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第一章 珍奇で美味なる菓子
菓子の探索
しおりを挟む各地の食物に関する書物が保管されている部屋に辿り着く。
内部は、部屋中に、幾つもの棚が置いてあって、そこに書物が並ぶ。堋国の書物は、紙のものが殆どだが、古いものだと木簡のものもある。紙のものは、横を綴っているものが多かったが、巻子もある。木簡は、原則、巻子である。
部屋に入るなり、黴の匂いに混じって、墨の匂いも感じた。そして、薄い香の薫りも漂っている。
「……香の薫りがする」
「うん。虫除けだ。……私なんか、この虫除けの薫りが衣服に染み付いていると、姉君達から、さんざん馬鹿にされたものだよ。すぐ上の姉上くらいかな、私に、そんなことを言わなかったのは」
「すぐ上の姉上?」
「私は、十八王女だからね。すぐ上の姉上が、さきほど倒れたと聞いた方だよ」
「そう、か」
「……あなたの言う、『真実を告げる菓子』というのは、そのまま、菓子の名前を、その巫女が伝えなかったことから言っても、謂われや何かのほうに、秘密があるのだと思うが」
「謂われ……?」
「あるだろう? ……たとえば、そうだな。游帝国の北の方には、白い糸のような不思議な飴菓子があるというが、それは、游帝国の建国に関わった白龍が褥に使っていたものだと言って、その地方では、龍を祀る祭りの時以外には、その菓子は作られないという。
そういう、伝承を探した方が良いのではないか?」
「なるほど」
と言いながら、鴻は顎に指を絡めつつ、何か思案しているようだった。
「よし! 考えるよりも、まずは、実際にやってみた方が早いだろう。伝承のある菓子を調べるのと、よく解らない菓子は作ってみれば良い」
「作る?」
「うん、公主府で作ってみよう」
「作って何か解るのか?」
鴻の単純な思いつきに、娃琳は首を傾げた。調べるまでなら、やっても良いとは思ったが、実際に作るとは思わなかった。
「どのみち、菓子は作って雑琉へ持って行かなければならないのだから、作る必要はある」
「とはいえ、日持ちしない菓子もあるだろうに」
蒸かし立ての糕(蒸し菓子・カステラのようなもの)などは、日持ちしないものもある。
「それは、雑琉で作るしかないな」
鴻は、あっけらかんとしたものである。
「それに、珍しい菓子を作っていけば、あなたの目的にも適うでしょう」
娃琳の目的―――『珍奇な菓子』を探すことだ。
「まあ、たしかに……しかし、私には試食は出来ない」
「食べるだけなら、出来るだろ? それに……、もしかしたら、治るかも知れないし」
「治らないよ」
食べ物の味を感じなくなったのは、いつからか。游帝国の皇太子だった遊嗄が居たときだけ、食べ物の味がわかったのだから―――それより前は、すでに食べ物の味など感じなかったのだと思って居る。
以後、味を感じたことはない。
「『真実を告げる菓子』だったら、そういう奇跡も起こるかも知れないだろ?」
無邪気に言う鴻を、娃琳は眩く思いながら、書架へ向かった。
鴻の、無邪気さ、鴻の若さが、ただ眩くて、娃琳は見ていられないと感じる事がある。
「あなたは、無邪気で良いな」
それは、多分、娃琳なりの褒め言葉だった。
甜食についての記載がある本だけ、まずは、書棚の近くにある作業机の上に纏めることにした。
料理について記載のある本が、三百十一冊。そのうち甜食についての記載があるのは、二十冊に留まった。
「こんなものしかないのか……」
「あるだけ、マシだろう。……あとは、端から順に調べていけば良い」
そう言って調べはじめたのもつかの間、娃琳は思わぬ壁が立ちはだかるのを知った。
「えーと、『古来、犬を宗廟に供えることもあったが、犬食は禁忌とされ、豚や魚などが備えられるようになった。また、花や果物、菓子などを備える風習が根付き、滷の時代には、青女、地母、花神に捧げる為の特別な菓子があると言う記述を『盤古禄』に見たことがある』」
鴻が、明るい声で、娃琳の示した箇所を読み上げる。
「この菓子については、調べたい! 公主様、この『盤古禄』というのは、どこにある?」
「今更、あなたに、公主様と呼ばれるのも妙な感じだな。私は、実際、現在は公主ではないわけだし……娃琳で構わない」
鴻は、「えっ」と呟いて、視線を泳がせてしまった。やけに、もじもじとして居ると思ったら、
「女性を、名前で呼ぶのは失礼なのでは?」
と、顔を赤らめながら言う。
「しかし、菓子を顔にぶつけたところからのはじまりだ。今更、公主様などと言われると、足の裏がむずむずする」
「俺は、ぞんざいに、あなたに接したつもりはないが……気に触ったのならば、謝る……謝ります」
ぺこりと頭を下げる鴻に、娃琳は「いや、そうじゃなくて……」と小さく呟いた。
「そうではなくて……、憶測でものを言うことになるが、あなたは、雑琉の中でも、大分、高い身分なのだと、推測する。あなたがも身分を明かせるのならば、私もあなたを身分に応じた態度で接することになるが……あなたが身分を明かせないのならば、対等な友人関係で居た方が、何かと都合が良い」
鴻は、押し黙る。少々考えて居たようだが、やがて、「わかった」と折れた。
「じゃあ、俺の事は、鴻で良い。あなたのことは、娃琳と呼ぶ」
「承知した。……それでは、鴻。先ほどの質問の答えだ。『盤古禄』は、ここにはない」
神仙に捧げる菓子を記したという、書物は、大書楼には無い―――、と娃琳は言った。
「無いって?」
「言葉の通り」
「堋国に、ないって言うこと?」
鴻が、身を乗り出して聞く。整った顔が、間近まで迫ってきて、娃琳は慌てて身を引いた。
「……国王陛下の専用書庫に……」
たしかに、蔵書目録には存在していた。だが、その在処は、大書楼ではなく、国王のみが閲覧できる書庫だった。
「いままで、一度も、ここの本が動いたことはない」
「そんな、塩漬けにしておくくらいなら、出してくれれば良いのに!」
声を荒げた鴻の言葉に、頭痛を覚えつつ、(さてどうしたものか)と、娃琳は溜息を吐かずには居られなかった。
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