鬼憑きの姫なのに総モテなんて!

鳩子

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第二章 山科にて『鬼の君』と再会……

20.その装束は・・・ ★挿絵有り★

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 関白殿下のお邸からお借りした、装束片手に、鬼の君は懐かしそうな顔をしていた。

 表着と唐衣。

 私には分不相応なほどの品ではある。

 小少将さんが、地味な私に合わせて選んでくれた『山吹の匂』の五衣に合う、萌黄色の表着。それと、黄色の唐衣。表着は、地紋に唐花の浮紋と伏蝶丸の紋が入ったもの。唐衣は亀甲の地紋に向蝶が入ったものだった。

「その装束に、心当たりがありますの?」

 私が問い掛けると、鬼の君は、大きく頷いた。

「ええ、これは……私の母上のものです。まだ、残っていたとは思わなかった……」

「なぜ、そんなことが解りますの?」

 私か首を捻る。高価なお品だと言うことは解るけれど、それでも、特別に持ち主が解るような事はないとおもう。

「解ります。この伏蝶丸は、母上がこだわって作らせたものです。それを、私は、何度となく聞いておりますから。この表着と唐衣は、特に、気に入りの品だったはずです」

 なんと、まあ……、と私は絶句した。

「もしかして、鬼の君は……二条にある関白様と関係のある方なの?」

 私の言葉を聞いた鬼の君は、ハッとしたように顔を上げた。そして、私にほほえみかけようとしたのだろうけれど、失敗したらしい。一言「ええ」とだけ呟いて、目を伏せた。

「私、昨日……二条の関白様のお邸へ行っていたの」

「なんですって? なぜあなたが、関白の邸などへ……」

 鬼の君は、不思議そうな顔をする。

「うち父親が、関白殿下のお邸で催される宴で、早蕨を手伝わせるなんて言ったらしいのよ。だけど、肝腎の早蕨ったら、おたふく風邪で寝込んでしまったのだし……あれは、人に移してはならない病だったと思うし。それで、早蕨の代わりに私が関白殿下のお邸に女房として入ったの」

「そういう理由があったのですか……」

 鬼の君は、私をじっと見て、それから「関白は、早蕨の顔を知って居るはずです。関白に会いましたか? 会えば、あなたの素性が解ってしまうと思うのですが」と問う。

 私は、多少躊躇ったけれど、正直に答えることにした。

「関白殿下にはお会いしました。……なんだか、妙に気に入られて、お邸を辞したあとだというのに、この山科まで追いかけていらっしゃったので驚きました」

「あの関白が?」

「ええ……、自ら馬を駆っておいでになったから、びっくりしてしまいました」

「あの関白が……」

 鬼の君は、何か考えているご様子だった。今までのやりとり聞いて居る限り、鬼の君は、関白殿下のことをよくご存じのようだから……なにか、思うことがあるのかも知れない。

「あの男は、自分の利にならないことはしないのだが……。あなたに、一目惚れした……ということ、にしておこうかね」

 言葉の端々が、ちょっと、失礼ですわよ! と怒りたくなったけれど、まあ、それは当たり前だ。関白殿下のような立派な方が、私に興味を持つとも思えない。

「そういえば、関白殿下のお邸には帝もおいでになっていて、私、帝にも呼び名を賜ったりしたのよ」

実敦さねあつ親王か……」

 鬼の君は、帝の親王時代のお名前を呟いた。今の帝が、高御座にお上りになった……つまり、帝位に就かれたのが、八年前。

 鬼の君は、今の帝のおわす京を知らないのだろう。

 と、私は、嫌なことに気がついた。

 八年前、鬼の君は言ったのよ。



『帝は居ない』って。



 たしかに、八年前、前の帝という方が居たはずで―――その方から、今の帝に帝位が移っているはずだけれど。

 鬼の君は、一体、何をご存じなんだろう。

「―――実敦親王があなたに引かれる理由はわかりませんけれど……、とにかく、あなたは気をつけて。関白と、実敦親王のふたりが、なにをか企んでいるかも知れない」

「何を企んでいらっしゃったとしたって、私みたいな、身分の低い姫に、何の利用価値もありませんわ」

 鬼の君は、ふ、と私の手を取ってしっかりと握りしめた。

 お魚を捕って暮らしていたと言うだけあって、がっちりとした、逞しい手だった。なんにしろ、ぽってりした手が好まれる今の世の中では、『賤しげな』と言われそうだけど、私は、結構、力強くて好きな手だ。

「ただでさえ、あなたは、私が様々巻き込んでいる。これ以上、京のゴタゴタにあなたを巻き込みたくはないから……、どうか、邸で身を慎んでいて下さい」

 鬼の君の力強い眼差しが、私を見つめる。吸い込まれそうなほど、強い眼差しから、目が放せない。

「いずれ、私は本懐を果たして都へ戻ります。その折りには、探索の装束と反物を携えて、あなたも、京へお迎えしますから」

 あら、なんだか、熱烈な求婚みたいじゃない……と、ちょっと冗談でも言おうと思ったら、鬼の君は、私の指先に、そっと口づけを落とした。



「きゃっ!」

 思わず身を竦めて仕舞って、私は、もう、胸が高鳴って何がなんだか解らないし、こういうときに、どう振る舞えば良いのか……と、早蕨に助けを求めたくなった。

 だって、指先とは言え、口づけを受けるのなんて初めての事なのよ!
 
 私、今まで、非モテだったんだからね!

 殿方とお文のやりとりだってしたことはなかったし、する予定もなかったんだから!

「これは、お約束代わりに。……絶対に、この邸の中で身を慎んでどなたとも会わないように」

「……できるだけ」

「出来るだけでは困ります。……それでは、私は、今日は去りますから、本当に気をつけて下さいね」

 そうして、鬼の君は、立ち去っていった。

 私は、指先に目を落とした。まだ、鬼の君の暖かな口唇の感触が残っているような気がする……。









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