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第二章 山科にて『鬼の君』と再会……
15.かくて誕生『鬼憑きの姫』
しおりを挟む法師陰陽師たちの必死の祈祷を他所に、山が燃えるように赤々と松明が灯されている。
山狩りが始まったのだ。
またもや勝手に外に出ていた私は、今度は流石に見張りが付いた。とはいえ、赤麿だけどね。いざとなったら赤麿は優しいから、なんとかなるだろうとは思う。
鬼の君は、無事に逃げて下さったかしら……。
流石に、確かめる術はないけれど、どうしようもない。こうなると、私に出来ることと言ったら、祈ることくらいの物だった。
今日の祈祷は、夜通し行われることになって居た。修法の間は、眠ってはならないと言われていたので(眠っている間に、『鬼』がくるのだそうだ)頑張って起きて居たのだけど、やはり、逢魔が時を過ぎてからは、うとうととしかかって、瞼が重くなってくる。
話しかけてくれるはずの乳母や、女房も……みんな、こっくりこっくりと船を漕いでいる。
それが、急に怖くなった。
この小さな世界の中で、私だけが起きて居る―――というのが、なにか、特別に怖ろしいことのような気がしてならない。私は、みんなを揺さぶってみたけれど、一向に起き出す気配はなかった。
「どうしたのかしら……」
と思っていると、床に、コツン、と音がした。
見れば、簀子に近い床の上に、木の実らしい物がころんと転がっているのがぼんやり見えた。夜だから、よく見えないのだけど……と思っていると、もう一つ、コツン、と落ちる。
「もしかして、誰か居るの?」
私は、もしかしたら、鬼の君が来たのではないかとおもって、部屋を抜け出して、そっと闇に問い掛ける。
今、周りは検非違使で一杯のはずだわ。
山狩りはまだ続いているようで、やはり、山のほうは、皓々と明るい。
「もし、誰か居るのなら、とにかく、お早く行って頂戴」
そう呼びかけたところで、廊下の下から、声がした。
「……姫君。下人が休んでいる部屋を、教えて頂きたい」
小鬼の物だ。
「なぜ、こんなところに来たの? 鬼の君は無事?」
声を潜めて、私は聞く。
「主は無事です。あなたの機転に救われました……今から、主を逃がそうと思うのですが、いかんせん、あの衣では、往来で目立ちます。ここの下人の服を盗み出したい」
「まあ、盗賊みたいね」
「追われる身ですから……」
「ちょっとお待ちなさい。下人の衣は私には解らないけど、父様のものならば、あるはずよ。今から、私は、『鬼に憑かれた振りをして』父様の装束を持って、外へ出るわ。あなたと、鬼の君の分はここに置いていくから、それを使いなさい」
私がお囮になって、その間に小鬼を逃がす。その企みに、小鬼は「解りました」と乗った。
「けれど、姫君、なぜあなたは、ここまでして下さるのです。私たちは……鬼なのに」
小鬼は、今更、申し訳なさそうに、私に問い掛ける。なので、私はちょっとおかしくなってしまった。
「だって、鬼の君が素敵だったんですもの」
「そんな理由ですか?」
「女の子は、そんな理由で十分よ」
ふふん、と私が笑うと、小鬼は呆れたように溜息を吐いて「あなたのその強さに、救われました。何れ、私と主は、ここへ戻ります。その折りには、また、変わらぬあなた様でおられますよう」と丁寧に告げる。
「じゃあ、作戦決行よ」
そして、私は、塗籠から、父様の装束をありったけもって、そのうち四着だけは廊下の下に落とした。
床下の小鬼が、装束を回収したのを確認してから、私は、すう、と息を大きく吸い込んだ。
「お待ち下さいませ、鬼さま……!」
大声で、叫びながら、私は見えない鬼に向かって行くように、フラフラした足取りで外へと向かう。
気がついた家人たちが、私の後を追いかけてくるので、私は『フラフラしながら超高速』で歩く。捕まったら、おしまいだ。検非違使たちが居る方へ! とにかく向かわなければ。
「鬼さま、鬼さま……。装束をお持ちいたしましたわ。お望みの……」
手に抱えた装束を、掲げながら、とにかく走る!
邸中の者たちがたたき起こされて、私の後を追いかけてくる。
邸の騒ぎに気がついた検非違使たちも、私向かって駆けてくる。
「鬼さま、どうぞ、お受け取り下さいませ。お望みの、装束でございます……」
山へ。東の山へ。私は、とにかく、家人たちの、検非違使たちの追跡を振り切る勢いでしゃにむに走る。
そして、山の麓へたどり着いた時、私は、ぱたり、と倒れて見せた。実際は、足がもつれて、動けなくなってしまっただけだけど。
……鬼の君は、逃げられたかしら。
邸は、もぬけのからだから、いっそ、食糧も持って行ってね。でも、小鬼は、そんな、はしたないことはしないのだろう。
私は、家人に『助けられ』すんでの所で、鬼に食われずに済んだということになった。
けれど、今の狂態は、多くの人の目撃するところになったので―――私は『鬼憑きの姫』なんて呼ばれることに成ったのだけど。
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