大書楼の司書姫と謎めく甜食

鳩子

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序 結婚か、昇進か

序 結婚か、昇進か

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 娃琳ゆりんは、百官の居並ぶ『黄金宮おうごんきゅう』の大広間で、高所して玉座に跪いていた。

 いつも通り、大書楼だいしょろうと呼ばれる、後宮の大図書館で司書の仕事をしていた所、兄王から急な召し出しが合ったのだ。であるから、娃琳の姿は、公主こうしゅとは思えないほどに地味なものだった。

 髪は動きやすいように一つに纏めて居るところに、紫水晶で作った季節外れの葡萄の髪飾りを付けているが、飾りと言うよりは、おそらく、髪のほつれ止めだ。

 衣装も、直領ちょくりょう(真っ直ぐの襟もと)の、雪柳のような白の上襦じょうじゅに、空色の下裳。帯は、胸の頂点の所で止めているがこれも簡素なものだった。そこに、筒袖の短衣を、上衣代わりに羽織っている。色は漆黒なので、非常に地味だし、色味も寒々しい。

 顔立ちも、ほかの公主や妃達が、大輪の牡丹や睡蓮なのだとしたら、娃琳は、道ばたに咲く、健気さだけが取り柄の雑草のように地味だった。

「さて、娃琳。お前が、大書楼だいしょろうの司書として、日々書楼の業務を精励していることは、余も、知って居る。だが、お前は、いったい、お幾つになるか、解っているのかな?」

 齢六十の兄王は、にこり、と微笑みながら、娃琳に言う。娃琳は、国王の御前に平伏しながら、返答しようと口を開きかけたところを、兄王に遮られた。

「来年には、三十路みそじだったね」

 その通りなので、反論も出来ずに黙っていると、兄王は、告げたのだった。

「実は、お前に、縁談が来ている。だが、相手は、遠い西域の国だ。一度、嫁げば、帰ってくることもないだろう。一度は断ったが、再度、どうしても、お前にと、望んできたのだが、どうだろう」

 国王は、笑顔で問い掛けているが、目は笑っていなかった。娃琳は、どう答えるのが正解か、しばし思案して、いつも通りの言葉を返すことにした。

「私は、心に決めた方がおりますので、その方以外に嫁ぐことは出来ません」

「また、その話か」と、兄王は、げんなりした様子で溜息を吐いた。「まあ、良い。今回は、流石に、余も、お前の態度には、正直あきれ果てた!」

「陛下……お気をお鎮め下さいませ」

 娃琳が申し上げると、兄王はギッと娃琳を睨み付けて、こう、命じたのだった。



娃琳ゆりん、結婚か、昇進か。どちらか選びなさい」


 ならば、娃琳が採るのは、『昇進』のみだ。なにも、迷うことはない、と思って居たが、兄王は、「但し」と付け加えたのだった。

「来月末。つまり、三月二十七日。恒例の『大茶会』を開催する。―――が、今回は、ゆう帝国より、皇太子殿下が参加される。言うまでもなく、現皇太子殿下は、仙花大女皇帝せんかだいじょこうてい陛下の一粒種であらせられる。何事か粗相があることは許されないし、仙花大女皇帝陛下の機嫌を損なうような内容であってはならないというわけだ」

 なぜ、ここで大茶会の話を始めたか、娃琳はよく解らなかったが「はい」とだ受けておいた。大茶会は、身分の貴賤関係なく、茶を楽しむことが出来るという一大行事である。堋国の者ならば、おそらく娃琳以外のすべての者が楽しみにしているはずの行事だった。

 大陸全土に名を轟かせる、ゆう帝国。娃琳たちのほう国は、事実上の属国であった。それは、現在の皇帝である、仙花大女皇帝の代になって、特に顕著になったと言われている。

 その、仙花大女皇帝の一人息子で、彼女が目に入れても痛くないほどに溺愛をしているのが、皇太子のはずだった。

「代々の皇太子は、我が堋国で留学するからね。おそらく、その下見も兼ねているのだろうが……ここで、失敗は許されないのだ。解るな、娃琳」

「それは、存じております」

 娃琳は拱手して、深々と礼をした。

「うむ。解っているのならば、それで良い。……さて、娃琳。そなたは、大書楼の主とも渾名される司書。そなたの知は、国中に轟いている。その、博識をもって、余に応えよ。
 それでは、えん娃琳ゆりん。来月の大茶会と、皇太子殿下の饗応を、そなたに命ずる。茶会には、皇太子殿下がお気に召すような、珍奇で美味なる菓子を用意すること。
 はれて、茶会が成功した暁には、そなたを、大書楼司書監だいしょろうししょかんに任じよう。
 だが、失敗した暁には、そなたを、遠国の王子と結婚させる」

 いつになく厳しい声音が、黄金宮に響き渡った。

 黄金宮は、その名の通りの黄金で出来た宮殿だ。外壁、瓦に至るまで黄金な事で有名だが、内部も勿論、柱や梁、国王の玉座までもがすべて黄金で彩られているのだった。

 その、眩いばかりの黄金の光を受けながら、娃琳は、小さく、呟く。

「私が、茶会の仕度など、無理です……私は、群臣の皆様もご存じの通り、一切の味覚がありません。そんなものが、仕度をすれば、かえって、仙花大女皇帝陛下の機嫌を損なうことになります。どうぞ、考えをお改め下さいませ」

 娃琳は、ぺたんと床に身を擲って拝礼する。今まで、『心に決めた方がおりますので』と逃げ回っていた結婚話だが、ここに来て、こんな強硬手段を執るとは、思いもよらないことだった。

(私に、食事関係の仕度は、絶対に無理だわ……)

 それは、心からそう思う。

「いいや、余は、一度口にしたことは覆さない。娃琳。諦めるのであれば、結婚だ。解ったな!」

 そして、兄王は、黄金色の上衣を翻し、黄金宮を去って行ったのだった。
 
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