大書楼の司書姫と謎めく甜食

鳩子

文字の大きさ
16 / 43
第一章 珍奇で美味なる菓子

姉の不調

しおりを挟む



 手がかりが現れたかとおもったが、くだんの手がかりが、国王専用書庫にあると言う。

「望みは薄いが、公主府に帰って、兄上に、閲覧の許可を頂くための上奏を書いてみるよ。望みは薄いが、雑琉ざいる王からの書簡も来ているというのだし、そこまで無碍にはされないと思う」

「それならば良いけど……」

「ともかく、一度、公主府に戻ろう。そろそろ、日も落ちる。勅許がないと、大書楼は、灯りを付けてはならないんだ」

 貴重な書物を燃やしてしまったら大変だからだ。

「ああ、わかった……少し、気になった物があったから、二冊ほど持って行って良いか?」

「まあ、大丈夫だろう。私が借り受けたことにしておく」

 本の貸し出しには、司書の承認が必要らしい。そして、それは台帳に記載される。

「なにか、気になる記載があったとか……」

「うん、あまりにも美味だったから、祭祀に供えるはずだったのに作った厨娘が全部食べてしまって首を括ることになった『五香糕ごこうこう』とか……、こっちには、皇帝のみが食べることを許された菓子とかいう『皇菓こうか』とか、あとは、男女二人で食べれば、お互いの秘密を暴くことが出来るとかいう『双甘麺そうかんめん』だとか……そういう菓子が掲載されている」

 なにやら、物騒ないわれのある菓子もあるようだったが、それなりに、なにかありそうな菓子ばかりだった。

「これを、全部作ってみるのか?」

「ああ。こう見えても、料理ならば、任せてくれ! 作り方を確認したが、それほど難しい物ではなさそうだし、なんとかなる」

 鴻は、自信満々に胸を叩く。こういうとき、自信満々のほうが、なぜか不安を覚えるものだ。

「特別な材料を使う、事はないのか?」

 もし、特別な材料を使うとなれば、取り寄せなければならない。幸いなことに、堋国は、大陸の中央にあって、各地の品々が入ってくる。大方の品ならば取り寄せられるだろう。

「それほど、大変なものは無かったな。……いや、かえって公主府の厨房にはなさそうな材料もあるが、それは、……揚菓子の店に行けば、わけて貰えると思う」

 鴻の答えをきいても、娃琳は、どうにもピンとこない。今まで、娃琳は厨房に立ち入ったこともない。

(いや……)

 あるな、と娃琳は思い直した。

 何度か、立ち入ったことがある。母親、いん妃の折檻を受けて、逃げ込んだのが厨房だった。厨師の、でっぷり肥った中年女は、若い頃に子供を亡くしたらしい。それで、娃琳には、格別に甘かった。

 幼い頃は、大抵、そこで、食べ物を貰っていたような気がする。

 二人で大書楼を出た時だった。娃琳は、後宮の庭を、見知った女官が突っ切っていくのを見つけて、声を掛けた。

彩瑶さいよう! どうしたんだ?」

 娃琳の存在に気がついた彩瑶は、拱手してから足早に娃琳に近づいて来る。

「主の体調が思わしくなくて……、ここから、しゅ府(朱家の邸)へ帰っても良いのですが………」

 なぜか、歯切れが悪い。

 彩瑶は、娃琳の姉、月季げっきに仕える女官だった。降嫁後も、姉に付き従っていたはずである。

「太医殿が看ると聞いたが」

「それなのですが……、太医殿は、規則で、月季げっきさまを看ることは出来ぬと……」

 皇帝と後宮を看るのが、太医である。降嫁した月季げっきは、既に、皇族ではない。だから、看ないのだ。正しいとは思うが、もう少し、融通を利かせても良いだろうと思う。或いは、袖の下を渡せばなんとかなるかも知れないが、姉、月季げっきがそんなことを思いつくとは思えない。

 市井に出て、露店などにも立ち寄る、自由な娃琳と違って、月季げっきは、深窓で花のように大切に育てられた姫だった。

 娃琳は、しばし考えて、彩瑶に言う。

「では、後宮には居辛いだろう。……姉上さまならば、我が公主府にてお休み頂けば良い。太医を呼ぶことは出来ぬが、私の客人とあれば、医官を呼ぶことは出来る」

大長公主だいちょうこうしゅ様、よろしいのですか?」

 彩瑶の美しい顔に、安堵の表情が滲んだ。しかし(なんとなく、妙だな)と娃琳は思う。彩瑶という女官は、とても美しかった。勿論、今でも美しいが、どこか、やつれたような感じがする。

(なにやら、痩せたような……)

「構わない。今、我が公主府は、異国より客人が来ているので、少々変わったこともあるだろうが」

 娃琳は、彩瑶に鴻を示した。

「まあ……、それは、大長公主様のお邪魔は致しませんわ。ぜひ、一時、快復するまで、休ませて頂ければ」

「いや、久しぶりに、一番世話になった姉上様にお目にかかることができるのだから、是非、心ゆくまま逗留して頂きたい」

 娃琳の言葉を聞いた、彩瑶の黒く美しい瞳が、うる、と潤んだ。

「お、おい?」

「いえ、今のお言葉、この彩瑶、生涯忘れません。本当に、有り難うございます。では、お言葉に甘えまして」

「ああ、なんなら、公主府から馬車を出そうか?」

 一度戻ってからになるので、少々時間が掛かるだろうが、その間に、お互いに仕度を出来ると思えば良いだろう。

「まあ! よろしくお願いいたします!」

 そして、彩瑶は、拱手して拝礼した後、ぱたぱたと足音を立てて、走り去っていった。

 その後ろ姿を見て、鴻が、ポツリと呟く。

「……娃琳の姉上は、おそらく、起き上がることも出来ないほど、体調が悪いのではないか?」

「えっ? まさか、毒……にでもやられたか?」

「いや、それは解らないが……あの女官の態度を見ていると、とても調子が悪いことだけは確かだろう。それに、あの女官も、酷く痩せているのが気になった。急に痩せたのではないか? 背中の肉が、ごっそり無くなっているように感じた」

 そうか、と娃琳は少し足早に歩き始めた。鴻も、遅れずに、ピッタリと付いてくる。

 今日、娃琳と鴻は、馬車で来ている。だが、小さな馬車だ。屋根代わりの傘が付いていて、四方を囲われていないものだったので、できれば、四方を囲まれて、身を横たえることが出来る位の大きな馬車が良いだろう。

 待たせていた馬車に飛び乗って、娃琳は、出来るだけ早く公主府へ戻るようにと指示を出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁

瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。 彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

処理中です...