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第一章 珍奇で美味なる菓子
『珍奇で美味なる菓子』を求めて
しおりを挟む『娃琳、結婚か、昇進か。どちらか選びなさい』
兄王の言葉が、耳から離れない。
娃琳は、命じられた通り、大茶会で出す、『珍奇で美味なる菓子』を探すべく、城下町を訪れていた。
冬の、透明感のある陽差しを受けて、黄金宮は、燦然と光り輝いて居る。それが、今日は、憎らしいように感じて、娃琳は、(いけない!)と、陰気な考えを追い出すように、頭を横に振った。
娃琳は、大広間で告げたように、味覚を感じない。
昔は感じていたような気がするが、そけも、あやふやになるほど昔のことで、少なくとも、ここ十五年は、一度も味覚を感じたことはなかった。ものを食べることは食べる。だが、それは、先王の末席の王女で、兄王の厚意から『公主府』を賜り、大書楼で司書として働くという、あやふやな立場の娃琳が、自分の生命を維持する為と、会食などの公式な場所で、どうしても食事を口にしなければならないときに、口にしているだけだ。
(味覚を感じない、私が、大茶会の為に、菓子を手配するというのが、土台、無理なことだと思うが……)
娃琳は、溜息交じりに、町を行く。
堋国首都、湖都は、黄金宮を囲むように作られている。
黄金宮は、八角形の建物で、これは高台に立っている。高台は、楕円を成していて、そこに、この国の中心地としての官公庁などがずらりと立ち並んでいた。城下町は、低地に立てられていて、やはり、楕円状になっている。高台を取り囲んでいるのだった。町は、高い城壁で囲われているので、いっそ、砦のような形状に見える。
そして、黄金宮の八角形の頂点のところから、正確に、大路が八本延びていた。
最初は、『華瓊路』などの華やかな名前が付いていたと言うが、今は、『一番路』などと簡単に呼ばれている。
娃琳が居るのは、六番路の城壁近く。ここは、職人たちが集う、いわば下町という場所で、食べ物を扱う市がたったり、菓子を売る店なども多くあった。
(『珍奇な菓子』というのが、ここにあるのかは、解らないが……、職人ならば、なにか、切っ掛けが掴めるかも知れない)
娃琳はそう思って、菓子職人の所を訪ねることにしたのだ。
娃琳は味覚はないが、、公主府では人が訪ねてくるときもあるので、菓子は、切らさずにしておくようにしていた。その縁で、この界隈に、娃琳は多少顔が利いた。
「おや、公主様、また、お客様でも、おいでになるんですかい?」
露店の店先から身を乗り出すようにして聞いてきたのは、揚菓子店の主人だった。軽く、六十は超えていると思しきこの男は、店で揚げ菓子を作ることも多い。そのせいか、冬の最中だというのに、暑苦しいほどに日焼けしてこんがりとした肌は、てかてかと油で光っているように見える。
揚菓子も、小麦で作った生地を上げて砂糖をまぶしたものやら、胡桃や榛の実などを上げて、蜜を絡めたのをからりと乾燥させた菓子などが、ぎっしりと並べられていた。
店先にいるだけで、ごま油のこんがりとした薫りが漂う。そこまでは、娃琳にも解るのだが、口に入れると、何の味も感じない。ただ、紙粘土を口の中に放り込んで、咀嚼しているような感じになるのだった。
「いや、客が来る予定はないが……、少々困っていることがあって、珍奇な菓子を探している」
娃琳が問い掛けると「珍奇な菓子、ですかい」と男は首を捻りながら、思案している様子だが、手は、無意識に動いている。揚菓子を、紙袋にいれているようだった。
たっぷりと揚菓子が詰まった紙袋を、娃琳に手渡しながら、男は言う。
「俺は、実際に見たことはありませんがね……千年前に、天才と呼ばれた宮廷料理人が居たそうです。その宮廷料理人をこの上なく気に入っていたという、詩人がいたらしく、その詩人が、料理の作り方を纏めた本があるとか……」
「それならば、知ってる。徂蔡の『徂山集』だ」
徂蔡は、店の主人の言うように、高名なる詩人だ。そして、彼の残した料理の作成方法を纏めた本、『徂山集』は、確かに、後宮大書楼の書架にも並んでいる。
「だが、『徂山集』に掲載されているのは、料理が七十。甜食が十六品だった。現在の菓子に比べて、華やかさでは劣る気がするが」
たとえば、この店時に並んでいるような揚げ菓子。それに、蒸し菓子など、今の基本となる菓子は掲載されていたが、見た目にも美しい蓮花酥(蓮の花の形をした、美しいパイ)のような菓子はない。
「ああ、そうですね。珍奇で美味となると……見た目も、重要ですね」
店の主人は肩を落としたので、娃琳は慌てて「いや、念のため、一通り調べることにする。教えてくれて有り難う」と礼を言った。
「それならば良いんですがね……、まあ、是非、そいつでも召し上がりながら、調べて下さいよ」
「この菓子は……、『一吻餅』か。私には、縁のない菓子だが……」
まん丸な形に作られた、揚菓子である。小麦粉と砂糖、その他、酥油(バター)などを混ぜて練った生地の中に、乳と砂糖を煮詰めて、とろみを付けた、柔らかな餡が入っている。それを、ごま油でこんがり揚げたものだ。
これは、若い男女が食べる菓子として知られているものだった。
この菓子は、一吻……つまり接吻をしているように、口を窄めて食べなければ、中の甘くて柔らかな餡が流れ出てしまう。それで、口づけをしたい相手に送る菓子、として最近、堋国の若い男女の間で流行っている。
もともとは、西域を越えた遠い国の菓子だと言う。
「公主様から、そいつを貰ったら、きっと、どなたでも、公主様の為に、張り切って珍味を探してくると思いますよ!」
邪気のない顔でいう主人の厚意を無碍にも出来ずに、娃琳は「ありがとう」と言って、紙袋一杯の『一吻餅』を受け取ってしまったのっだった。
厚意は有り難いが、結婚を迫られた身としては、『一吻餅』は、少々、気が重い菓子だった。
処遇に困って思案しながら、人でごった返す露店街を歩いていると、か細い声で悲鳴が上がるのが聞こえた。
「止めて下さいっ! なにをなさるんです! ……それは、うちの売り物ですよ!」
みれば、露店の店先で、色鮮やかな衣装を着込んだ男が、商品の入った鍋を奪って居るところだった。
「こんなものが、『軟糖飴』を名乗るなっ!」
朱色の帽子に、朱色の衣服。この国のモノならば、役人は円領(まるえり)の長衣に、下裳という姿だが、男は、立領の上衣に、裙子姿だった。
(この格好だと、おそらく、西域近くの列国のモノだろう)
異国からの旅人が、おそらく、なにか文化的な食い違いで、揉めているようだと思った娃琳だが、売り物に手を出すのは、感心しない。
「そこのお前! 城下でもめ事を起こすのは感心しない。早く、商品を返しなさい!」
娃琳は、紙袋の中から『一吻餅』を取り出して、男に投げつけた。
『一吻餅』は男の顔を直撃し、そこではじけて、中の柔らかな餡が、とろりと男の頬を汚していた。
男が、娃琳に気付いて、ギッと睨み付けた。
娃琳も、負けじと、男を睨み返して、こう告げた。
「理由はどうあれ、お前のしていることは、この国では、盗みと呼ばれる。あなたの国では、違うのか?」
男が、ぐっ、と詰まるのを、娃琳は見ていた。
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