伏して君に愛を冀(こいねが)う

鳩子

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49. あなたが、私を、連れ戻してくれた

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 漓曄りようは、藻掻いていた。

 身体にまとわりつくのは重い泥のようで、藻掻いても、満足に手も動かせない。息が出来なくて苦しい。そこが、底なしの沼のようだと気付いて、必死に、浮上しようとするのに、全く身体が動かない。

(誰か)

 助けを求めようとして、はた、と漓曄は気がついた。

 皇帝としての漓曄を助けるものならば、いくらかいるだろう。しかし、漓曄個人を助けるものなど、この世の中に一人もいないはずだった。

(私は、死ぬのか)

 おぼろげな意識の中で、漓曄は思った。

 いろいろ、やらなければならないことは山積みだった気もするが、死ぬと言われても、あまり、後悔はないように思えた。

 それ以上に―――疲れ果てていた。

 琇華しゅうかが、表で財政難に立ち向かってくれている。だから、漓曄は、今、なんとかやれることをやっていた。求心力という意味で先代に劣る漓曄は、国内の結束を強めておかなければならなかった。諸外国の動きも気になる。

 その意味で、財政を、琇華に丸投げしている状態は、良くないのは解っていたが、正直有り難かった。

(ああ、でも、ほんとうは……あなたに、無理はさせたくなかった……)

 だから突き放したのにそれでも、琇華は、この国の為に懸命に働いている。

(せめて、一度くらい、笑顔を見たかったし、謝ってから逝きたかったかな……)

 どんな言葉で謝れば許してくれるのか、見当も付かなかったが、琇華に、謝ってもいないことに気がついて、漓曄は、それだけは、すこし、嫌だと思っていると、

『許しませんわよ!』

 と声がした気がした。

 やはり、許してくれないのか、と漓曄は思う。琇華の声だったからだ。

「ええ、許しませんわ。妾は、絶対に、陛下を死なせない」

 ぎゅっと、琇華が抱きついてきたのが解った。一瞬で、覚醒して、状況を把握する。

 あの暗い死の沼に沈みそうだったのを、琇華が引き上げてくれたのだ。それは、間違いない。

「皇后?」

 琇華が顔を上げた。

「陛下……?」

「私は……どうしたのだったかな?」

 辺りを見回すと、医官たちが牀褥しょうじょくに駆け寄るのが解った。部屋の中は、異様に蒸し暑い。汗ほかいているらしく、身体にぺったりと夜着が貼り付いて気持ちが悪かった。

「毒を盛られました……たった今まで、生死の境を彷徨っておいでだったのに……本当に、良かった」

 琇華が、抱きついて、漓曄の胸に顔を埋めて、泣いていた。その背を撫でながら、漓曄は呟く。

「あなたの声が、私を呼んだんだ」

「えっ?」

「深い沼に沈んでいきそうだったのに、あなたの声を聞いた途端に目が覚めた。……あなたのおかげだよ」

 ぎゅっと、琇華が抱きついてくる。

「心配しました」

「うむ、心配を掛けた……」

 琇華の柔らかな身体を抱き返しながら、漓曄は、少々の幸福感を味わっていた。

(あなたが、私を、連れ戻してくれた……)




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