42 / 66
42. 黄金姫の贅沢
しおりを挟む本人の目の前で悪口を言っていたことに気がついて、男達は、「これは、ご無礼を! 皇后陛下!!」と一斉に地面に平伏した。だが、饅頭は手から放さないので、琇華は思わず笑ってしまう。
「気にしておりませぬから、顔をお上げになって」
「で、でも……」
「妾は、その、贅沢な『黄金姫』だから、今から、たーんとお金を使いたいの。勿論、前払いでお出しするわ。衣装に飾り物、調度もすべて欲しいわ。全部、妾の思い通りに作って頂きたいの」
琇華の気前の良い言葉に、男たちは顔を見合わせる。
「そうそう。来月には、妾の生国である堋から、食糧も入ってくる予定よ。それまでの間、職人さん方には、頑張って頂かないと困るから、掖庭宮から、食糧を出しても良いわ」
俄に、男達の間にざわめきが走る。
「皇后さまは……、私たちを、助けて下さるので?」
「助けて貰いたいのは、妾のほうよ。着替えがなくて、不自由しているし、掖庭宮も、とっても地味だわ。これじゃあ、妾の実家のほうが華やかだったと言われてしまうもの!」
勿論、表向きは、『黄金姫の贅沢』それで良い。
それでも、男達は、琇華の意図を汲んだようだった。
「こうみえても、私らは、機織りの女房がおりますので。いまから、女房どもを連れて参ります」
「俺たちは、飾り物の職人ですから、なんでも仰せつけ下さいませ」
「うちの縫師達は、早いですよ! 皇帝陛下の上衣なら、一晩で仕立て上げますぜ」
口々に、自分が優れていると言う職人たちの目は、生き生きと輝いていた。
(職人さんたちだけ、手をさしのべても仕方がないかも知れないけれど……)
できることから、少しずつ考えなければ。
「楽しみね! 是非、妾の好みの品を仕立てて貰いたいわ!」
殊更楽しげに言う琇華の傍らで、瑛漣が、小さく呟く。
「職人たちの件が一段落したら、皇帝陛下のことも、なんとかして下さいませ」
「瑛漣……」
瑛漣は、傍らで拱手しながら、琇華に言う。
「いまは、おふたりとも、頭に血が上っておいでですから……また、同席したら、言い争いになることも多かろうと存じます。けれど、皇后さまは、皇帝陛下をお支えできる唯一の御方です。
どうぞ、国の為、民の為をお考えでしたら、皇帝陛下のことも……」
「娘娘。わたくしからも、お願い致します」
口を挟んできたのは、愁月だった。
「このまま、娘娘と陛下が、仲違いしているのを見るのは、忍びないのです。どうぞ、早い内に、陛下とお話し下さいませ」
涙を浮かべて懇願する愁月に困り果てながらも、「機会をみてお話しします」とだけ応えておいた。
琇華の好みの図案を生地や刺繍に仕立てて貰う為に、琇華は、毎日、職人町へと足を運ぶようになった。
朝餉と昼食を兼ねた食事も、大量に持って行く。
掖庭宮の食糧は、琇華の為に、と堋国が贈ってくるものだった。父王から送られたと思ったら、二人の兄、母親からも所領の作物が多かったので、と送ってくる。
いくらかは瀋都の商人に流したので、小麦の価格は一時、一斗(約20リットル)一万銭と言われていたが、五百銭までは下げることが出来た。来月になれば、状況は良くなるだろうし、再来月には、早い小麦の収穫が来る。
職人達の顔は、明るい。
少しずつ、瀋都も、人の往来が見られるようになってきた。特に、東側に住む者たちが、『黄金姫』が食糧を配っていると聞いて大挙してきたので、下町は押し合いするほどの賑わいだった。
「妾の衣装より、愁月の衣装を急いで頂戴。愁月は、衣装がなくて困っているの。妾のものを何着か与えては居るのだけれど……」
「……ご自分の立場を、よくご存じなのでは……?」
刺繍をしながら、繍工の女はいう。
「あら、でも、皇子を産んでおいでなのよ? 妃嬪に上がったことだし、ちゃんとした格好をして貰わないと、妾が苛めているみたいじゃない」
「たしかに、そうですねェ。実際、黄金姫さまは、こんなにお優しいのにねェ」
「妾は……多分、優しくないわよ」
最近、琇華はそう思う。
堋国の黄金宮に居た頃は、嫉妬をすることもなかったし、苦しい思いもしなかった。正直な気持ちで言えば、皇帝の寵愛を受けた愁月のことは、羨ましく思う。
(妾は、自分が、嫌な人間だったなんて、知らなかったの)
出来れば、嫌な人間だったなんて、知りたくなかった。
知りたくなかったのに。
「……おやおや、皇后陛下。随分と、市井のご婦人方と馴染んでおいでですね。豪華なお召し物がなければ、気付きませんでした」
後ろから声を掛けられて、琇華は振り返る。
そこに居たのは、仮面の男―――洙学綺の姿があった。
「あなたは……、陛下の側近の……」
「はい。洙学綺と申します。……皇后陛下におかれましては、ご機嫌麗しく……、学綺、伏して、拝礼申し上げます」
地面に膝を突いて拝礼するので、琇華は慌てて「楽になさって」と礼を許した。
「それでは、失礼を」
「陛下の側仕えのあなたが、こちらへ来るとは珍しい。陛下に、何か大事でも?」
「いいえ?」
洙学綺は、にこり、と笑った。表情が見えないだけに、底知れない感じがする。
「なら、なにかしら……」
「皇后陛下のことを心配なさっておりました。そのため、私が遣わされたというわけです」
嘘だか真だか解らないが、「そうですか」と琇華は受けておいた。
「そういえば、古淑媛はご一緒ではないのですね」
「ええ。最初の日は連れてきましたけれど、人酔いしたのですって」
「そうでしたか。それは残念―――では、私めは、こっそり、皇后さまのご様子を見守っておりますので、お気になさらず」
琇華は応えなかった。
0
あなたにおすすめの小説
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
【完結】こっち向いて!少尉さん - My girl, you are my sweetest! -
文野さと@書籍化・コミカライズ
恋愛
