One week 番外編

カム

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ジョシュの話1

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***

 王宮10階にある「緑水ダイニング」ここが僕の職場。広い食堂と半個室のスペース、完全個室の三つに分かれていて、それら全てが常に満員状態の人気食堂だ。
 早朝から昼過ぎまで働く時と、お昼すぎから夜遅くまで働くパターンがある。僕は恋人がいるから夜はデートしたいという事で時間は大体お昼までにしてもらっていた。

「ジョシュ、今日も可愛いね!」
「ありがとう。今日もいつもの肉料理?」
「ジョシュー、こっちも注文!」
「ちょっと待ってて」

 あちこちのテーブルから声がかかる。自分で言うのもあれだけど、僕けっこうもてるんだよね。
 そして最近彼と喧嘩して別れちゃったから、来るお客さんみんなに目移りしてしまって困る。
 声をかけてきたこの魔法使いのお兄さん、いつも優しいよなぁ。でも魔法使い同士ってなんだか微妙だし、物言いたげな視線ばかりで直接何かを言ってくる事もない。僕はけっこうグイグイくる人が好きだし。

「ジョシュ、デートしようぜ」

 食器を片付けていたら、戦士風の男にお尻を触られた。

「また今度ね~」

と言ったけど今度はないかな。触り方雑だし。ボディタッチはよくあるけど、触り方で性格から能力まで分かってしまうんだよね。

「はぁぁ」

 洗い場に食器を持って行って、水の入った桶に流す。あとは桶の中の魔法石と水系の魔法が得意な同僚に任せて洗ってもらう。

「どうしたの?ジョシュ。元気ないね?」

「彼氏と別れたんだー」

「え?そうなの?今回はちょっと長かったのに」

「まあね」

 元彼は僕にしては珍しく一年くらい続いた関係だった。だけど人間ってささいな事で関係に亀裂が入るものなんだ。それとも僕の心が狭いのかな。

「僕も魔法も使える戦士と付き合いたいなぁ」

「何いってんのジョシュ。王宮で働いてる人なら魔法使いでも戦士でもかなりのエリートだよ。魔法も使える戦士なんてごくわずかなんだから」

「そうだよね」

 洗い終わって乾かされてる食器の入れ物を、今度は調理場に運ぶ。
 調理場ではとてもいい匂いが充満してる。僕は食べるのも作るのも大好きだから、いずれは料理を作る側に回りたいな。今はできた料理を運んだり、食器を片付けたり注文をとったりという仕事しかしていないけど。

 特製ランチをワゴンに大量に乗せて、各テーブルに配っていると、なぜか料理長が顔色を変えて僕のところにやってきた。

「ジョシュ! 大変だ」
「どうしたんですか?」
「お前、何をやらかしたんだ。とにかく個室に行け。なんでもいいからとにかく謝れ」

 料理長があんなに慌てているところを見たのは初めてだ。
 驚きながらも、なんのクレームか分からなくて個室に向かう。もしかして元彼かな。いや、何を言われてもよりは戻さないけど。

 個室の手前には従業員の山ができていた。みんな仕事そっちのけだけど大丈夫かな。騒いでいる人はいなくて、全員が一言も話さず僕の到着を待っていた。

「どうし……」

 口を開きかけて言葉を飲み込んだ。
 個室の扉が開いて、中から青いマントの男の人が顔を出したからだ。この国で青い服やマントを身につける事ができるのは、王子様とその護衛部隊だけだ。

 とっさに膝をつく。僕以外の従業員もみんな頭を下げて膝をついた。

「君がジョシュ君? 礼はいいから入って入って」

 優しく声をかけてくれたのは、飛行部隊の第二部隊隊長、つまりエリート中のエリート、アーク様だった。爽やかな笑顔はグッズ売り場で売られてるイラストと同じだ。知り合いにベッド脇にアーク様のイラストを貼って毎日挨拶してる人がいる。恐れ多くてキスは出来ないと言ってたけど、自慰に耽る時はアーク様に見られているみたいで興奮するって言ってた。何思い出してんの、僕。

「は、はい」

 慌てて部屋に入ると、もう一度失礼がないように膝をつく。

「王子、こちらの方がジョシュ君です」

 やっぱり! 顔はあげてないけど、視界に入った靴とマントでそんな気はしてたんだよな。
 王子様だ。この個室に王子様がいる。同じ部屋の空気吸ってるよ、どうしよう、鼻血出そうなんだけど……!

