79 / 186
第四章 後宮には危険が一杯!
16.御簾越しの会話
しおりを挟む
「鼻を削がれた女房、柏木ですか……しかし、女房は、家の名がわからねば、探すのも難しいでしょうね」
関白殿下が弱音を吐く。
「あら、それでしたら、早良さまにお訊きしたほうが、早うございますわね。
それとも、登華殿の女御さまの帝であらせられた、今の上皇さまにでもお訊きしましょうか」
関白殿下が「それは、やめなさい」と静かに私を嗜める。
「そんなことを、無闇に仰有ると、誰が聞いているか、わかりませんよ」
確かに言う通りだから、黙ってしまうと、ふと、指先が、もぞもぞと動くのに気が付いた。
なにかしら、と思っているうちに、御簾の下から関白殿下の手が差し入れられて、私は指先を捕らえてしまった。
関白殿下の、指先が、私の指先に絡み付く。
ちょっと、何をしているのよ! と抗議しようとしたら、
「それで、美貌の僧は、なにか、言っていましたか?」
と、関白殿下は真面目な声で、聞く。指先は、私の指先に絡みつけたまま。
「なぜ、お前が生きている、と」
「首を絞めながら?」
「ええ、その通りです」
きゅっ、と関白殿下が指先を握る。ちょっと、どぎまぎするから、本当にやめて欲しい。
「それは、穏やかではないね」
声から、表情は読めない。余裕なのが、私は口惜しくてたまらない。私なんか、胸が壊れそうなほど高鳴ってるっていうのに!
「山吹。もうひとつ」
関白殿下が、問う。
「柏木という女房のことを、なぜ、あなたは知っているの?」
「えーと」
私は、どう言おうかと迷っていると、関白殿下は、涼しい声で、告げる。
「正直に言わなければ、ここで、口づけしますからね」
ここで!
ちょっと、冗談じゃないわよ。
「言います! えーと、私、首を絞められてからここに来る間、気を失っていたんです。
それで、夢? を見て……私は、夢の中で、登華殿の女御さまに入り込んだ生き霊だったみたいなんです」
「登華殿の女御さまは、どのようなご様子だった?」
「なんだか、雷の夜に、酷いことが御身に起きたようなんです。それで、早良さまが箝口令を出して……。
ちょっと、それを破った、柏木は、鼻を削がれたんです。早良さまに」
「早良が、自ら、鼻を落としたの?」
「はい。それで、帝がおいでになるというところで、目覚めたのです」
すっかり話終えて、私は、はた、と気づいた。
先帝、二条廃帝は、公にはどういう扱いなのだろうか。
「あの、関白殿下」
「ん? なあに?」
関白殿下は、私の話を思案するでもなく、やんわりと微笑しながら、私の、指先を口許へ持っていった。指先に、関白殿下の口唇の生暖かい感触がした。
御簾が、大きく歪む。慌てて、手を引くと、懸金が外れて、御簾が落ちてしまった。
目の前に、関白殿下がいる。
遠く、女房が駆け寄る音が、慌ただしげに聞こえたが、私は、良くわからなくなってしまった。
気が付いたら、関白殿下に抱き抱えられて、廊下にいたのだから。
ちょっと! ちょっとーっ!
関白殿下、一体、なによっ!
軽くパニックに陥る私に対して、関白殿下は、至極、強張った、冷たい顔をしておいでだった。
関白殿下が弱音を吐く。
「あら、それでしたら、早良さまにお訊きしたほうが、早うございますわね。
それとも、登華殿の女御さまの帝であらせられた、今の上皇さまにでもお訊きしましょうか」
関白殿下が「それは、やめなさい」と静かに私を嗜める。
「そんなことを、無闇に仰有ると、誰が聞いているか、わかりませんよ」
確かに言う通りだから、黙ってしまうと、ふと、指先が、もぞもぞと動くのに気が付いた。
なにかしら、と思っているうちに、御簾の下から関白殿下の手が差し入れられて、私は指先を捕らえてしまった。
関白殿下の、指先が、私の指先に絡み付く。
ちょっと、何をしているのよ! と抗議しようとしたら、
「それで、美貌の僧は、なにか、言っていましたか?」
と、関白殿下は真面目な声で、聞く。指先は、私の指先に絡みつけたまま。
「なぜ、お前が生きている、と」
「首を絞めながら?」
「ええ、その通りです」
きゅっ、と関白殿下が指先を握る。ちょっと、どぎまぎするから、本当にやめて欲しい。
「それは、穏やかではないね」
声から、表情は読めない。余裕なのが、私は口惜しくてたまらない。私なんか、胸が壊れそうなほど高鳴ってるっていうのに!
「山吹。もうひとつ」
関白殿下が、問う。
「柏木という女房のことを、なぜ、あなたは知っているの?」
「えーと」
私は、どう言おうかと迷っていると、関白殿下は、涼しい声で、告げる。
「正直に言わなければ、ここで、口づけしますからね」
ここで!
ちょっと、冗談じゃないわよ。
「言います! えーと、私、首を絞められてからここに来る間、気を失っていたんです。
それで、夢? を見て……私は、夢の中で、登華殿の女御さまに入り込んだ生き霊だったみたいなんです」
「登華殿の女御さまは、どのようなご様子だった?」
「なんだか、雷の夜に、酷いことが御身に起きたようなんです。それで、早良さまが箝口令を出して……。
ちょっと、それを破った、柏木は、鼻を削がれたんです。早良さまに」
「早良が、自ら、鼻を落としたの?」
「はい。それで、帝がおいでになるというところで、目覚めたのです」
すっかり話終えて、私は、はた、と気づいた。
先帝、二条廃帝は、公にはどういう扱いなのだろうか。
「あの、関白殿下」
「ん? なあに?」
関白殿下は、私の話を思案するでもなく、やんわりと微笑しながら、私の、指先を口許へ持っていった。指先に、関白殿下の口唇の生暖かい感触がした。
御簾が、大きく歪む。慌てて、手を引くと、懸金が外れて、御簾が落ちてしまった。
目の前に、関白殿下がいる。
遠く、女房が駆け寄る音が、慌ただしげに聞こえたが、私は、良くわからなくなってしまった。
気が付いたら、関白殿下に抱き抱えられて、廊下にいたのだから。
ちょっと! ちょっとーっ!
関白殿下、一体、なによっ!
軽くパニックに陥る私に対して、関白殿下は、至極、強張った、冷たい顔をしておいでだった。
10
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる