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第二章 山科にて『鬼の君』と再会……
4.大変な忘れ物
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姫さまのあまりの迫力に、関白殿下は面食らったようでした。
私は……ちょっと、嬉しかった。
鬼が憑いている……とか言われ続けて、結局、私は、山科でお友達も居なくて、女房の早蕨だけが話し相手で。
毎日毎日、物語を読んだり、和歌の勉強や漢詩の勉強をしたけれど、和歌のやりとりをするような方も居なかったから、上達するわけでもなく。ただ、毎日、退屈で―――それでも、仏門に入って、修行をするような生活よりは、きっとマシなのよね、と思いながら、過ごすしかなかったから。
鬼と逢ったことがあると聞いても―――おそらく、お耳に入っているだろう『山科の鬼憑き姫』の事だとご存じでも、私を、守ると言って下さった。
私は、それで、十分だった。
「姫さま、申し上げます」
私は、そそくさと、姫さまの御前にでた。
私の姿を見た関白殿下が、息を呑んだようだったけれど、まずは、姫さまだ。
「どうしました、山吹」
「関白殿下が仰せになったとおり、私は、かつて、鬼と逢ったことがございます。ですから、……また、私の許に、あの鬼が来るかも知れないのです。
あの鬼が、人に仇なすとは思えませんけれど、私は……姫さまに、万が一、鬼が危害を加えるようなことがあったら、悲しくて、鴨川に身を投げるかも知れません。
ですから、どうぞ、私をお側に置くことはお考えにならずに、山科へお戻し下さいませ」
私の言葉を聞いて、姫さまの瞳が潤った。
「私は、あなたと離れたくないわ、山吹。小君を連れ戻してくれたのは、あなたが初めてなのよ?」
「実際に捕まえてくれたのは、左兵衛大尉殿です。私は、あたふたしていただけで」
「でも、探してくれたわ。装束を泥まみれにしてまで!」
ぐすぐすと泣き始めてしまった姫さまに、関白殿下が声を掛けた。
「香子。山吹もこう言っているのだから、無理はしない方が良い。―――山吹、そなたも、気分が悪いことだろうが、小袖を盗まれた件については、口外などはしないで欲しい」
「勿論です」
そんなことをして、父親の出世に響いたら困る。
父は、今現在、伊予介だけど、伊予守位になりたいと思っているはずなのよね。それで、必死に就職斡旋のために関白殿下のご機嫌取りをしているのだもの。
「それは助かる。関白の邸で、女房が小袖を盗まれたなどと都のものに知れたら、バカにされるのは目に見えているからね。あなたは、山科へ帰るとしても、いずれ、お礼の品を届けに参りますよ」
お礼の品が、どんなものか解らないけれど。
関白殿下ならば、きっとケチなお返しものなんか、返されないはずだ。
「本当ですか?」
「疑り深いことですね。けれど、そういう慎重な性質は、私も好ましく思いますよ」
ふふ、と関白殿下は笑う。その笑みは、なんというかとても、蠱惑的で、小少将さん率いる女房達の中でも、関白殿下をぽーっと見てしまう人がいる。
でも、なにか、引っ掛かる。
なにが引っ掛かるのか、解らないけれど……、主上と関白殿下は、ちょっと、なにか、妙な気がする……。
「香子。では、山吹は山科へもどすよ。それで良いね?」
姫さまは、全く納得されていなかったようですけれど、関白殿下が強く、私の山科帰りを押したので、私は、このお邸を去ることが出来た。
去り際に、姫さまに大泣きに泣かれてしまって、関白殿下が特別に手配して下さった牛車にのりこんで、しばらくしてから、私は、割合大変なことを思い出したのよ。
――――禄、貰ってない!
折角、今回のお邸勤めは。豪華反物が貰えるらしいという触れ込みだったのに。
いまから、とって返して、『すみません、禄を下さい』と言った所で、きっと、ダメだ。
折角、早蕨にお土産にして持って帰ろうと思ったのに!
