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第七章 鬼憑きの姫なのに、鬼退治なんてっ!
10.褥(しとね)の準備
しおりを挟む視界の端には、女房さんたちが、一生懸命、褥を整えている様子が見えている。
なにも不審なことはないはず……だけど。
「おーい、山吹! アンタも体力有り余ってるンだったら、ちょっと手伝ってくれ!」
勘解由さんに呼ばれて、私は、ハタと我に返った。ぼんやりしていたみたいだ。
「あ、はい! ただいま!」
長袴なので、あんまり走れない(さっき、二条の姫さまの所に行った時は、裾をたくし上げてました。ミットモナイ!)ので、小走りで近づく。
「褥、そこそこ重いから、そこの女房と一緒に運んでくれ」
相手の女房は、私をみて、ゆっくりと黙礼をする。凄く整った顔立ちの、美人だわ。まあ、こういう所でお勤めするんだもの、美人が普通よね。
一応、こういう、女房さん達だって、帝の目に止まれば寝所にお仕えすることもある。
「ご一緒にお願いいたします」
声を掛けたけど、やんわりと微笑むだけで言葉を返してはくれなかった。まあ、こういう女房さんたちだって、自分の実家に帰れば、歴とした『お姫様』だもんねぇ。顔を晒して立ち働くのって、大変よ。私はラクで良いけどさ。
女房さんと一緒に褥を持ち上げた時、ふわり、と私は香りを感じた。
「芥子……の香り?」
まさか、まだ『アレ』がその辺に居るのでは?
私は、あたりを見渡す。
鬼の君、実敦親王、関白殿下が、未だに苦しんでいる以外は、普通だ。
「……芥子の香をかんじましたか?」
女房さんが、私に問い掛ける。存外低くて、腰に響くような艶っぽい声音の方だ。
「ええ。もしかしたら、物の怪が居るかも知れませんから、女房様、お気をつけ遊ばして!」
私の言葉を聞きつけた他の女房さん達は、褥を取り落として「きゃあ、どうしましょう」「怖ろしいわ」など言い合って、清涼殿から立ち去ってしまう。
「ええい! アンタら! 怨霊が怖くて宮中で出仕できるかっ! ……主上をほっぽり投げて、逃げ出すとはどういうことだ!」
勘解由さんが苛立たしく怒鳴るのが、耳にキンキン響く。
私の反対の褥を持ち上げている女房さんは、逃げなかった。もしかしたら、私が褥の片側を持っていたからかも知れない。
「あなたは、本当に、希有な方なのですね」
女房さんは、私を振り返る。その薄い唇が、弓張り月の形に笑みを刻む。
「これは、常人には聞こえぬはずの香りであるのに」
「どういうことですか?」
「この芥子は、わたしが纏わせている香りですよ。……一族の呪いを果たすが為に、ね」
鳥肌が立った。
「ま、まさか……あなた……、鉉珱なの?」
「そうですよ。……さあ、姫」
と鉉珱は私の額を指で触れた。その途端、私は、石にでもなったように身体が動かなくなる。
(ど、どういうこと……っ!)
「おい、アンタ、何してるんだ?」
勘解由さんが近づいて来る。駄目、逃げてっ!
願いも空しく、勘解由さんは鉉珱に腹を殴られて、床に崩れた。気を、失ってしまったのだ。
鉉珱は、ゆっくりと、歩き出す。
褥が、落ちて、私の小指の角に当たる。叫び声を上げたいほど痛いのに、叫び声も上げられない!
「……さあ、死になさい! 懐仁親王!」
懐に隠していた短刀を引き抜いた鉉珱が、鬼の君目掛けて、倒れ込むように、刃を突き刺した!
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