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第一章 珍奇で美味なる菓子
姉の不調
しおりを挟む手がかりが現れたかとおもったが、件の手がかりが、国王専用書庫にあると言う。
「望みは薄いが、公主府に帰って、兄上に、閲覧の許可を頂くための上奏を書いてみるよ。望みは薄いが、雑琉王からの書簡も来ているというのだし、そこまで無碍にはされないと思う」
「それならば良いけど……」
「ともかく、一度、公主府に戻ろう。そろそろ、日も落ちる。勅許がないと、大書楼は、灯りを付けてはならないんだ」
貴重な書物を燃やしてしまったら大変だからだ。
「ああ、わかった……少し、気になった物があったから、二冊ほど持って行って良いか?」
「まあ、大丈夫だろう。私が借り受けたことにしておく」
本の貸し出しには、司書の承認が必要らしい。そして、それは台帳に記載される。
「なにか、気になる記載があったとか……」
「うん、あまりにも美味だったから、祭祀に供えるはずだったのに作った厨娘が全部食べてしまって首を括ることになった『五香糕』とか……、こっちには、皇帝のみが食べることを許された菓子とかいう『皇菓』とか、あとは、男女二人で食べれば、お互いの秘密を暴くことが出来るとかいう『双甘麺』だとか……そういう菓子が掲載されている」
なにやら、物騒ないわれのある菓子もあるようだったが、それなりに、なにかありそうな菓子ばかりだった。
「これを、全部作ってみるのか?」
「ああ。こう見えても、料理ならば、任せてくれ! 作り方を確認したが、それほど難しい物ではなさそうだし、なんとかなる」
鴻は、自信満々に胸を叩く。こういうとき、自信満々のほうが、なぜか不安を覚えるものだ。
「特別な材料を使う、事はないのか?」
もし、特別な材料を使うとなれば、取り寄せなければならない。幸いなことに、堋国は、大陸の中央にあって、各地の品々が入ってくる。大方の品ならば取り寄せられるだろう。
「それほど、大変なものは無かったな。……いや、かえって公主府の厨房にはなさそうな材料もあるが、それは、……揚菓子の店に行けば、わけて貰えると思う」
鴻の答えをきいても、娃琳は、どうにもピンとこない。今まで、娃琳は厨房に立ち入ったこともない。
(いや……)
あるな、と娃琳は思い直した。
何度か、立ち入ったことがある。母親、尹妃の折檻を受けて、逃げ込んだのが厨房だった。厨師の、でっぷり肥った中年女は、若い頃に子供を亡くしたらしい。それで、娃琳には、格別に甘かった。
幼い頃は、大抵、そこで、食べ物を貰っていたような気がする。
二人で大書楼を出た時だった。娃琳は、後宮の庭を、見知った女官が突っ切っていくのを見つけて、声を掛けた。
「彩瑶! どうしたんだ?」
娃琳の存在に気がついた彩瑶は、拱手してから足早に娃琳に近づいて来る。
「主の体調が思わしくなくて……、ここから、朱府(朱家の邸)へ帰っても良いのですが………」
なぜか、歯切れが悪い。
彩瑶は、娃琳の姉、月季に仕える女官だった。降嫁後も、姉に付き従っていたはずである。
「太医殿が看ると聞いたが」
「それなのですが……、太医殿は、規則で、月季さまを看ることは出来ぬと……」
皇帝と後宮を看るのが、太医である。降嫁した月季は、既に、皇族ではない。だから、看ないのだ。正しいとは思うが、もう少し、融通を利かせても良いだろうと思う。或いは、袖の下を渡せばなんとかなるかも知れないが、姉、月季がそんなことを思いつくとは思えない。
市井に出て、露店などにも立ち寄る、自由な娃琳と違って、月季は、深窓で花のように大切に育てられた姫だった。
娃琳は、しばし考えて、彩瑶に言う。
「では、後宮には居辛いだろう。……姉上さまならば、我が公主府にてお休み頂けば良い。太医を呼ぶことは出来ぬが、私の客人とあれば、医官を呼ぶことは出来る」
「大長公主様、よろしいのですか?」
彩瑶の美しい顔に、安堵の表情が滲んだ。しかし(なんとなく、妙だな)と娃琳は思う。彩瑶という女官は、とても美しかった。勿論、今でも美しいが、どこか、やつれたような感じがする。
(なにやら、痩せたような……)
「構わない。今、我が公主府は、異国より客人が来ているので、少々変わったこともあるだろうが」
娃琳は、彩瑶に鴻を示した。
「まあ……、それは、大長公主様のお邪魔は致しませんわ。ぜひ、一時、快復するまで、休ませて頂ければ」
「いや、久しぶりに、一番世話になった姉上様にお目にかかることができるのだから、是非、心ゆくまま逗留して頂きたい」
娃琳の言葉を聞いた、彩瑶の黒く美しい瞳が、うる、と潤んだ。
「お、おい?」
「いえ、今のお言葉、この彩瑶、生涯忘れません。本当に、有り難うございます。では、お言葉に甘えまして」
「ああ、なんなら、公主府から馬車を出そうか?」
一度戻ってからになるので、少々時間が掛かるだろうが、その間に、お互いに仕度を出来ると思えば良いだろう。
「まあ! よろしくお願いいたします!」
そして、彩瑶は、拱手して拝礼した後、ぱたぱたと足音を立てて、走り去っていった。
その後ろ姿を見て、鴻が、ポツリと呟く。
「……娃琳の姉上は、おそらく、起き上がることも出来ないほど、体調が悪いのではないか?」
「えっ? まさか、毒……にでもやられたか?」
「いや、それは解らないが……あの女官の態度を見ていると、とても調子が悪いことだけは確かだろう。それに、あの女官も、酷く痩せているのが気になった。急に痩せたのではないか? 背中の肉が、ごっそり無くなっているように感じた」
そうか、と娃琳は少し足早に歩き始めた。鴻も、遅れずに、ピッタリと付いてくる。
今日、娃琳と鴻は、馬車で来ている。だが、小さな馬車だ。屋根代わりの傘が付いていて、四方を囲われていないものだったので、できれば、四方を囲まれて、身を横たえることが出来る位の大きな馬車が良いだろう。
待たせていた馬車に飛び乗って、娃琳は、出来るだけ早く公主府へ戻るようにと指示を出した。
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