1 / 8
1.有明の月
しおりを挟む十二単を身に纏った女性たちが、わらわらと宮中や貴族のお邸に仕える今日この頃。
東の空がそろそろ白み初めたのだろう。
夜明け前特有の凛とした冷たさが、火照った素肌には、心地が良かった。
鳥鳴く時間だ。
女は、億劫そうに、身体に巻き付いてくる男の太い腕を引き離しながら、溜め息をついた。白く凍った。
夜明け前には、男を帰さなければならない。
それがたしなみである。日が高くなってから男を帰すような不作法をすれば、男も、そして女も、非を問われる。
恋は、夜の時間だけにあるものだ。昼間に恋は、存在しない。
もしあるとしたら、それは、玄宗皇帝と楊貴妃のように、不吉な交わりだ。
小袖に単、長袴まで纏った女は、そっと、男の体を揺り動かす。
「お目覚めになって。夜が開けてしまうわ」
「ん」
顔を向けた男は、寝ぼけ眼を擦りながら、女の腰を引き寄せる。
「今日は、物忌みだと言って、あなたと過ごそうか」
などと男が戯れ言を口にするので、女は、男から離れつつ、そっと、囁いた。闇にとろけるような、夜の声音だった。
「わたくしを、朝になっても男を帰せば帰さない恥知らずな女と呼ばせたいのですか?」
「いっそ、共にその汚名を着ようか。中将」
中将、と呼ばれた女は、ふ、と笑う。
「本気でわたくしを、求めてもいない殿方が、軽々しく、仰有ってはなりません」
「中将」
男は、眉を切なげに引き締めた。
「中将、あなたが、本気でなくとも、私は、本気でしたよ」
「あなたの本気は、閨でだけ力をもつことば。……わたくしは、それに惑わされませんわ。ねえ、この閨でだけ、愛しいあなた。わたくしは、それで充分なの」
中将は、男の唇を指で触れた。
「外にまで、閨の言葉を持ち出す方は苦手だわ。わたくしを、困らせないで。
ほどなく、大納言の、姫ぎみをおむかえする方が、みんなを困らせるようなことを仰せになるのは、良くないわ」
男は、渋々たちあがる。小袖を着せ、単を掛けようとした中将の手を、男が止めた。
「あなたは、一度も単を下さったことはない」
恨みがましい言葉に、中将は、鬱陶しい気分になって、男の手を振り払うと、そのまま、下帯を結んで青の単を着せ、袴を着けさせた。袍の着装まで終えて装束を整えると、男は、名残惜しそうに、去っていく。
男の真意はともかく、こういう朝には、『名残惜しそうに去っていく』のは、殿方の礼儀だ。
0
あなたにおすすめの小説
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
可愛らしい人
はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」
「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」
「それにあいつはひとりで生きていけるから」
女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。
けれど、
「エレナ嬢」
「なんでしょうか?」
「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」
その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。
「……いいえ」
当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。
「よければ僕と一緒に行きませんか?」
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる