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第七章 鬼憑きの姫なのに、鬼退治なんてっ!
4.三千寵愛在一身(三千の寵愛は一身に在り)
しおりを挟む「私に、都合の良すぎる取引だろう。懐仁」
実敦親王は、言う。
たしかに、実質、なんのお咎めもないような形で、引退。上皇として悠々とした生活が保障されるというのだから、うますぎる話だろう。私なら、警戒する。
「致し方在るまい。こちらは、弱みを握られている」
「弱み? ……高紀子の件か?」
高紀子―――登華殿の女御さまの、鬼の君にとっては、母上様の名前を出されて、鬼の君は、不愉快そうに、眉を顰めたけれど、それは一瞬だった。
「母上のことは、私にとって、弱みにはならない。情がないように思うだろうが、私にとって、済んだことだ。どれほど取り乱して、泣きわめこうと、母が戻ってくることもない。ゆえに、じたばたと見苦しく足掻いたところで、詮のないことだろう」
「私を、見苦しいと言うか」
「ああ、それは言わせて頂こう。……政変で、東宮の結婚相手が変わることなど、良くあることだろう。あなたの場合も、それに過ぎない」
それは、実敦親王も理解していたことらしく、黙ったまま、答えはなかった。
「それでも、みっともなく足掻くから、見苦しいと言っている」
「では、お前の、弱みとはなんだ」
「決まっている」と鬼の君はキッパリと言い切った。
「私の弱みは、ここに居る、山科の『鬼憑き姫』だ。……この姫なくしては、私は今ここに居ない。私にとっては、守護神のような大切な存在なのだ。この姫を、死なすわけには行かない」
鬼の君は、敢然と実敦親王を見遣った。
弱みとか、仰有らないでよ、恥ずかしいから。
その、気高い眼差しを見ていると、この人は、ゃっぱり、この、清涼殿の主だった方なのだなあ、としみじみと思う。今は、主上の日常の料である引直衣などはお召しでなかったけれど、たとえ、ぼろを身に纏っておられても、この方は帝なのだ。
「降参だ」
実敦親王は鬼の君の前に跪いた。「負けを認める……身の処し方については、あなたにしたがおう」
「ならば、話は早い。……まずは、呪いを解くこと。それが先決だ」
「解った………夜御殿の二間に、呪いの品が置いてある」
「実敦親王。二間は、仏間ではないか。そんなところに、呪いの品を置いていたのか?」
鬼の君はあきれ顔だった……けれど、ちょっと、その顔色がお悪いような気がする。
「あれは、人に見られると効力が薄くなる」
「登華殿の床下に置いたのも?」
「あれは、呪物としては、偽物だった。とにかく、当今が、呪詛を行っていたと言うことだけが、欲しかったからね。正直、あなたの身辺は、何もなくて、陥れるのに苦労をしたのだ。……それで、二年も前に病死した高紀子の死の原因が、あなたにあるとこじつけたのだ。
帝が、母親を呪い殺したとあれば、人心は離れるだろう?」
ふふ、と愉快そうに笑う実敦親王の言葉で、私は一箇所引っ掛かった。
実敦親王は、『病死した』と言った。
「あの……実敦親王……?」
「なんだい、山吹。呪いは、ちゃんと解いてあげるから、そのあとに話を聞くよ」
そう実敦親王に言われては、逆らうわけにも行かなかったので、私も、夜御殿の二間へ入った。
夜御殿は、天皇の御寝所だ。
帳を幾重にも張り巡らせた御帳台があって、中は、褥が整えられている。そり足許には、角の生えた狛犬がちょこんと座って寝所の鎮護をしている。
あまり陽の光の差し込まない場所なので、薄暗い。代々の主上がここでお休みになって居た―――しかも、女御様や更衣様たちをこの御寝所に引き入れて……とおもったら、なんとなく、落ち着かない気分になった。
『源氏物語』の桐壺帝は、ここで、桐壺更衣と昼間でも睦み合っていたというのよね。唐の玄宗皇帝が楊貴妃に与えたように『三千寵愛在一身』といった有様だったのだろう。これもまた、『長恨歌』の有名な一節で、京中ででバカ流行りしてるから、はっきり言うと、知ってないと無教養とか言われそうで怖い。
まあ、それはともかく。
二間には、仏壇があった。おそらく、観音様だろう、優しげな仏様に、手を合わせる。その横には、私の背丈ほどもありそうな立派な位牌が幾つもあった。おそらく、歴代の天皇のものなのだろう。
「さあ。これがあなたの小袖だ」
実敦親王は小袖を取り出した。この小袖だ! 私が、父親の妾様に縫って頂いた大事な小袖!
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