132 / 186
第五章 後宮からの逃走
31.やっと腑に落ちた
しおりを挟む呪いに名前が付いていれば良いのに……。
そうだ。大筋は解ったけれど、真相は何一つわかっていない。
「鷹峯院……二条廃帝が、登華殿の女御様を呪った証拠が出て来たのが、二年後だったと言うことなのですか?」
「まあ、そういうことよ」
と鷹峯院は言う。
「……そもそもね、落首とか童謡が流行りはじめたのが、高紀子が死んでから一年も経った後だったのよ。だから、いろいろあって高紀子が死んでから二年後なんてことになったのよ」
「落首……ですか」
「そうそう。色々あったわよ……。ゆるせないようなことも、沢山……」
鷹峯院は、夢でも見ているのではないかというほどに、遠い眼差しをされた。
「異装の天皇のせいで、凶事ばかり起こるなんて書かれたこともあったわね。本当に、アレを書かれた時は、流石のアタシだって、辛かったのだから、事実無根を書かれた懐仁は、辛かったでしょうね」
「二条廃帝は、登華殿の女御様とは、仲はよろしかったのですか?」
「ええ、とても仲は良かったわ。……優しい子だったから、良く高紀子の宮まで機嫌伺いに来てね、その都度、高紀子の為にと小さな贈り物を持ってきたのよ」
「贈り物ですか?」
「ええ。……あの子が書いた和歌だとか、庭で摘んだ花だとか、そういう小さな物ね。でも、高紀子は、どんな高価な物よりも、懐仁が手ずから用意した心のこもった物だと言って、そういうものをこそ、大切にしていたわ」
「良い母子だったのですね」
この時代、母親と子供の間に情愛が薄いと言うことなど、珍しいことではない。
母は、子を自らがのし上がる為の道具として使うこともあるし、子が母を見捨てることもある。そんなことは、当たり前のことだと、割り切ってしまうことが出来るほど、どこにでもあることだ。
けれど、鬼の君と、母君は、優しい母子関係だったのだろう。
それを思うと、事実無根の噂とはいえ、母君を呪い殺したという噂が立ったことは、鬼の君にとって、辛いことだっただろう。
鬼の君は、いま、どこにおいでなのだろうか。
「でも、アタシは、懐仁に恨まれてるわね」
鷹峯院は、そう呟いて、微苦笑された。
「何故です? ……二条廃帝は……、実の父君をお恨みするような方ではないのでは?」
「そうね。尋常な父ならば、恨みはしないでしょうけれど……アタシは、あの子に切腹を命じたのよ? あの子には、裏切られたような気持ちだったでしょうね。父親から見捨てられたも同然だもの」
父宮も頼ることが出来ず。
いざとなれば天皇の命より、一族の繁栄を取るであろう二条関白家も頼ることは出来ず……。
たったひとりで、この陰謀に立ち向かわなければならなかったのだ。
私は、やっと腑に落ちた。
だから、何の見返りも求めず、鬼の君を助けたから、鬼の君は、私に特別な親しみを持って下さったのだ。
もしかすると、私は、あの時、鬼の君のお体だけではなくて、むしろ、そのお心の方を、お守りできたのかも知れない。
10
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる