ともおもったが、流石に、それは差し出がましい気がして、やめることにした。
「皇后さま……如何なさいましたか?」
急に窓を開けた琇華を訝って、侍女が声を掛ける。
「ああ、ごめんなさい」と琇華は笑顔を作る。「皇帝陛下の琵琶の音が聞こえたので、つい窓を開けてしまったの」
「まあ、そうだったのですか……では、窓のほうは如何致しましょう」
「しばらく、空けておいて頂戴」
畏まりました、と受けた侍女に、琇華は、琵琶を持ってくるように言いつけた。
程なくして、琇華愛用の琵琶が届けられる。紫檀で作られた琵琶で、槽には、螺鈿で美しい花が描かれた大変優美な品だ。
皇帝のつま弾く琵琶は、たどたどしい。旋律の速さも一定ではなかったが、それでも、頑張って練習をして居るのだけは解る。
音を良く聞きながら。琇華は、そっと、対となる旋律を奏で始める。
すぐに、皇帝のほうも琇華が音を重ねてきたのに気がついたのか、音が乱れたが、その後は、そのまま、何事もなかったかのように練習をし始めた。
皇帝の音に、心を添わせる。寄り添う。それが、何よりも、心が穏やかになるひとときだと琇華は思う。
やがて、琵琶をつま弾きながら、琇華を強烈で心地よい睡魔が襲って来た。
そのまま、琇華は、満ち足りた思いで、瞼を閉ざした。
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