69 / 86
実技試験
16 涙
しおりを挟む
「理事長……彼は」
「弟はどうしたんですか⁉︎」
ジオの言いかけた言葉を強い口調でアルフレッドが遮る。
「森の中に倒れていたよ。彼も巻き添えをくらったみたいだね。もう傷は全快しているが、ショックだったのか気を失っている。彼を頼めるかな、ジオ」
「……では寮に連れて帰ります」
ぐったりしたシンを受け取ろうとしたジオを、アルフレッドが再び遮った。
「俺が連れて帰ります。弟なんで」
ユーシス理事長は目を細めてアルフレッドを見ると、腕に抱えていたシンを彼に預けた。
「弟想いのお兄さんを持って、シン君は幸せだね」
目を閉じているシンに言い聞かせるように言うと、再びジオに向き直る。
「ジオ、後のことは任せたよ」
「理事長はどうされるのですか?」
「この先の洞窟の封印が解かれている。誰か生徒が一人、逃げ出したようだ。捜索しないとね」
理事長はそう告げると、再び転移魔法陣を使って姿を消した。ユーリはほっと息を吐き、自分が知らずに緊張していた事を知る。
それからアルフレッドの腕に抱えられているシンの表情を覗き込んだ。顔色が悪い。
「レオン、馬車にスペースは?」
「ああ。まだあると思うぜ」
「ジオ先生、俺も寮まで付き添っていいですか?」
質問形式ではあったが、アルフレッドの口調は断定的だった。ジオは頷く。
「その方が、シン君も安心するだろうね」
アルフレッドはシンを抱えて馬車に乗り込んだ。残された生徒たちはジオと他の教師の指示で魔物の後始末をした後、別の馬車で寮へと帰る事になった。
「あれがアルフレッドの弟か」
「似てないな」
「逃げ出した生徒がいるって、まああんな化け物みたら逃げたくもなるよな」
「アルフレッドさん弟想いなんですね。ユーリ様は知ってました?」
「まあね」
好き勝手に話す候補生達を眺めながら、ユーリは理事長に感じた違和感について考えていた。それにシンの様子も変だった。何かの精密な魔法がかけられているような。それは候補生には見破れないほどの高度な魔法だ。
「そういえば……」
片付け作業の途中で違和感の理由に気づく。理事長は手袋とマントをしていなかった。高位の魔法使いなら、魔法で手を痛めないように手袋は必須だし、マントは魔法防御に優れているので皆が身につけている。
問題は、どうして理事長はマントと手袋を外していたのかだ。それはきっとダメージを受けたからに他ならない。
「あの理事長に、ダメージを負わせられる魔物がいたのか……?」
もしかしたらそれは、候補生の中にいたのかもしれない。
***
怪我人専用の馬車は狭かったが、アルフレッドはシンと一緒に乗せてもらえた。話を聞けばほとんどの生徒の安全は確認されていて、シンは数人の怪我を負った生徒のうちの最後の一人だったからだ。だから馬車の中にはシンとアルフレッドしかいなかった。
「まだ見つかっていない生徒が一人いるとかいう話だ。今年の実技試験はめちゃくちゃだな」
御者はそう話していた。狭くて横になれそうなスペースもないので、アルフレッドはシンを抱えるようにして椅子に座った。
本当に傷が全快しているのか疑わしくなるほど、シンの服はボロボロだった。あの魔物と遭遇したのか、制服はあちこち焼け焦げていて裂け目も入っている。目を閉じたシンの表情は苦しそうで、唇の端には血の跡があり、首もとまで乾いてこびりついていた。数日前にカフェで会った時、実技試験を頑張ると言っていた弟の笑顔を思い出す。
「シン……ごめんな。守ってやれなくて」
馬車の中に誰もいなくて良かったと、アルフレッドは思った。ボロボロのシンを見ているだけで涙が出てくる。騎士候補生一位の男がこんな事で泣くわけにはいかないのに。
涙がシンの頬に落ちたので、アルフレッドはシンの乾いた血といっしょに指で拭った。
「弟はどうしたんですか⁉︎」
ジオの言いかけた言葉を強い口調でアルフレッドが遮る。