私は……ちょっと、嬉しかった。
鬼が憑いている……とか言われ続けて、結局、私は、山科でお友達も居なくて、女房の早蕨だけが話し相手で。
毎日毎日、物語を読んだり、和歌の勉強や漢詩の勉強をしたけれど、和歌のやりとりをするような方も居なかったから、上達するわけでもなく。ただ、毎日、退屈で―――それでも、仏門に入って、修行をするような生活よりは、きっとマシなのよね、と思いながら、過ごすしかなかったから。
鬼と逢ったことがあると聞いても―――おそらく、お耳に入っているだろう『山科の鬼憑き姫』の事だとご存じでも、私を、守ると言って下さった。
私は、それで、十分だった。
「姫さま、申し上げます」
私は、そそくさと、姫さまの御前にでた。
私の姿を見た関白殿下が、息を呑んだようだったけれど、まずは、姫さまだ。
「どうしました、山吹」
「関白殿下が仰せになったとおり、私は、かつて、鬼と逢ったことがございます。ですから、……また、私の許に、あの鬼が来るかも知れないのです。
あの鬼が、人に仇なすとは思えませんけれど、私は……姫さまに、万が一、鬼が危害を加えるようなことがあったら、悲しくて、鴨川に身を投げるかも知れません。
ですから、どうぞ、私をお側に置くことはお考えにならずに、山科へお戻し下さいませ」
私の言葉を聞いて、姫さまの瞳が潤った。
「私は、あなたと離れたくないわ、山吹。小君を連れ戻してくれたのは、あなたが初めてなのよ?」
「実際に捕まえてくれたのは、左兵衛大尉殿です。私は、あたふたしていただけで」
「でも、探してくれたわ。装束を泥まみれにしてまで!」
ぐすぐすと泣き始めてしまった姫さまに、関白殿下が声を掛けた。
「香子。山吹もこう言っているのだから、無理はしない方が良い。―――山吹、そなたも、気分が悪いことだろうが、小袖を盗まれた件については、口外などはしないで欲しい」
「勿論です」
そんなことをして、父親の出世に響いたら困る。
父は、今現在、伊予介だけど、伊予守位になりたいと思っているはずなのよね。それで、必死に就職斡旋のために関白殿下のご機嫌取りをしているのだもの。
「それは助かる。関白の邸で、女房が小袖を盗まれたなどと都のものに知れたら、バカにされるのは目に見えているからね。あなたは、山科へ帰るとしても、いずれ、お礼の品を届けに参りますよ」
お礼の品が、どんなものか解らないけれど。
関白殿下ならば、きっとケチなお返しものなんか、返されないはずだ。
「本当ですか?」
「疑り深いことですね。けれど、そういう慎重な性質は、私も好ましく思いますよ」
ふふ、と関白殿下は笑う。その笑みは、なんというかとても、蠱惑的で、小少将さん率いる女房達の中でも、関白殿下をぽーっと見てしまう人がいる。
でも、なにか、引っ掛かる。
なにが引っ掛かるのか、解らないけれど……、主上と関白殿下は、ちょっと、なにか、妙な気がする……。
「香子。では、山吹は山科へもどすよ。それで良いね?」
姫さまは、全く納得されていなかったようですけれど、関白殿下が強く、私の山科帰りを押したので、私は、このお邸を去ることが出来た。
去り際に、姫さまに大泣きに泣かれてしまって、関白殿下が特別に手配して下さった牛車にのりこんで、しばらくしてから、私は、割合大変なことを思い出したのよ。
――――禄、貰ってない!
折角、今回のお邸勤めは。豪華反物が貰えるらしいという触れ込みだったのに。
いまから、とって返して、『すみません、禄を下さい』と言った所で、きっと、ダメだ。
折角、早蕨にお土産にして持って帰ろうと思ったのに!
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