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研修生活スタート

10 第三庭園にて②

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 抱きしめられたままどのくらいの時間が過ぎたんだろうか。遠くからパーティーの音楽や人々の話し声が風に乗って聞こえてくる。二人とも無言でじっとしていた。体温が心地良い。
 俺はルーシェンの背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめかえす。魔法なのかもしれないけど、守られている気がする。

「シュウヘイ」

 ルーシェンの声から少しだけ不機嫌さが消えたような気がする。

『何ですか?』

 ルーシェンは顔を上げた俺の頬をむにっと引っ張った。

『いたいんれすけど』
「お前は隙がありすぎる」
『すき?』

 引っ張った頬を撫でられて、おでこにキスされた。
 息が少し熱くて、触れられた指も熱い。俺が冷えてるのかな。

「誰にでも気安くするな」

 これは誰の事を言ってるんだ?部長?国王?それともアークさんかな。

『でも、王様はルーシェンのお父さんだし、部長は上司なので……それに、ルーシェンだってパーティーで皆に愛想良くしてました』
「俺は誰にも触らせてはいない」

 うっ……確かに。

「ハルバートやアークに対してもそうだ」
『握手だけです。ベタベタしてません』

 まさかルーシェンが如月やアークさんの事まで気にしているとは思っていなかった。確かに流されやすい性格だけど、好きなのはルーシェンだけで、あとは友達だったり先輩だったり、そういう関係じゃないのに。

『別に自分から触らせているわけじゃありません。ルーシェンは私の事を信用してないんですね』

 言ってしまった後、アークさんの話していたルーシェンの人間不振の話を思い出した。

「……信用していない訳じゃない」

『すみません言い過ぎました』
先に謝ろう。

「いや、俺も言い過ぎた……すまない。ただ俺は、シュウヘイが心配なんだ。この世界の事を知らない上に、魔力もゼロで隙だらけで無防備だ。簡単に魔法にかけられて、俺の前から消えてしまいそうで……怖いんだ」

 魔力ゼロ……はどうしようもない気がする。戦った事もないし。見習いとして頑張っているけど、研修に出るくらいじゃやっぱりだめなのかな。
 でも、どうしたらいいんだ。今さら日本に帰れと言われても困る。俺はこっちの世界で生きていくと決めたんだから。

『ルーシェン、私はこれから研修頑張って見習いを卒業します。魔力はどうしようもないですが、兵士の基本訓練にも出ます。だからそんなに心配しないでください。そして今より少しだけ一人前になったら……そしたら』

 一週間に一度くらいは会いに来てくださいとか言ったら、ルーシェンの負担になるかな。

「そしたら何だ?」

 急に言いよどんだ俺に、ルーシェンが不思議そうに聞く。真顔で聞き返されると言いづらいな。

『あ、あの……もう少し、会いに来て欲しいです。忙しいとは思うけど』

 うわぁ、俺、人生でこんなセリフ一度も言ったことなかったよ。
 好きな人と一緒にいられなくても、友達と遊んでいれば気にならなかったし、恋人を束縛するような性格じゃないと思ってたのに。

 ルーシェンはしばらく黙った後、口を開いた。

「シュウヘイがある程度こちらの世界に慣れるまで、目立つ行動は避けようと思っていたが……」

 ん?

「もう限界だ。俺には遠くから見守るという能力はないらしい」

 何だかひとりで納得しているルーシェン。俺の要望どうなった?

『ルーシェン?』

 王子は俺のあごに手を添えると、満面の笑みを浮かべた。不機嫌、なおったみたいだ。

「シュウヘイ、実は魔力というものは、増やす事が出来る」
『え?』
「魔力のある人間と接触する事によって少しずつ増えるんだ」

 ルーシェンがゆっくりと唇を近づけてきて、ポカンとしていた俺の唇と重なった。体がふわりとした感覚に包まれ、指先までがじわりと暖かくなる。はめていた指輪が熱い。舌が絡められて、背筋がぞくぞくする。何だか変な感覚だ。今すぐ空を飛べそうな、なのに支えてもらわないと足腰から崩れ落ちそうな感覚。力が抜けそうで、でもすごく気持ちいい。

「……誰かに与えようと思ったのは初めてだ」

 唇を離してルーシェンが呟く。

『……今のが、魔力、ですか?』
「そうだ」

 両手を見ると、少しだけ青く光って消えた。魔法使いになったのか?全然実感がない。

 呆然としていると、生け垣の向こうから声が聞こえてきた。アークさんだ。

「……王子、申し訳ありません。王妃様がお呼びのようです」

「分かった。すぐに戻る」

 ルーシェンはそう返事をすると、相変わらず呆然としている俺の耳に

「パーティーが終わったら部屋に行く」

と囁いた。
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