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第二章 山科にて『鬼の君』と再会……
16.鬼の君の香
しおりを挟む私は―――鬼に魅入られた鬼憑きの姫とか言われるようになったけど、鬼の君を守り切ることが出来たのだから、と思えば悔いはない。
私は都から離れた山科に住んでいるから、あまり、都の様子については詳しくないけれど、都では、なにかゴタゴタとしたことがあったらしい。
噂に聞く限りだと、二年前に亡くなった皇太后さまが実の息子である帝に呪詛されたのが発覚したとか……。
人を呪いころす帝なんて、怖ろしいわ……と思ったけど、別の噂だと、呪われていたのは帝の方だとか言う話しもあるし、とにかく、御所中の床下はくまなく探したらしい。
大抵、人を殺す呪いは、呪いたい相手の寝所の、褥が真上に来るように、床下に仕掛けることが多いと言う。
眠っている間の無防備なところの方が、よこしまなる者が狙いやすいと言うことなのだろう。
鬼の君は、こういう時期に検非違使たちに追われていたので、多分、都を揺るがした事件に、何らかの関わり合いがあったのだと思う。
私は、鬼憑きの姫と言われたせいもあって、出家という未来を突きつけられたけど、乳母が猛反対してくれた。
「怪異の物に好かれた姫さまが仏門に入っては、かえって迷惑になりましょう。ですから、姫さまは、この山科で、のんびりと過ごされれば良いのです!」
とは乳母の弁だけど、まあ、結構酷いわよね~。だけど、この乳母の機転のおかげで、私は仏門には入らずに済んだから、それは良かったと言うことなのだろう。
その後、一年ほど経った後、一度、旅の僧がうちの邸に来て、私宛にと文を置いていった。
その文には、例の衣と同じ布の切れ端が入っていたので、すぐに、鬼の君からの文だと解った。
文を開くと、今は、遠方の地にて過ごしていると言うことで、傷も癒えて、今はのんびりと過ごしていると言うことだったので、私はホッとした。
山科に鬼に魅入られた鬼憑きの姫がいるという噂は鬼の君の住まう土地にまで聞こえているらしくって、それは心苦しいことになってしまったというお詫びも添えてあった。
お礼として、特に何も出来ることはないけれど、特別な香の調合を伝受するから、作っても良いが、他の者には絶対に教えないことと、他の者には作った香も聞かせてはならないということが書き添えてあった。
ただ、七年後には、必ず都に舞い戻るので、あの香は、七年後の桜の美しい夜にでも薫くと、薫りに導かれて、逢うことが出来るかも知れませんよ……という、なんだか不思議なことが書かれてあった。
香の調合というのは、結構、大変なのよね。
香木を用意して、それを細かく砕いて、何種類か混ぜる。鬼の君から頂いた香の調合法は、誰にも教えないというお約束だから言わないけど、有名所でいうと、『六種の薫物』というのがあって、他に侍従、梅花、荷葉、菊花、盧橘という名前の六種類の薫物がある。
梅花ならば、その名の通り『春』の薫りで、荷葉が『夏』、菊花が『秋』、侍従が『冬』で盧橘と黒方が『通年』となっている。
家毎に、微妙に調合は違うので、有名所の調合法だと、沈香が四両、丁字が二両、甲香が一両二分、白檀が一両、麝香が二分……というような香を混ぜる。混ぜただけではなくて、炭を細かく砕いたものと、蜂蜜と、うちの場合は梅肉を加えて、ひたすら練り上げる。
炭が入っているので、練っている間は、手が真っ黒になってしまうけれど。(そしてその手で顔を擦って、顔まで真っ黒になる)
そしてここからがポイント。出来上がった薫物の香は……小さく丸める。真っ黒いまん丸の玉(丁度、野ウサギの落とし物か何かを想像してもらったら、わかりやすいわね)になる。
それを壺に入れて、水辺とか床下とかの、人目につかない湿った所に置いておくこと、一年。混じった薫りがこなれてまろやかに風味になることで、薫りは、霊妙なものになる。
鬼の君から貰った調合法だと、この熟成期間が、一年ではなく、なんと三年だ。
その代わり、この香は、本当に素晴らしい。まあ、他の人に聞かせられないから、一人で楽しむほかなくて、殆ど、自分でもたいたことはないけれど。
……鬼の君から頂いた調合法で作ったこの香を……たいてしまおうかしら。
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