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第五章 後宮からの逃走
6.聞かなきゃよかったです
しおりを挟む関白殿下から、ゆうらりと立ち上る、どす黒い陽炎。
小鬼は、再び私の膝にすがり付いて、ガタガタ震えていた。
「し、知りません! 主は、本当に、読めないんです! 我が主ながら、本当に、酷くて! だって、あの、鷹峯院の皇子ですよ! 酷くて当たり前でしょう!」
涙声で訴える小鬼の言葉をきいた関白殿下が、顔を、ひきつらせた。
「そ、そうか……叔母君の息子と思っていたが、あの方の皇子でもあるのか……それは、関わりたくないな」
いや、どんだけ酷い人なんだろう、鷹峯院!
この二人の反応をみていると、お邸に行くのが恐くなる。
「そうですよ。一体、私が、どれだけ、あの方たちに振り回されたことか!」
「うーん、そう言う意味で、いまの主上も、アリかなあ」
「どーいう意味ですか? 不敬ですわよ?」
「いや、あの方、正直、政は、全部こっちに丸投げだしね? 余程のことがなければ、清涼殿からおでにもならない。
夜御殿の二間に、日がな閉じ籠って、お返事さえなさらないこともあって、無礼承知で踏み込んだら、爆睡なさっておいでだった。
あれで、良く、東宮殿下が産まれたもんだと、本気で思うよ。源家の女御様、かなり頑張ったんだと思うね、私は」
引きこもりか! うちの帝、引きこもりって、アリですか?
「なにか、思い煩うことでもおありなのかと存じますけど」
一応、フォロー。今の世に生きる帝が、引きこもりっていうのは、私はちょっとイヤだ。その上、仕事ほぼ丸投げとか、聞きたくない。(その割に、二条関白邸のお花見は来てたと思うけど)
「優しいねえ、私の時と大違いじゃない? 山吹? 私には連れないのに、やっぱり、帝がいいの?
いっそ、国母狙う?
まあ、狙っても良いけど、その場合、私はあなたの後ろ楯にはならないから、香子を入内させて、全政治生命投入して、全力で潰すからね?」
関白殿下は、目が笑ってなかった。
「ちょっと、山科の姫。あなた、一体、なんであんなに関白を怒らせたんです? あの人、ああ見えて優秀だから、あなたの一族朗党、全員不幸になりますよ?
それに、私は、帝はオススメしません! あの方が、我が主を陥れたに決まってますからね!」
小鬼の言葉を効いた関白殿下が、にんまりとお笑いになった。
「聞いた、山吹?」
「聞かなきゃよかったです」
「なにが?」
小鬼は、なにを口走ったか、解って居ない様子だ。うん。
「君、橘継春だろう? 君の口から聞くことが出来て良かった。ははは、山吹、私の敵も、あなたの敵も、主上らしいよ?」
関白殿下は、笑いながらどっかと床に座り込んで、襟元を寛げた。
「か、関白……私の素性も、ご存知で」
「橘継春ならば、先帝のお側に仕えていたからね。一時、私と交換日記してたの忘れた?
しかも、あなたも、八年前の件では連座して、断首だったかな? たしか、なんだか、似ても似つかない死体が、首を斬られて晒されてたっけね。
ああ、懐かしい。私は、当時、あなたや鬼の君の死体探しの為に、当時の上司から殆んど嫌がらせに近い仕事をさせられていたんだよ。あー、思い出したら、切なくなってきた。
私、かなりイジメられてたからね。すっかり、ひねくれたさ」
さらっと言った交換日記は、冗談だと思いたい。
まあ……身分の高い方なら、若い頃は、ネチネチ苛められたりもしたんだろうなあと思うと、ちょっと、可哀想かも知れない―――とはいえ、いまでも、いじられ系関白だよね?
しかし、関白殿下の大昔話は放っておいて、鬼の君の敵が、当近様なら、私を呪ってるのも、当近様ってことじゃない!
でも、しっくりきた。
あの時、私の小袖を盗み出せる関係者は、関白殿下、源大臣、陽、潤さん、そして、帝だ。
ああ、本当に、私の事を呪うのは、あの方なんだ。
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