「森の中に倒れていたよ。彼も巻き添えをくらったみたいだね。もう傷は全快しているが、ショックだったのか気を失っている。彼を頼めるかな、ジオ」
「……では寮に連れて帰ります」
ぐったりしたシンを受け取ろうとしたジオを、アルフレッドが再び遮った。
「俺が連れて帰ります。弟なんで」
ユーシス理事長は目を細めてアルフレッドを見ると、腕に抱えていたシンを彼に預けた。
「弟想いのお兄さんを持って、シン君は幸せだね」
目を閉じているシンに言い聞かせるように言うと、再びジオに向き直る。
「ジオ、後のことは任せたよ」
「理事長はどうされるのですか?」
「この先の洞窟の封印が解かれている。誰か生徒が一人、逃げ出したようだ。捜索しないとね」
理事長はそう告げると、再び転移魔法陣を使って姿を消した。ユーリはほっと息を吐き、自分が知らずに緊張していた事を知る。
それからアルフレッドの腕に抱えられているシンの表情を覗き込んだ。顔色が悪い。
「レオン、馬車にスペースは?」
「ああ。まだあると思うぜ」
「ジオ先生、俺も寮まで付き添っていいですか?」
質問形式ではあったが、アルフレッドの口調は断定的だった。ジオは頷く。
「その方が、シン君も安心するだろうね」
アルフレッドはシンを抱えて馬車に乗り込んだ。残された生徒たちはジオと他の教師の指示で魔物の後始末をした後、別の馬車で寮へと帰る事になった。
「あれがアルフレッドの弟か」
「似てないな」
「逃げ出した生徒がいるって、まああんな化け物みたら逃げたくもなるよな」
「アルフレッドさん弟想いなんですね。ユーリ様は知ってました?」
「まあね」
好き勝手に話す候補生達を眺めながら、ユーリは理事長に感じた違和感について考えていた。それにシンの様子も変だった。何かの精密な魔法がかけられているような。それは候補生には見破れないほどの高度な魔法だ。
「そういえば……」
片付け作業の途中で違和感の理由に気づく。理事長は手袋とマントをしていなかった。高位の魔法使いなら、魔法で手を痛めないように手袋は必須だし、マントは魔法防御に優れているので皆が身につけている。
問題は、どうして理事長はマントと手袋を外していたのかだ。それはきっとダメージを受けたからに他ならない。
「あの理事長に、ダメージを負わせられる魔物がいたのか……?」
もしかしたらそれは、候補生の中にいたのかもしれない。
***
怪我人専用の馬車は狭かったが、アルフレッドはシンと一緒に乗せてもらえた。話を聞けばほとんどの生徒の安全は確認されていて、シンは数人の怪我を負った生徒のうちの最後の一人だったからだ。だから馬車の中にはシンとアルフレッドしかいなかった。
「まだ見つかっていない生徒が一人いるとかいう話だ。今年の実技試験はめちゃくちゃだな」
御者はそう話していた。狭くて横になれそうなスペースもないので、アルフレッドはシンを抱えるようにして椅子に座った。
本当に傷が全快しているのか疑わしくなるほど、シンの服はボロボロだった。あの魔物と遭遇したのか、制服はあちこち焼け焦げていて裂け目も入っている。目を閉じたシンの表情は苦しそうで、唇の端には血の跡があり、首もとまで乾いてこびりついていた。数日前にカフェで会った時、実技試験を頑張ると言っていた弟の笑顔を思い出す。
「シン……ごめんな。守ってやれなくて」
馬車の中に誰もいなくて良かったと、アルフレッドは思った。ボロボロのシンを見ているだけで涙が出てくる。騎士候補生一位の男がこんな事で泣くわけにはいかないのに。
涙がシンの頬に落ちたので、アルフレッドはシンの乾いた血といっしょに指で拭った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
220
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる