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64.黄金姫の望み
しおりを挟む「清延っ! 無礼なことを言わないで頂戴っ!」
「いいや、実際、この男は、そういう理由で皇帝になったんだよ。黄金姫。……堋国が……あなたの父上がね、出来るだけ暗愚な皇帝に娘を嫁がせて、とっとと次の皇帝を産ませようとしていたんだ。あなたが、娘でも息子でも産み落とせば、その時点で、こいつは暗殺という筋書きだよ」
琇華は、頭を殴られたような衝撃を受けていた。
「なん、ですって……?」
「大方の所、それについては、そのボンクラも知ってたよ。だから、黄金姫、あなたの事を嫌っていたんだ」
琇華は、今の言葉を嘘だといって欲しくて、漓曄を見たが、「私が帝位に就いた理由については、この男は事実を言っている」と肯定した。
「じゃあ……、父上は……」
「そう。そろそろ、堋国は、属国の立場に甘んじているのに飽き飽きしてきただろうからね。野心家の、あなたの父上に、話を持って行った。そうやって、やってきたのが、あなただよ、黄金姫」
琇華は、唇を噛みしめる。
(妾は、そんな事情なんか、全く知らなかった……)
本当は、知らなければならなかったのだろうと、思う。口唇を、噛みしめて、琇華はギッと清延を睨み付けた。
「おおっ、そういう怖い顔は、貴女には似合いませんよ。あなたは、お人形みたいに、笑っていれば……」
「馬鹿にするのも、いい加減にして頂戴っ!」
琇華は、清延に近づいた。清延が剣を持っていても、気にしなかった。
(妾は、誇り高き、游帝国の皇后……。侮辱を受けたら、必ず、返礼するわ)
「な、なんだ、近づくと……斬るぞ!」
清延のほうが、動揺している。
「構わないわ。……ただ、お前だけは、生け捕りにします。属国の立場をも弁えぬ堋国国王を唆して、この国を意のままに動かそうとするなんて、片腹痛いわ!」
琇華は、笑む。清延は、琇華から、目が離せないようだった。
琇華は、完全な、丸腰である。なのに、剣の切っ先を向けられて、平然と笑っているのだ。なにか、隠し球を持っているのではないかと邪推さえしているのかも知れない。
琇華が、指を、ちょこちょこと動かす。
(陛下、気付いて!)
今、清延の注意は、完全に、琇華に向いている。いまならば、清延を切ることが出来る。
琇華の意図に気がついたのだろう。漓曄が動いた。
「覚悟しろ! 清延っ!」
叫びながら斬りかかる清延は、とっさに、振り返り、漓曄に斬りかかる。
真紅一色の部屋に、くれないの霧が立ちこめた。やや遅れて、どすん、と鈍い音が響く。
「ぎゃっあああっ! ……腕がっ!」
倒れたのは、清延だった。腕を、深々と切られているが、致命傷ではないだろう。だが、見苦しく、床の上をのたうち回っているので、琇華は真紅の牀帷を剥ぎ取って、清延の身体を、簀巻きにする。
牀褥には、愁月が横たわっていたが、着衣の多少の乱れはあるものの、無事なようだった。
「よかった……漓曄さま、愁月も、無事ですわ」
琇華が漓曄を振り返る。その、琇華の顔が、歪んだ。
「な、なぜ……漓曄さまっ……っ?」
漓曄は、脇腹を手で押さえていた。その手の間から、真紅の液体が……血が……止めどなく流れている。
駆け寄って、琇華は自分の衣装を脱いで、傷口を強く押さえた。
「漓曄さまっ! しっかりして……っ」
漓曄の、秀麗な美貌は顔色から血の気が引いて、青白かった。
「そいつの言う通りでね。わりと、……なにをやっても上手くいかない……あなたは、この国の財政を立て直そうとしているけれど、わたしは、そんなことを思いつきもしない……。立太子はしたものの、廃太子になる日も遠くないと思って居たんだ」
「漓曄さま、静かになさって!」
琇華は、必死に訴える。
「あなたには、ずっと、酷いことばかりして……済まなかった」
「そんなのは、許しますから、本当に黙って! ……妾は、あなたを失いたくないっ!」
力を入れて、傷を押さえる。これ以上、血を失わせないように。必死で押さえた。それが正しいのか解らないが琇華には、それしか思いつかない。
「もし……生きてまた、あなたと過ごすことが出来たら……、なんでも、お願いを聞くよ」
「縁起でもないことを仰有らないで!」
死………の影を感じたら、怖ろしくて、琇華の瞳から、独りでに涙が零れた。
「ほら、私は死ぬかも知れないんだから……。お願い事を言って御覧」
こくこくと頷きながら、琇華は言う。
「子供が欲しいの。……生まれた子が、帝位に就かないように……生まれてすぐに辺境で育てさせても構わない。堋国の好きにはさせないから、妾は、漓曄さまとの間に、子供が欲しい………」
「うんうん……それから?」
「お茶会をしたいの。……財政を立て直すまでは、白湯でも良いわ。毎日、あなたと、お茶を飲んで、過ごしたいの」
漓曄が、す、と目を閉じる。
「えっ? 嫌よっ……っ! 陛下、陛下っ? 死なないでっ! 妾は、ずっと、初めてお目に掛かったときから、漓曄さまが、好きなのにっ! お願い……っ!」
漓曄に取りすがって、泣く琇華は、靴音が近づいて来るのを聞いた。
一つ二つの靴音ではない。
『こちらだっ! 続け!』
谺する声は、衛士の彭機鏡のものだった。事情はわからないが、助けに来てくれたのだろう。琇華は、声を張り上げて、叫んでいた。
「誰か! 早く来てっ! 陛下が、陛下がっ!」
琇華の声に導かれて寝室に彭機鏡が駆け込んできた。
「彭機鏡殿! ……馬車を! 陛下が、ご危篤なの! 早くっ!」
我を忘れて泣き叫ぶ琇華の姿を見た彭機鏡は、唖然としていたが、「あの」と小さな声で、琇華に呼びかけた。
「陛下……、狸寝入りです」
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