伏して君に愛を冀(こいねが)う

鳩子

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54.久しぶりの進御

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 琇華は、皇帝の寝所に呼ばれていることを愁月しゅうげつに申し訳ない気分で告げたが、愁月のほうは、手放しで喜んでいた。

「良うございました! わたくしのことなど、本当にお気になさらずに……」

「ごめんなさいね……」

 琇華は、申し訳ない気分になりながら、愁月に言う。今後、の事も考えなくてはならない。つまり、愁月の産み落とした子供のことだ。何度考えても、先帝の寵妃が手元で育てているというのは、甚だおかしな事だ。件の妃とやらに懐いているのかも知れないが、先帝の子供でもないのに、その妃に扶育させるのはやはりおかしい。

 真意はどうあれ、表向きは、久しぶりの進御だ。

 久しく感じることのなかった皇帝の身体は、毒にやられて伏せっていたとは思えないほどに逞しさを失っておらず、瑞々しく張りのある身体をしていた。

 姿絵は薄っぺらくて、ぬくもりもないけれど、生身の皇帝は、ちゃんと、そこに生きて居てくれる。

 それが、琇華には嬉しいことだった。

「皇后さま、進御でしたら……まずは、湯浴みを」

 瑛漣に言われて「そうね」と答えて湯殿へ向かった。湯を使いながら、琇華は考える。

(陛下は、何か、妾に話したいことがあるのだわ……)

 皇帝陛下が、一番内密の話をすることが出来るのは、寝所だろう。勿論、刀史とうしという記録係が付くが、刀史に気付かれないほどの囁き声ならば、問題ないだろうし、刀史の記録を見ることが出来るのは、皇帝と皇后それと一部の高官だけだ。

(……だっておかしかったもの)

 皇帝は、先ほどこう言った。


『毒を入れた犯人は、しっぽを出さないよ?』


 毒を入れたのは、既に、殺されているはずだという侍官の男だという。だとしたら、この言葉は、おかしい。死んだ人間が、しっぽをだすのは妙だ。

(ということは、別に、真犯人が居るのだわ)

 琇華は、身支度を調えながら、瓊玖ぎきゅう殿からの輿を待つ。

 進御の場合、今から寝所に行って皇帝に仕えるだけだが、相応に着飾っていく。貧相な格好では、皇帝のやる気も削がれると言うことなのだろう。今日は、別に、着飾る必要なさそうだったが、表向きは普通の進御ということにして置いた方が良いだろうと、思ったからだった。

 むしろ―――久方ぶりに、寵愛を取り戻した妃らしく、過剰に着飾ることにした。




 瓊玖ぎきゅう殿を訪れた琇華は、「お召しに従い、皇后参上いたしました」といと優雅に、拝礼する。

 琇華に駆け寄ってきた皇帝は、だが、琇華の姿を見て、口をあんぐりと大きく開けて居た。あまりに、煌びやかな格好だったからだろう。

「その……折角のお召しですので……、女官達も張り切ってしまって……ご不快でしたら、申し訳ありません」

 琇華の装束は、本当に派手派手しいものだった。黄金色の襦裙。これは、眩いほど光り輝いていて、そこに、貴重な瑠璃や真珠が縫い止められている。刺繍も、金糸銀糸をもちいたもので、天漢あまのがわが描かれていた。

「いや、あまりにも美しいから、見とれていただけだよ。……さあ、久しぶりに、すこし、仲良くしよう。まずは、しばらくぶりに、酒でも飲もうか」

「あら、毒薬がまだ残っているときに、お酒など召してはいけませんわ。安静になさいましょう?」

「おや」

 皇帝は人の悪い笑みを浮かべてから、琇華の耳許に囁く。「皇后殿は、心配しすぎる性質のようだね」

「ええ。だから、こうして、お召しとあれば着飾ってしまうのですわ」

「おや、それでは、私の召し出しを嬉しいと言って居るようなものだよ」

 くすくす、と皇帝は笑う。琇華は、恥ずかしさを堪えながら、皇帝に言った。

「ええ……勿論、お召し下さって、嬉しいわ……」

 言い終わらないうちに、琇華の腰に皇帝の手が回って、ぐい、と引き寄せられる。

「あっ……」

 やんわりと口づけられてから、そっと耳許に囁かれる。久しぶりに味わう皇帝の柔らかな口唇に、クラクラと酩酊しながら、琇華は、耳朶に降りる言葉を聞く。

「……話があるんだ。詳しいことは、牀褥しょうじょくの中で……」

 皇帝の声は、険しいものだった。

(やっぱり、私と話がしたかっただけなのね……)

 いささかの落胆の気持ちはあったが、琇華は、こくん、と頷いた。



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