「君がジョシュか。顔を上げてくれ」

 うわぁー相変わらずすごくいい声。
 一度王宮の医療室の大部屋で声を聞いた事があるけど、あの時と変わらないセクシーボイスが下半身にくる。

「は、はじめまして。ジョシュと申します」

 王子様のご命令だから顔は上げたけど視線は合わさないように、胸元とか髪とか腕に視線を彷徨わせる。逆に王子様からの視線は痛いほど感じた。
 ミサキ君、この王子様と付き合えるって凄すぎるよ。あの腕に抱かれると考えただけで失神しそう。
 そしてあんな事やこんな事……待って、ミサキ君恋人が全然寝かせてくれないって言ってた。そういえばお風呂にも一緒に入ったとか。ああ、もっとプレイ内容聞いておけば良かった!

「シュウヘイに君の事を聞いた。婚約式の時、シュウヘイを助けてくれたそうだな。礼を言う」

「いえっ、ぼ、僕は友達として当然の事をしただけです。それに、あまり力になれなくて……」

 おおお、王子様に褒められた。実家に帰って報告したい。じいちゃんも父ちゃん母ちゃんも泣いて喜ぶと思う。

「いや、君の功績は大きい。それに、シュウヘイから君のことは何度も聞いている。初めてできた友達だと言っていた。いつか俺にも会ってほしいと」

 み、ミサキ君無茶振りがすぎるよ。でもそういえばダブルデートしようとか話したこともあったよな。今思えば怖い。

「だから、ささやかだがお礼の品を用意した。受け取ってくれ」

 え?

 アーク様がキラキラした箱を僕に差し出した。何が入っているのかあけるのが怖い。

「ありがとうございます!!」

「もう一つ、君にお願いがあるんだが」

「な、何でしょうか?」

「シュウヘイが自由に君に会いたいと言っている。そこでここから21階の調理場に異動してもらえないだろうか。もちろん嫌なら断ってくれて構わない」

 こ、断れるわけない。
 僕は首がちぎれそうなほどの勢いで頷いた。

 仕事が終わって、僕はキラキラした宝箱を抱えるようにマントの下にかくして家へと急いだ。まだ緊張していて心臓のドキドキが止まらない。

 王都に住みはじめて十年以上、王宮で働きはじめてから三年。まさか僕みたいな下っ端の魔法使いが、王子様に声をかけてもらえるなんて夢にも思わなかった。しかも、21階の職場。それはもしかして

「プライベートエリアァ……」

 三年前に一度認定式で入ったっきり、二度と入ることがないと思っていたあの神聖すぎるエリアに、再び入れるなんて。どうしよう家族になんて言っていいか分からない。うかつに話したら明日には親戚がすごく増えているかも。

「ジョシュ!」

 興奮しすぎて呼ばれている事に気づかなかった。腕を取られて振り向くと、元彼が立ってた。

「うわ、びっくりした。何?」

 二日前に大げんかして別れて以来だ。けっこう言いたいこと言い合って傷つけあったから気まずい。でもちょっと元気なさそうだな。もしかして、もう一度やり直したいって思ってくれたのかも。エッチは激しくて、終わったらすぐに寝てしまうし、準備にも後始末にも付き合ってくれた事なかったけど、意外と打たれ弱くて甘ったれで可愛いところもあるんだよな。

「お前のところに王子様が来たって本当か?」

 やり直すって話じゃなかった。

「本当だよ」
「まさか、俺が婚約者の方を王宮に入れずに笑い者にしたから怒ってたんじゃないよな?」
「違うよ」
「ジョシュ、お前婚約者と友達だったんだろ? なんとか上手く言っておいてくれよ。知らなかったんだって。頼む! 王子様の婚約者に失礼を働いたら、投獄か下手したら国外追放だ。お前だって俺がそうなったら嫌だろ⁉」

 そう言って頭を下げる元彼に言いたい事はいろいろあったけど、気持ちを切り替えて笑ってみせる。

「……分かった。うまく伝えておくよ。だから心配しないで」
「ありがとう! ありがとうな、ジョシュ。お前と付き合えて良かったよ」

 安心した表情で去っていく元彼。
 実はケンカになった原因もこれ。僕はミサキ君を助けたけど、彼は邪魔をした方だからずっと自分のことばかり心配していて嫌気がさしたんだ。ミサキ君や王子様のことが心配じゃないのかって。そうすると、なんで恋人の俺のことを心配しないんだ、偉い人間がどうなろうと下っ端には関係ないと言われて。
……彼の心配をしない僕って冷たいのかな。
 でも、偽物婚約者のクーデターで大変だったんだから、偉い人たちはきっと警備兵の失言なんて気にも止めないと思ったんだよな。
 ミサキ君は根に持つような性格じゃないし、僕の恋人を罰するような人じゃないって何度言っても信じてもらえなかったし。価値観が違うっていうのかな。なんだか噛み合わないなら、もう別れようってなったんだ。

