神鳥を殺したのは誰か?

鳩子

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第一章 婚礼

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 貴曄きよう殿は、皇城こうじょうの中でも、もっとも格式の高い儀礼の場である。

 たとえば、皇帝の即位のあとの宴席は、この貴曄殿で行われるし、外国からの使節などを招く時などにも使われる場所であった。

 いん太監たいかんの後に続いて、掖庭宮えきていぐう椒蘭しょうらん殿から貴曄殿へ、ゆっくりと移動する灑洛《れいらく》は、頭に掛けられた真紅の薄物のおかげであまり前を見ることが出来なかったが、貴曄殿の広々とした殿舎と、そこへ続く回廊は、漆黒に近いほどに深い青色で染められて、金泥や翡翠などの玉が嵌め込まれているという、贅を尽くしたものであった。

 花嫁は、真紅の装束を身に纏い、顔を真紅の布で隠すのが決まりである。

 殿舎の中では、既に宴が始まっているらしく、伶人れいじんの奏でるがくの音が、外まで漏れ聞こえていた。中でも琵琶は巧みで、哀切を漂わせて響く琵琶の音が、小鳥の囀るような笛の音と戯れている。

 黄金で彩られた貴曄殿の扉の前に立つと、銅鑼が鳴らされ、いん太監たいかんが、甲高い声で高らかに告げる。


「皇帝陛下の思し召しにより、ねい家令嬢、灑洛れいらく、只今、参内いたしました!」


(いよいよだわ……)

 緊張がいや増す中、灑洛は、深呼吸をして胸の鼓動を宥め付ける。指先が震えて、真紅の上衣を持つ手が震えていた。

 楽が止んだ。

 程なくして、貴曄殿の扉が、ゆっくりと開く。

 殿舎の中というのは、昼間でも薄暗くなるものだとおもっていたら、かえって、殿舎の中から、光の洪水が溢れ出るようだった。顔の前に、真紅の薄物がなければ、まぶしくて目を開けていられなかったに違いない。

 貴曄殿の扉から、真っ直ぐと漆黒の毛氈もうせんが敷かれていた。

 玉座までは、柱を三本も過ぎなければならないほどの奥行きがあったが、その両脇に、高官の席が作られてそれぞれ、小さな膳があった。百官の長が参加するという言葉通り、ずらりと盛装で居並ぶ高官の姿は、きらきらしいことこの上ない。

 真っ正面の玉座は、十七段の黄金で作られた階段の上にある。十七が、聖なる数であると定めたのは、現皇帝であった。黄金で出来た玉座の前には、黒檀で出来た卓が置かれ、満開に咲いた桃の花で彩られ、様々な果実や美酒などが所狭しと並んでいる。

 玉座の五段下がった両脇には、黄金の高欄に彩られた席が在り、右側の席には高位の妃嬪ひひんが三名。そして、左側の席には、皇太子こうたいしの席があった。

 妃嬪達の煌びやかなことは、天女のようで、席から遠い入り口にいても、その光り輝くような美しさに圧倒される。

「灑洛さまは、皇太子殿下の隣の席までまいるのですよ」

 尹太監が、そっと耳打ちして教えてくれる。

「濘灑洛。皇帝陛下の御前まで参られよ!」

 灑洛は拱手して軽く礼をしてから、ゆっくりと、転ばぬようにと御前へ進んだ。漆黒の毛氈は毛足が長く、靴が沈み込むのが怖ろしいほど、ふわふわした。

 顔を伏せながら、足許に気を遣ってゆっくりと進む。

 貴曄殿に集うすべての者たちの視線が、灑洛一点に集中しているのだと思うと、気が遠くなりそうだったが、なんとか、歯を食いしばってこれを堪える。

 やっと玉座の前にたどり着いた灑洛は、跪いてから拱手して皇帝陛下に拝礼した。

「お召しにより参上いたしました、濘灑洛にございます」

 声が震えないようにと腹に力を込めて申し上げると、程なく「楽に」との仰せがあって、灑洛は尹太監の手を借りて立ち上がった。

 楽に―――と言われたので、灑洛は、顔を上げる。そこには、玉座と、そしてそこにまします、皇帝陛下の姿があるはずだ。

 灑洛は、はしたないと思いながらも、皇帝の顔を拝して、「あっ」と声を上げてしまった。

 輝くような象牙の肌に、黒い瞳。す、と整った鼻梁に、薄い唇。

 漆黒の衣の上に、漆黒の上衣を纏い、漆黒の冕冠べんかんを被っている。冕冠は、前後に、黒珠こくじゅ十二珠を糸縄にて貫いたもの十七りゅう付けている。

 あまりにも美々しい姿の皇帝は、御年四十二歳とは、とても思えぬ程に若々しく―――何よりも灑洛が驚いたのは、先ほど、花園で、風に舞い上げられた被帛ひはくを取ってくれた、あの男だったからだ。

(まさか……皇帝陛下だったなんて……)

 そう思った時、灑洛は、はた、と気がついた。

(そうだわ、我がゆう帝国では、黒珠黒衣こくじゅこくいを身に纏うことが出来るのは、皇帝陛下ただ一人だけ……。鳴鈴めいりんの言う通りね、皇帝陛下だと気がつかないなんて、間が抜けているわ……)

 ゆうは、『水』の国である。

 水の守護を得た国であるので、水に関係するものは、すべて尊きものとなる。

 たとえば、方角ならば『北』であり、色ならば『黒』となる。

 帝室の名字は『えい』と言うが、これは『海』を意味する漢字であり、この游帝国では、名字に『さんずい』が含まれたほうが、尊い血筋になる。

 灑洛の生家も『ねい』なので、国で一、二を争う名家であった。

「良く参った、灑洛。……そなたの、その被帛ひはくは、ちんが贈ったものか?」

 美しき皇帝は、灑洛が身につけてきた、桃の被帛を見て、そう問うた。
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