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第五章 後宮からの逃走
31.やっと腑に落ちた
しおりを挟む呪いに名前が付いていれば良いのに……。
そうだ。大筋は解ったけれど、真相は何一つわかっていない。
「鷹峯院……二条廃帝が、登華殿の女御様を呪った証拠が出て来たのが、二年後だったと言うことなのですか?」
「まあ、そういうことよ」
と鷹峯院は言う。
「……そもそもね、落首とか童謡が流行りはじめたのが、高紀子が死んでから一年も経った後だったのよ。だから、いろいろあって高紀子が死んでから二年後なんてことになったのよ」
「落首……ですか」
「そうそう。色々あったわよ……。ゆるせないようなことも、沢山……」
鷹峯院は、夢でも見ているのではないかというほどに、遠い眼差しをされた。
「異装の天皇のせいで、凶事ばかり起こるなんて書かれたこともあったわね。本当に、アレを書かれた時は、流石のアタシだって、辛かったのだから、事実無根を書かれた懐仁は、辛かったでしょうね」
「二条廃帝は、登華殿の女御様とは、仲はよろしかったのですか?」
「ええ、とても仲は良かったわ。……優しい子だったから、良く高紀子の宮まで機嫌伺いに来てね、その都度、高紀子の為にと小さな贈り物を持ってきたのよ」
「贈り物ですか?」
「ええ。……あの子が書いた和歌だとか、庭で摘んだ花だとか、そういう小さな物ね。でも、高紀子は、どんな高価な物よりも、懐仁が手ずから用意した心のこもった物だと言って、そういうものをこそ、大切にしていたわ」
「良い母子だったのですね」
この時代、母親と子供の間に情愛が薄いと言うことなど、珍しいことではない。
母は、子を自らがのし上がる為の道具として使うこともあるし、子が母を見捨てることもある。そんなことは、当たり前のことだと、割り切ってしまうことが出来るほど、どこにでもあることだ。
けれど、鬼の君と、母君は、優しい母子関係だったのだろう。
それを思うと、事実無根の噂とはいえ、母君を呪い殺したという噂が立ったことは、鬼の君にとって、辛いことだっただろう。
鬼の君は、いま、どこにおいでなのだろうか。
「でも、アタシは、懐仁に恨まれてるわね」
鷹峯院は、そう呟いて、微苦笑された。
「何故です? ……二条廃帝は……、実の父君をお恨みするような方ではないのでは?」
「そうね。尋常な父ならば、恨みはしないでしょうけれど……アタシは、あの子に切腹を命じたのよ? あの子には、裏切られたような気持ちだったでしょうね。父親から見捨てられたも同然だもの」
父宮も頼ることが出来ず。
いざとなれば天皇の命より、一族の繁栄を取るであろう二条関白家も頼ることは出来ず……。
たったひとりで、この陰謀に立ち向かわなければならなかったのだ。
私は、やっと腑に落ちた。
だから、何の見返りも求めず、鬼の君を助けたから、鬼の君は、私に特別な親しみを持って下さったのだ。
もしかすると、私は、あの時、鬼の君のお体だけではなくて、むしろ、そのお心の方を、お守りできたのかも知れない。
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