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第五章 後宮からの逃走
14.軽ーく現実逃避したくなった
しおりを挟む鷹峯院というくらいだから、高貴なことは当然なんだけど、山の中にあると聞いてからは、まあ、田舎の閑静なところで、こぢんまりとお過ごし遊ばしていると思いきや。
私は、牛車が止まったお邸をみて、ひっくり返るかと思った。
なんというか、果てが見えない程に長々とした塀に囲まれたお邸で、外からみたら、ここにも御所があると、勘違いしそう。
「如何なさいましたか、山科の姫」
小鬼が聞いてくる。
「なんか、御所みたいだなあと思って圧倒されちゃって……」
「それはそうでしょうね。本来ならば、仙洞御所というものをつくって、そこに上皇がお住まいになるのを、こんな鷹峯あたりまで引っ込んで仕舞われたのですから」
程なく出迎えの女房がやってきたので、私は、申し出る。
「鷹峯院には、ご機嫌よろしゅう御座います。源大臣家より、ご挨拶に参りました」
「源大臣さんには、お変わりなく、ご機嫌よろしゅう御座います。院は、ご対顔なさるとの仰せでございますゆえ、どうぞ、いらせられませ」
出迎えの女房さんは、かなりの年配だ。もしかしたら、鷹峯院が高御座におわした頃から、ずっと仕えていた方なのかも知れない。
車寄せから邸へ上がり、進物として、反物や唐物の珍しい硯なんかをたんまり運ばせている。
一応、私が筆頭女房、あとの三人はお供ということで、進物を捧げ持つのは、三人だ。正直、私の場合、しずしずと動くのが手一杯で、進物を捧げ持つなんて、とても出来ない。
それにしても……女房装束なんか、慣れてないだろう小鬼までもが、涼しい顔して荷物を捧げ持っているのはどういうことだ。
鷹峯院の長々とした廊下を行く。車寄せは、おそらく邸の東の方にあったのだろう。周囲は、竹が巡らせてあってサラサラとした葉擦れの音が聞こえてくる。陽の光を好かせて柔らかな光が廊下に落ちて、その中を行くのが、ちょっと心地よい。
美しいお邸だな……と思う。池もあって、それが、呆れるほど広いものだった。
「凄い、お邸ですね……」
「もともと、このあたりは、主上が鷹狩りを遊ばすのに行幸なさるところでしたから、このような広々とした邸をお建て遊ばしたのです」
成る程、主上が行幸なさるのならば、こういう広々とした邸が都合が良い。
これならば鷹狩りに随行した者たちすべて、ここに滞在できる。万が一のことがあっても、安心して休むことの出来る場所としては、優秀な場所なのだろう。
「そもそもは、十年ほど前になりますか……、雷が落ちて、内裏が焼けたことがあるのです」
雷……。私は、何か、引っ掛かった。それは、確かに、覚えのある言葉だ。
「それで、今までも内裏が焼け落ちたことは多々あって、その時時に、中宮の実家を内裏代わりにしたり、離宮をお使いになったりしておりましたので……」
まあ、多分、そういうときの為に『なにがしの院』みたいなのが、あちこちにあって、一応、やる気の無い管理人とかが居る感じなんだろう。
たしか『源氏物語』にも書いてあったもの。源氏が夕顔を連れ出した時に、そういう場所で、ほにゃららしちゃってるわけだから。
けれど、ちょっと不思議だな。こちらの邸の女房さんだったら、もっと、権高くて、私たちみたいな大臣家の女房なんて相手にしないと思ってた。
「こちらの女房さんは、心安くおいでですのね。私、緊張しておりましたけれど、すこし、安堵しましたわ」
などとデキる女房気取りで言うと、院の女房は、ばつが悪そうに口ごもった。
「あら、本当は、こんなことはないのですよ? ここは、本当に、会話一つないくらい静かなところですから」
「あら、そうでしたの」
その割には、口数多かった気もするが、まあ、良いか。
「それはそうと、院は、大変……変わった方ですので、それだけは、お覚悟なさいませ。見れば皆様方、初めて見るお顔ですから……」
「あの、それって、どういう……」
私の言葉が終わらないうちに、なにかが猛突進してくるような音が聞こえた。
ドドドドドドド……と音を立ててやってくるのは、猪か何かかしらと手近な部屋に逃げ込んだ方が良いかしらと思っているうちに、
「ちょーーーーっと、そこな女房、待ちなさぁぁぁぁいっ!」
と、叫び声がした。
けど、なんか、ヘン? だ。野太い。野太い……?
そして、前方から猛突進してくるのは、豪華な女房装束フルセットを纏った……ちょっとお年を召した方だった。だけど、長袴を膝まで手繰って猛突進してくるって、ちょっと、ヘンっ!
ついでに、そ、その……足、すね毛、針金みたいに剛毛なのが、びっしり……ですよ?
「うわぁんっ、高紀子っ! アタシ、寂しかったのよっ? 逢いたかったっ!」
思いっきり抱きつかれて、私は混乱した。
とにかく、身体が硬い。女の方じゃない。なのに、女房装束フルセット。髪も長い、化粧もバッチリ。翠黛も施してる。紅も……だけど、顎の所、ちょいちょい、ヒゲが残ってるのと、のど仏。
えーと……、これは……女装した……男の方?
「た、鷹峯院っ!」
小鬼の狼狽する声を聞いて、私は、「は?」と間抜けな声を上げた。
この方が、こ、女装おじさまが、鷹峯院?
はい、私の頭の許容範囲を超えていた為、プツン、と意識が途切れました。
とりあえず、鷹峯院? が私を『高紀子~っ! 死んじゃイヤー! もう死んでるけど、嫌なのよぉっ!』と言って揺さぶり続けていて、もう、私は、軽ーく現実逃避したくなったわけですよ。
どうなってんの、この国っ!
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