 軽くため息をついて、家まで馬車に乗る。今日は宝箱を持っているから乗り合い馬車に乗るのはやめた。一年近く付き合ったのに、終わりがこれだとちょっと悲しいな。うまくいっている時は本当に楽しかったのに。

「え?」

 家の近くで馬車を降り、路地裏を曲がったらうちの玄関の前に人だかりができていた。

近所の人に囲まれる母ちゃんと父ちゃんとおじさん。人だかりは僕の姿を見て一斉に歓声を上げた。

「ジョシュ! おかえりなさい」
「母ちゃん、どうしたのこれ?」
「来たわよ! 飛行部隊の方が! うちに!」
「え?」
「とにかく入って、今日はご馳走よ」

 近所の人たちに騒がれながら家に入ると、ちょっとしたお祝いの日のようにご馳走がテーブルに盛り付けられていた。こんなにご馳走が並べられているのは、僕が魔法使いになった時と、王宮で働けるようになった時以来だ。
 僕の家族は全員食べるの大好きだけど、いつもご馳走が食べられるほど裕福でもない。僕が王宮で働いていても、得られる名誉ほど給料は増えないのが実情だ。
 おまけに母ちゃんは身寄りのない子供たちの先生をしているし、父ちゃんとおじさんは売れないお店を経営しているからお金はどんどん消えて無くなる。

「美味しそう~! でもこのご馳走のお金どうしたの?」
「飛行部隊の方が来られて、たくさんのお金や魔法石を置いていったんだよ!」
「うわ……」
「話も聞いたよ。王宮の21階の職場に誘われたんだって?」
「うん。実は今日職場に王子様が来られて、これももらったんだ」

 王子様の名前を出すだけで全員から歓声が上がる。マントの下から宝箱を出すと、さらにみんなの目が輝いた。

「すごい出世じゃないの!」
「何が貰えたんだ⁉︎」

 宝箱の中身は魔法使いの手袋と、魔法石の埋め込まれたアクセサリーだった。見ただけで分かる。有名な職人の作ったすごく高価な物だ。

「やば……何これ」
「ジョシュ、あんた何やったのよ。すごいじゃないの」
「実はさ、王宮で友達になった子が、王子様の婚約者だったんだ」

 そういうと、全員の目が点になった。

***

「あー、美味しかった」

 家族みんなでご馳走を食べ、母ちゃんが食器を片付け、父ちゃんは明日の仕込みを始めた。
 テーブルの上を綺麗にしようとしたら、おじさんに「今日の主役なんだから」と止められる。美味しいジュースをもらって二人で追加の乾杯をした。

 僕の両親は父ちゃんと母ちゃんだけど、二人は昔からのただの友達同士で、どうしても子供の欲しかった母ちゃんが父ちゃんに頼み込んで僕が出来たらしい。実際には父ちゃんの恋人はおじさんで、おじさんも子供好きだから、僕はおじさんにも実の息子みたいに可愛がってもらってる。
 父ちゃんと母ちゃんより僕はおじさんに恋の相談をすることが多くて、恋愛相談をするたびにおじさんには呆れられてる。僕があまりに恋人をころころ変えるから。

