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第五章 後宮からの逃走
24.私は、見ていたわ
しおりを挟むまずい、このままでは、なし崩し的に、鬼の君と結婚させられてしまう!
鬼の君がいやっていう訳じゃないけど、さぁ……ほら、やっぱり、乙女としては、欲しいじゃないですか。
熱い思いを綴った和歌とか、貴女にお会いしたいとか、熱烈に書かれたお文だとか……そういうの……。
関白殿下に無理強いされそうに言ったことだって、あながち嘘じゃないもんねぇ。
男女恋愛が蔓延・推奨されているこの現代! 人並に、そういうやりとりをしてみたいわよ。
鬼の君は、私を迎えに来るようなことを言っていたけど……やっぱり、もうちょっと、確かなやりとりが欲しいもんです……っていうか、それ以上に、あちらは、元帝で、しかも、また、帝に復職するおつもり(ちなみに、一度帝位を退いた帝がもう一度帝になることを重祚という。いままでは、女帝しかなかったので、完全に『つなぎ』だったと思われる)なんだから、私より、二条の姫君みたいな方が良いんだろうと思う。
それに、関白殿下だって、『当今』に二条の姫君を入内させたいんだろうし。(だから、あの人、私が帝に入内したら、全政治生命を賭けて潰すと仰有ったんだ。あの方にとって、『帝』であれば、今の帝でも、鬼の君でもかまわないんだろうし)
「山科の~、何、暗い顔してるのよ!」
「だって………」
問題は一ミリも解決してないのに、何で、こうも、次から次へと厄介ごとばかり舞い込むのか!
こうなってくると、私の『千年に一度のモテ期』というのは、ヘンなものまで引き寄せてるんじゃないかと、勘ぐりたくなる。
「大丈夫よ! きっと、懐仁が、全部、なんとか出来るように動いているはずだわ! そしたら、山科まで、アナタを迎えに行くのよっ! きゃーっ!」
一人で盛り上がる鷹峯院を尻目に、私は溜息を吐く。
だって、鬼の君ひとりで、なんとかなるとは思えないんだもの……。
私は、呪われているし? 呪ったのは、帝とらしいし……。
帝と対峙するなんて、この国では、一番考えられないことだから。
それに、どうやったって、穏便に済まなさそうだし、十年前、登華殿の女御さまが『呪われた』事件についても、なんとかしないと、それこそ、鬼の君が復職出来ない。
私があれこれ考えて居ると、
「御前様、お呼びでしょうか」
と、声がして、廊下に女房が現れた。私、この声は、知ってるわ。あの夢で聞いた声だもの。だから、私は、声を掛けてしまった。
「早良さま! あなた、早良さまですわよね!」
駆け寄って、御簾を上げる。
大分白髪交じりになったけれど、夢の中で見たのと大して変わらない姿だった。
急に私が駆け寄ったので、早良さまは戸惑っているようだったけれど、私はかまわなかった。
「え……確かに、私は、早良ですけれど……貴方様は? それに……その香り」
やっぱり登華殿の女御様の香りには、みんな気がつくのね。
それほど登華殿の女御様は、この香りを身に纏っておいでで、そして、この香りを鬼の君以外のどなたにも伝受しなかったのだわ。
私は、早良さまの問いには答えずに、聞いた。みんな、この香りで、私を登華殿の女御様と認識したのならば。
「ねぇ、早良。……柏木は、どこへ行ったの?」
早良さまの顔から、見る間に血の気が引いて行く。
柏木は、あの時、登華殿で私が倒れた時に見た夢の中で、鼻を削がれた女房だ。
そう、この話は、きっと、あの時、あそこに居た女房達しか知らないはずだから。これを聞かれたら、きっと、早良さまは、嫌な思いをなさるだろうと、確信があった。
「か、柏木………など、私は、存じ上げません……」
声が震えて、目が泳いでいる。
気の毒だけど、ここで、私も引くわけには行かない。
あっけにとられている、嵯峨野の太閤と鷹峯院の二人を放って置いたままで、私は続ける。
「知らないはずはないわ、早良。あなたは、柏木の鼻をそぎ落としたのよ。登華殿で。私は、見ていたわ!」
早良さまが、「そ、それは……」と小さく呟く。
顔は、真っ白で、身体は、震えが止まらないようだったけれど。
私は聞いた。
「ねぇ、早良。あなたは、わたくしの身に起こったどんな不幸を、ひた隠しにしているのだった?」
早良さまの口から、細い悲鳴が迸る。
そのまま、床に平伏して、
「どうぞ、どうぞ、お許し下さいませ。よかれと思って、……ひた隠しにした結果、こんなことになるとは……、どうぞ、お許し下さいませっ!」
と泣きながら許しを請うていた。
「どうぞ、どうぞ……お許しを……、まさか、こんな……」
「さあ、早良。答えなさい」
私は、早良さまに厳命した。
「十年前の雷の日、わたくしに、なにがあったのです」
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