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第五章 後宮からの逃走
25.恋の秘密は女を五歳若返らせ、心に秘めた重い罪は女を二十歳フケさせる
しおりを挟む早良さまは、震えていた。
仕方がない。私が身に纏っているこの『香』は、登華殿の女御様の調合。
この世に存在するはずのない香り………。
私だって、この香が、こんなに特別なものだなんて知らなかったもの。
私たちのこの社会では、香はその人そのものを表すと言っても過言でない。だからこそ、この香は、特別なのだ。
「お許し下さいませ、あのようなむごいことを、この口からは……」
嘆いて床に崩れる早良さまの姿を、嵯峨野の太閤と鷹峯院も、茫然と見ていた。
「まさか、早良が、こんなに取り乱すなんて……」
「……一体、どうして……」
しかし、これでは埒が明かない。なんとしてでも、早良さまから、お話しを聞かないと……と思っていると、動いたのは、中将だった。
「早良さま……、短い間、お世話になった私を覚えておいででしょうか」
早良さまが、顔を上げる。
「私です、中将ですわ」
「えっ?」
早良さまは、まじまじと中将を見て、それから、大きく目を剥いて……、
「な、なんであなたがっ! だって、あなた、自邸で首を括ったって……」
「そうなのです。私が首を括ったのは、鷹峯院が、高御座に着いたその年のこと……」
「ええ……そ、それにしては、あなた、あの当時と変わらなくって正直羨ましいけど……あなた、亡霊、よねぇ?」
すっかり、動転が収まったようで、正直助かった。
まあ、今は、ある意味、別な動転してるんだろうと思うのだけれど。
「ええ、わたくしは、亡霊です。……ただ、早良さま。あなたのことが心配で、ここまで来てしまいましたの、怖がらないで下さいましね」
あ、これ、大嘘吐いてる。でも、ここは、中将のナイスファイトに報いなければ!
中将~、あとで、必ず、源大臣に逢わせて差し上げるからね!
「私が、心配?」
「ええ……心に秘めたことがあれば、女は十五歳フケましてよ?」
なにそれ!
「じ、じゅっ、十五歳……」
ごくり、と早良さまが、何かを呑み込んだ。
「ええ。恋の秘密は、女を五歳若返らせ、心に秘めた重い罪は、女を二十歳フケさせましてよ」
五歳増えてる!
「……なんて、こと……。最近、肌の調子は悪いし、なんだか、目が、かすむとおもっていたら」
「全部、あなたの背負った重いもののせいよ? ……ああ、そういえば、登華殿の女御様は……、一体、どうして、実の息である帝に呪われるようなことになって仕舞ったの? んもう、あなたさまがついておいでだったのに」
「いやだ、中将! ……女御様は、呪われて亡くなったわけじゃないわよ。勿論、呪いはあったけれど」
「でも、その呪いって、本当に、帝がやったって、証拠でもあるの? 呪いに名前なんか書かないでしょ?」
そうだ、そうだ。だったら、私の呪いも、すぐに解る。
「……呪いは、でっち上げ! だけど、登華殿の女御様の御寝所の床下から、呪物がでてきたんだから、仕方がないでしょう! しかも、山鳩の御衣の切れ端が、そこに残ってたのよ!」
えー……?
山鳩は、帝しか使ってはいけない色だけど。だけど……。
すくなくとも、鬼の君が、母上を呪い殺す理由がないわよ!
それに、さらっと流れたけど、早良さま、確かに『呪われて亡くなったわけじゃない』って言ったわ。
ええ。
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