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第二章 山科にて『鬼の君』と再会……

7.雷鳴

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「お止め下さいませ! 関白殿下。いきなり御簾をお上げになるなんて、なんて、乱暴な」

 私の言葉を聞いて、とりあえず関白殿下は、御簾を上げる暴挙には出なかったので、安心しました。

「乱暴とは心外だね」

 などと涼しいお顔をしていらっしゃるので、いい加減、私も腹立たしい心地になる。

 とにかく、余裕だ。

 権力者という以前に、男の人として、余裕なのだ。

 そりゃ、私は、田舎ものだし。関白殿下は、ご正室に妾も多数おいでだろうし、邸の女房の中には、お手がついたかたもおいでなのだろう。

「乱暴でなければ、鬼憑きの姫として、侮っておいでですのね」

 とはいえ、ここは、私のテリトリーなのだから、私がなんとか、しなければ。

「まさか、侮っていたら、こうして訪ねたりするものか」

「私は、あなたに惹かれたのですよ。山吹。なにせ、あの、難しい主上とお話できる女房というだけで、あなたが、如何に忍耐強く、優しい方かわかりますからね」

「あら、帝は、とても、やさしゅうございましたわ。ただ……あんな風になさるのは、困りますけれど」

「おや。あなたは、帝に見初められて嬉しくはないの? 女人ならば、帝の寵を受けることができたら、最高の栄誉だと思うけれど」

「ええ、最高の栄誉でしょうが、この身には過ぎた栄誉です。私は、山吹の名を賜っただけでも、十分すぎます」

「おや、欲のないことだ」

 いいえ、欲はありますとも。

 私は、どうしても禄が欲しい。いつも、こんな田舎で私の世話をしてくれる早蕨に、上等な布で装束を作って上げたいの!

「分相応というものがありますから。私の身分では、関白殿下や、帝から寵を得ようなどと考えるのもおこがましいことです。

 私には、もう少し、慎ましい身分の方が良いですわ」

「おや、官位や立場で、あなたが人に対して態度を変えるとも思えないけどね」

「関白殿下と、庭師相手では、態度は変わりますわ」

 私が言うと、関白殿下は、にやり、と笑った。

「だが、庭師を蔑まず、関白に媚びることもない」

 私は、あきれて言葉が出ませんでしたが、関白殿下は、さらに続ける。

「あの立派な方も、あなたが気に入っておられたようだからね。私は、あの方にあなたが召し出される前に、なんとか手を撃ちたかったのです。つまり……」

 関白殿下は、御簾を素早く除けて、するりと私の部屋へ入ってくる。

 驚いて、声も出せない私の手を引いて、ぎゅっと掴んだ。

「殿下!」

 抗議の声を上げるが、関白殿下は、まったく気にもしていないようすだ。

「あなたを、予約したい」

「予約?」

「あなたも、婚礼の道具の仕度とかいろいろおありだろうから、いま、ここで契るということはないけど、仕度が済んだら、私の妾になるね?」

 横暴だっ!

 けど、ここで、ノーと言ったら、このまま押したおされる。

 仕方ない。

 私は、頭のなかで、今までの人生で一番悲しかったことを思い出す。

 私を守ってくれた、乳母。急な病で死んでしまったの。

 姫さまは、必ず、幸せになって下さいませ、なんて言い残しながら。

 まだ、若かったのよ。三十そこそこだったのだから。

 乳母のことを思い出したら、目の前がじんわり滲んで来た。

 よし! このまま、泣ける!

 乳母や、私の貞操の危機なんだから、守ってね!

「おや、そんなに怯えずとも……」

 関白殿下は、ニヤニヤとイヤらしい笑いを浮かべている。

「お和歌うたも頂いたことのない殿方と契るなんて、あんまりだわっ!」

 私は、関白殿下の手を振り払って、わんわんと泣き出した。

「えっ? 和歌が欲しいの?」

「関白殿下も、乙女心がわからないんですね! どんなに立派な殿方でも、和歌を交わして、お人なりにふれてから……と、物事には順序がありますわ! 私のことなんて、山里育ちのひなと、侮っておいでですのね!

 あんまりだわ!」

 とまあ、私は、自分の貞操がかかっていたので、本気で泣き叫んだのです。

 その頃になって、早蕨と赤麿じいさんが私の部屋へ駆け込んで。

 目撃したのは、この世の終わりとばかりに泣き叫ぶ私と。

 私の部屋へ侵入した関白殿下。



 遠雷が聞こえる。
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