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第四章 後宮には危険が一杯!
8.登華殿にて出逢ったものは
しおりを挟む早蕨と中将は、しつこく先程の女房の愚痴を言い合っているので、私は、やめなさいと言おうとしたけど。
ちょっと、出来心が掠めた。
折角、ここは、御所。しかも、滅多に立ち入ることの出来ない、後宮なのだ。しかも、今、後宮の女官さん達は、私たちの所には居ない状態。つまり、私は、完全なフリー!
これは、ちょっと、探険してみたい!!
特に、登華殿よ。今は無人のはずだから、もしかしたら行けないかもしれないけど、二条の姫さまのところにご挨拶に伺おうと、思ったら迷ってしまった……とでも、言えばなんとかなる。
一度、上曽の登華殿を、この目で見てみたかったのよ!
それで、私は、未だにぎゃあぎゃあとやっている二人を置いて、こっそり抜け出したのだ。
顔を檜扇で隠しながら、静かに歩く。(女子は、こうやって移動するのが決まりなのだ。腕が痛くなっちゃうんだけどさあ)
登華殿は、淑景舎からだと大分、西側へ歩かなければならないし、帝のおわす清涼殿が間近だけど、今日に限っては、帝と鉢合わせする危険は、ない。
まあ、ともかく、後宮とはいえども御所なので、だだっ広いんだけどね。困るわよ。
途中、休みながらゆっくりと向かう。登華殿には、それと示す篇額なんかは、かかっていないので、多分、ここが、登華殿なんだろうという予想ね。
中将がいれば確実に、案内してくれるんだろうけど、やっぱり、探険は、一人にかぎるわよ!
ちょうど、陽が落ち始めた頃合いなので、あたりは、薄暗くなりはじめて、ここは、御所だというのに、まったく人気がないのだと気が付いた。
誰も、いない。
空っぽの後宮……とは知っていたけれど、主のいない豪華な殿舍は、寒々しいような心地だ。
登華殿の女御さまが生きていた頃は、きっと、そこかしこに人がいて、あちこちから、鈴を転がしたように、微かで可愛らしい笑い声や、色とりどりの装束、すばらしい薫りで満ちていたのだろう。
今も、往時と同じように、隅々に至るまで清められているのだけど、それが、かえって、空々しい。
もっと、荒れ果てていれば、ここが空虚なものだと、気付くことはなかっただろうに。
御簾も掛かっていて、中を覗くと、調度品も几帳もなんにもない。床が広がるばかりで、なにか、登華殿の女御様を知ることができるようなものなど、何一つ残っていなかった。
せっかく、ここまで冒険してきたのに、ちょっと肩すかしを食らった気分だな……。当たり前のことなんだけど。
登華殿には何にもないし、そろそろ、帰ろうかと思ったその時、陛の下に人の気配を感じた。
「どなたか、おいでなの?」
念のため、顔を隠して問いかける。
扇から垣間見ると、そこにいたのは、冷ややかな月光のように冴え冴えとした美貌の、僧だった。
「お坊さま?」
私の声にやっと気付いたらしい僧が、振り返ったとき、その、美貌を歪めて、私の裳の端を、荒々しくつかんだ。
「なぜ、お前が、ここにいる!」
僧は、私に激しい口調で怒鳴りつけ、そのまま、陛を上がってしまった。
え、なんか、これ、まずいんじゃない?
逃げる……と言っても、裳を握られている。
「ど、どなたか、と、勘違いしておいでですわ!」
私は、震える唇で、僧に告げた。
完全に、目が据わっている僧に、何を言っても聞かないような気もしたが、とにかく、人違いには、変わりない。
「人違いなものか! これは、お前が特別に誂えた紋様のはずだ」
紋様?
恐らく、唐衣の紋様だろう。
「存じ上げません! 頂きものですもの!」
「頂きもの?」
僧の、冷ややかな瞳が、すう、と引き締まった。
「その衣が、頂きもののはずがあるか! この、亡霊め!」
亡霊と言われて、はた、と気付いた。この装束は、登華殿の女御さまのものだわ。
この美貌の僧は、登華殿の女御さまのことを、なにか、知ってる!
だったら、私は、その話を知りたい。登華殿の女御様が、帝と関白殿下からの好意に関係しているのは、間違いないからだ。
どうする? この僧は、私の事を『亡霊』だと思い込んで居るみたいだし。そこを利用させて貰えば、もしかして、なにか、情報を引き出すことが出来るかも知れない。
よしっ!
私は、意を決して姿勢を正した。そして、すう、と息を吸い込んで、言う。
「そこな、僧」
私は、大芝居を打つことにした。気位の高い姫っぽく、僧に呼び掛ける。登華殿の女御様の『亡霊』を演じてみるのだ。
一瞬、僧が、気圧されて、たじろぐ。
「妾が、そなたのいう亡霊であれば如何する? そなたごとき、呪い殺すとでも思うてか?」
「やはり、もののけか!」
「もののけなど、おのが心にやましき思いがあれば見えるもの……そなた、妾に、何をしたか、覚えておらぬのか?」
美貌の僧は、ぐっ、と押し黙った。
「化け物め……、こうなれば、我が法力で調伏してやる!」
美貌の僧は、私の喉元に、にゅっと腕を伸ばしてきた。
私が驚いている隙に、喉元にがっしりと手が巻き付いて、もの凄い力で、ぐいぐいと締め上げる。
調伏関係ないし!
勿論、そんな軽口は、口を突いて出るはずもなく。
苦しい……、目の前に、霧が掛かったみたいに、ぼんやりしてくる。
必死で藻掻くけど、どうしても、力が強すぎて、引き離せない。
ああ……私、こんなところで、死ぬの……?
それは、嫌だ……っ!
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