今日もアンは広い背中を追いかける。
美しい近衛士官のレイルダー少尉。彼の視界に入りたくて、アンはいつも背伸びをするのだ。
彼はいつも自分とは違うところを見ている。
でも、それがなんだというのか。
「大好き」は誰にも止められない!
いつか自分を見てもらいたくて、今日もアンは心の中で呼びかけるのだ。
「こっち向いて! 少尉さん」
※30話くらいの予定。イメージイラストはバツ様です。掲載の許可はいただいております。
物語の最後の方に戦闘描写があります。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました
七宮叶歌
恋愛
政略結婚が決まった王女・メヌエッタは、決められた未来に従うだけの人生を拒んで王宮を飛び出した。逃げ込んだのは、侯爵令息・アルフレッドの操る飛空船だった。
ところが逃亡の途中、「王女は事故死した」「アルフレッドは指名手配」という報道が流れ、二人は一転して国中から追われる立場になる。更にアルフレッドの父から提示された逃亡の手助けの条件は、逃げ切ることが出来たなら、アルフレッドと『契約結婚』するというものだった。
結婚から逃げてきたはずなのに、行きついた先もまた結婚。けれど、空の旅の中で触れ合う彼の優しさや弱さに、メヌエッタの心は少しずつ揺れ始める。
追手、暗殺の影、契約から始まる恋――。
二人は無事に逃げ切り、幸せを掴むことができるのか。ちょっぴりコミカルで、ときどき切ない空の逃避行恋愛ストーリーです。
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
求婚されても困ります!~One Night Mistake~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「責任は取る。僕と結婚しよう」
隣にイケメンが引っ越してきたと思ったら、新しく赴任してきた課長だった。
歓迎会で女性陣にお酒を飲まされ、彼は撃沈。
お隣さんの私が送っていくことになったんだけど。
鍵を出してくれないもんだから仕方なく家にあげたらば。
……唇を奪われた。
さらにその先も彼は迫ろうとしたものの、あえなく寝落ち。
翌朝、大混乱の課長は誤解していると気づいたものの、昨晩、あれだけ迷惑かけられたのでちょーっとからかってやろうと思ったのが間違いだった。
あろうことか課長は、私に求婚してきたのだ!
香坂麻里恵(26)
内装業SUNH(株)福岡支社第一営業部営業
サバサバした性格で、若干の世話焼き。
女性らしく、が超苦手。
女子社員のグループよりもおじさん社員の方が話があう。
恋愛?しなくていいんじゃない?の、人。
グッズ収集癖ははない、オタク。
×
楠木侑(28)
内装業SUNH(株)福岡支社第一営業部課長
イケメン、エリート。
あからさまにアプローチをかける女性には塩対応。
仕事に厳しくてあまり笑わない。
実は酔うとキス魔?
web小説を読み、アニメ化作品をチェックする、ライトオタク。
人の話をまったく聞かない課長に、いつになったら真実を告げられるのか!?
皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる
若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ!
数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。
跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。
両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。
――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう!
エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。
彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。
――結婚の約束、しただろう?
昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。
(わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?)
記憶がない。記憶にない。
姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない!
都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。
若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。
後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。
(そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?)
ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。
エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。
だから。
この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し?
弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに?
ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる