大書楼の司書姫と謎めく甜食

鳩子

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第二章 菓子を求めて游帝国へ

牀褥(ベッド)の上にて

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 こうは、当たり前のように、同じ牀褥しょうじょく(ベッド)に入ってきた。

 思わず、声を上げそうになったが、確かに、この部屋には、牀褥しょうじょくは一台だった。あまりにも当たり前に鴻が入ってきたので、娃琳は、ただ驚くばかりだったが、よく考えてみれば、この牀褥しょうじょくは、呆れるほどに広い。少し離れたところに居れば大丈夫だろうし、

(そもそも、私は……女として魅力がないのだろうし)

 そう思うと、なぜか悲しくなってくるが、仕方がない。鴻から離れたところで、彼に背を向けるようにして横になって目を閉じる。眠れるはずがない。

「娃琳」

 こころなし、押さえた声音が、背後から聞こえてきて、娃琳は、胸が騒ぎはじめるのを感じていた。耳に心臓が移動したのではないかと思うほど、鼓動が脈打って煩い。

「なんだ?」

 振り返らないで、娃琳は答える。

「あまり離れないで」

 鴻の腕が伸びてきた。そのまま、近くに引き寄せられる。一瞬のことだったので、暴れて身をよじる隙もなかった。

「こ、鴻っ!」

「この方が、あなたを守れる」

 鴻は、迷いなく言い切る。それは、理屈では解っているが、(複雑な気持ちになるんだよ……)と娃琳は、文句を言いたくなったが、とりあえず、口をつぐんで、こくん、と頷いた。

 ならば、手を放せば良いのに、鴻はそのまま、娃琳を背中から優しく抱きしめるものだから、娃琳の緊張は、限界に近かった。

(なにか……、何か、気を逸らすもの、話題……)

 必死に、脳裏で探すが、全く思いつかない。

「娃琳」

 囁きが、首に掛かる。思わず、びくっと身を竦ませると、鴻が、小さく笑ったような気がした。

「あ、あ、あの……なんだ、その、……鴻は……、雑琉ざいるでも、身分の高い家の出身だろう?」

 今まで、聞くことを避けていた問いかけが、思わず、するっと口から出てしまった。しまった、と思った時には、もう遅かった。

 娃琳は、皇帝の黒いしとねを握りしめながら、鴻の反応を待った。

「なぜ?」

「別に、鴻が、どんな身分でも構わないが……、言動は、只人ではない感じがする。だからこそ、国王陛下も……兄上も、鴻に、大書楼への立ち入りを許したのだろうし……」

 ふふ、と柔らかく鴻が笑ったのが聞こえた。よりいっそう、身体に回されている腕に力が加わる。

「あなたが、大長公主の身分を明かして俺に接してくれたのに、俺は自分のことを黙っているのは、確かに、公平ではないな」

 首筋に囁かれる度に、柔らかな口唇がうなじに触れる。

「公平とか、そういう意味ではなくて……」

 娃琳が、反論しようとすると、鴻が、くすくすと笑った。

「……俺は、雑琉ざいるの民の命を人質に取られている」

「えっ?」

 娃琳は振りかえろうとしたが、鴻に制された。

「雑琉の民の命と、『真実を告げる菓子』が引き替えなんだ。だから、俺は、とにかく、菓子を手に入れて早く戻らなくてはならない」

「民の命……」

 ということは、やはり、それなりの立場のものなのだ。それよりも、

「民の命を人質に取られるとは、どういう状況なんだ? たしか、鴻、あなたは、簒奪を止める為に、菓子を探していると言った。なにか、役に立てることがあるかも知れない。詳しく教えてくれ」

 娃琳の言葉を「その言葉だけ貰っておくよ」と鴻は言って、ふっと笑った。

「あなたは……雑琉王の、子息だな?」

 娃琳は、厳しい声で追求した。たしか、雑琉王には息子が居たはずだ。名乗った、『凌河りょうがこう』という名前は、偽名になるのだろう。

「ああ、凌河りょうがは、母上の姓だ」

「では、名は、鴻で間違いないのだな?」

 こくん、と頷いたのが、解った。「本当の名は、雑琉ざいるこうだ。雑琉は、姓だよ」

「まあ、ただ者でないのは解っていたが……」

 雑琉王の子息ということは、全く娃琳は考えて居なかった。

「吃驚した?」

「ああ。……値切り交渉と、料理の腕は、驚いたな。王子だったら、普通、ああいうことはしないだろう」

 娃琳の返答を聞いた鴻が、落胆を滲ませた声音で言う。

「……驚いたって……そっちかよ」

「ん? それ以外になにかあるのか?」

 娃琳は聞き返す。それよりも、身体が密着している方が気になるが、これにも、なにか考えはあるのだろう。

「いや、何でもないよ」

 と言ったあと、急に、ぎゅっと抱きしめられた。

「ちょ……っ」

 抗議の声を上げようとした娃琳に、鴻は言う。

「……来たようだよ」

 娃琳も耳を澄ます。押し殺したような足音が、遠くに聞こえた。


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