「ジョシュ、本当は職場を変わるのに抵抗はないのかい?」

 おじさんが質問してきたので、ジュースを飲みながら少し考えた。

「うーん……レストランも楽しかったし、急な話でびっくりはしたけど」

「王子様の命令だから断れないというわけじゃないんだね」

「うん。21階だから今の職場より気軽に帰れなくなると思うし、責任も増えそうだけど嫌じゃないよ。ミサキ君……王太子妃様のことも好きだしね」

「そうか。ジョシュが決めた事なら反対はしないよ」
「反対も何も、もらったお金すでに使ってるよね」
「そうだね。あははは」

 父ちゃん母ちゃんもそうだけど、おじさんもけっこう悩まないタイプだ。欲望にも忠実で、三人揃って明るくて気前もいい。だから僕も本能に従って生きる性格になった。

「ミサキ君は……変わった人で、すごい田舎から出てきたのかなって思うくらい王宮の常識みたいなものがなくて、初めて会った時はびっくりしたんだ」

 そう、ミサキ君と初めて会った時、彼はよく利用する石像の飛竜の尻尾の上で、飛行する兵士たちを楽しそうに眺めてた。何がそんなに楽しいんだろうって思った事を覚えてる。

「王宮で働く人達って、部署や仕事内容や階級でマウントの取り合いがすごいんだよね。少しでも自分より下だとすぐに偉そうにしてきたり、上司自慢が始まったり」

「王宮も大変なんだな」

「うん。ミサキ君はそういうのが全然なくて、ハイスペックな彼氏と付き合ってる割には照れ屋だし、素直に僕みたいな下級魔法使いの話を聞いてくれるし、とにかくすごく純粋な人だなって思ったんだ。喋ってると楽しいし。下ネタばっかり話してたけど」

「ジョシュが仲良くなるんだから、悪い人じゃないと思ってたけど、王子様も見る目あるじゃないか」

「王子様、見る目あるよ。それにミサキ君の事が本当に好きなんだと思う。僕一度間近で二人が抱き合う所見ちゃって鼻血でたもん」

「いいねえ。若いって。それに身分を超えた恋か……」

「おじさんだって、父ちゃんとはずっと仲良しでしょ?」

「そうだね。君と君のお母さんがいるからこそうまくいってるのかも」

 僕は当事者じゃないから、そういうものなのかはよく分からないけど、実際にうちの家族はみんな仲良しだった。僕の知らないところでいろんな事があったのかもしれないけど。

「いいなぁ。僕も運命的な恋人が欲しいよ」
「あれ? 彼氏いなかったかい?」
「二日前に別れた」

 そう言うとおじさんはなんとも言えない顔をした。

「ミサキ君と王子様みたいな……そんな恋がしたいな。いや、僕には無理かも。二人の恋は命がけなんだ。大変そうだから、僕も少しでも近くにいて、ミサキ君の力になれたらいいなって思うんだ」

 そういうと、おじさんは僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「ジョシュはいい子だなぁ。だからジョシュにもすぐにいい男が現れるさ」
「おじさんみたいな?」
「そうそう」
「そっかぁ」

 僕はジュースだったけど、おじさんはお酒を追加して、そのうち酔っ払って寝てしまった。父ちゃんがやれやれといった様子でおじさんの様子を見にくる。
 父ちゃんも母ちゃんもおじさんも、当たり前だけど歳をとったなって思う。昔はみんな徹夜で飲み明かしてたもんな。
 僕は次の恋人こそ家族に紹介しようと決意を新たにした。

***

「ここが新しい職場……」

 翌日、僕は上司にくっついて、新しい職場に足を踏み入れていた。
 王族のプライベートエリアで働く人達は王宮の別の棟に職場が存在していて、その棟には21階に直通で行ける魔法陣が存在しているらしい。
 この棟には今まで一度も入った事なかったけど、通行許可カードをもらって簡易チェックを受けた後に新しい職場に到着する。

「すごいなー……」

 プライベートエリアで働く侍女や侍従や護衛兵、飛竜のトレーナー達が忙しなく出入りしている。ここで働いている人達が全員エリートだと思うと興奮する。

 王族の食事を作る部署では、これまであった王様、王妃様、王子様専用の料理人チームとは別にこのたび王太子妃様用のチームが作られたという事だった。
僕が紹介されたのはそのチームの料理長と副料理長、あと料理人達。僕を入れて全部で5人だ。

「新しくこちらで働くことになったジョシュ君」
「よろしくお願いします」

 ペコリと頭を下げると、料理人達は気難しそうにこちらを見た。

「彼は王太子妃様のご友人だ」

 上司の一言でみんなの見る目が変わる。それでもここで一番立場やスキルの低い僕は雑用からスタートだ。やるべき事を教えてもらいながら一息ついていると、体格のいい男がぬっと横に立った。確か副料理長だったよな。料理人というより格闘家みたいだ。まだ若いのに、苦労を重ねてきましたというような顔をしてる。

「……教えてくれ」
「え?」

 ボソボソ話すので聞き取れなくて聞き返すと、彼は少し声のボリュームを上げた。

「ミサキ様の友人なら、好きな味を知っているだろう。故郷の料理や好きな物を教えてくれないか」

 僕は背の高い彼を見た。警備兵だった元彼と同じくらい体格がいいのに、清潔感があって手先が器用そうだ。料理人の制服がすごく似合ってる。僕はにっこり笑った。

「いいですよ。お休みの日に部屋に行ってもいいですか?」





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