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ep.0 目覚め前(アルバート視点)
3酒場
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聖騎士第七部隊の隊長に報告書を渡した後、アルバートはナラミテの酒場に向かった。
報告書を手渡した時、アルバートも駐屯地に漂う緊迫した空気に気づいた。ロジェが言ったように、何か重要なことが起きたのだろう。もしくはこれから起きるのかもしれない。それが何なのかわからないが、おそらくは神子に関わることだ。
隊長からまだ何も正式な話がないので、不安に思いながらも駐屯地を後にする。
酒場はナラミテの街でも聖騎士がよく利用するためか、治安が良く賑わっていた。三階まである建物で、一階と二階は一般の客が、三階には聖騎士や貴族が使用する個室がある。噂では、店主にお金を積めば美男美女を侍らせてくれるという話だ。権力やお金にまみれた関係が苦手なアルバートは利用しようと思ったこともない。
酒場の窓からはナラミテの街の茶色い外壁と、路地裏を忙しなく歩く人々が見える。さびれた辺境を視察したあとのアルバートにはほっとする賑やかさだった。
ロジェは二階の窓際の席で待っていた。アルバートを見て軽く手を上げる。木のテーブルにはすでにお酒や料理が並んでいた。
正直なところ、アルバートはロジェとそれほど親しくしているつもりはなかったのだが、この先輩はアルバートが聖騎士になって初めての任務に成功した時も、こうして酒場に誘ってくれたことを思い出した。
「悪い。先に飲んでた」
「待たせて悪かった」
「今月はナラミテ特産の高い酒には全部予約が入っているそうだ。だから普通の酒でいいか?」
「俺は酒に弱いから味なんて気にしない」
「ヘニング家はみんな酒豪じゃないのか?」
エルトリアではお酒を飲むのに年齢制限は設けられていない。名門貴族なら十六で大人の仲間入りとなるので、そこで飲み始める者が多い。酒といってもほとんど水と変わらないようなものから、毒や薬にもなり得るようなものまで味も効能も様々だ。
神子さまの結界が弱くなり、国土が狭まっているので作物の収穫量も落ちている。酒も料理もまともなものは値上がりし、代わりに正体の分からないゲテモノ料理が郊外では広まりつつあった。
「俺は妾の子だから、美味い酒なんて分けてもらえなかった。腐ったような味の酒を好きになれるはずがない」
「悪かった。そんなに拗ねるなよ。ほら、乾杯だ。ここの酒はけっこう飲めるぜ」
ロジェが言うように、ナラミテの酒場の酒はきちんと酒の味がした。先輩の顔を立てて、小さな銀の盃で乾杯する。
「アルバートの任務は?」
「灯台に聖水を届けた。あとは村の調査だな」
「狭くなってたろ」
「ああ。半年前より暗いし、村の人間はみんな避難していた。ロジェ先輩は?」
「俺は国境の調査だ。魔物の出現数が以前とは段違いで焦ったよ。毒の雨にも降られそうになって、慌てて撤退した」
「毒の雨……」
アルバートは言葉を失った。噂には聞いていたが、魔法の闇の奥深くでないと発生しないはずの毒の雨が、国境でも目撃されるようになったということか。
「駐屯地でもみんなピリピリしていた。ロジェ先輩の嫌な噂のせいなのか?」
ロジェは周囲を見まわして声を顰めた。
「他言無用だぞ。隣国サデの神子さまが、お隠れになったらしい」
今度こそアルバートは声を飲み込んだ。お隠れになる、というのはつまり亡くなったという事だ。神子の死は、国の滅亡を意味する。次の神子が誕生するまで、サデの国民が生きながらえることが出来るのかどうかも怪しい。
「そんな……馬鹿な」
「俺も耳を疑った。だが、嘘だとは思えない。一年近く前から国境では魔物の数が増えていた。避難してくる隣国の民はほとんど魔物に襲われて重傷だ。神官たちが受け入れているが、数が多すぎる。おそらくエルトリア以外の国にも避難民が押しかけているだろう。避難民の話では、一年前から急に夜が長くなり、天災がつづくようになったそうだ。さらに半年ほど前からは街中にも魔物が出現するようになったと」
「神子さまの結界の効果がなくなったのか……」
それはゾッとする話だった。アルバートが生まれてから一度も近隣の国々の神子が亡くなったという話を聞いたことがない。
アルバートはエルトリアの神子は亡くなっていると思っていたが、脆くても結界が存在するということは、やはり眠っているだけなのか。それともこれからサデのように滅亡に向かうのか。
「エルトリアの国王や王族もこの状況に危機感を抱いている。そこで何度も話し合いが行われ、この国の神子さまを結婚させることにしたそうだ。まだ正式な発表はないが、決定事項らしい」
「えっ?」
隣国の窮地に想いを馳せていたアルバートは、思いがけない言葉に目を見開いた。
「結婚?」
「そうだ。笑うなよ。大真面目な話だからな。前例もある。二百五十年ほど前に疫病が流行った時、眠れる神子さまに結婚相手をあてがったらしい。すると、それからすぐに疫病は収束したと歴史書にある」
「誰も生きていた者はいないだろ。本当かどうかも分からない」
「それでも皆、国のために必死なのさ。このまま何もせずサデのように魔物だらけになったら、聖騎士や兵士だけじゃとても守りきれない。それでなくても結界が弱まってるんだ。だから、神子さまに結婚してもらって少しでも現状が好転するほうに賭けるという話だ」
「つまり結婚相手は生贄みたいなものか」
「そうだ。そしてここが重要なんだが、神子さまの結婚相手は常に聖騎士の中から選ばれる。俺の予測では、候補に上がるのは名門貴族の出身でまだ伴侶のいない若い男、それも跡継ぎではない者だ」
アルバートは飲んでいた酒を吹きそうになった。
報告書を手渡した時、アルバートも駐屯地に漂う緊迫した空気に気づいた。ロジェが言ったように、何か重要なことが起きたのだろう。もしくはこれから起きるのかもしれない。それが何なのかわからないが、おそらくは神子に関わることだ。
隊長からまだ何も正式な話がないので、不安に思いながらも駐屯地を後にする。
酒場はナラミテの街でも聖騎士がよく利用するためか、治安が良く賑わっていた。三階まである建物で、一階と二階は一般の客が、三階には聖騎士や貴族が使用する個室がある。噂では、店主にお金を積めば美男美女を侍らせてくれるという話だ。権力やお金にまみれた関係が苦手なアルバートは利用しようと思ったこともない。
酒場の窓からはナラミテの街の茶色い外壁と、路地裏を忙しなく歩く人々が見える。さびれた辺境を視察したあとのアルバートにはほっとする賑やかさだった。
ロジェは二階の窓際の席で待っていた。アルバートを見て軽く手を上げる。木のテーブルにはすでにお酒や料理が並んでいた。
正直なところ、アルバートはロジェとそれほど親しくしているつもりはなかったのだが、この先輩はアルバートが聖騎士になって初めての任務に成功した時も、こうして酒場に誘ってくれたことを思い出した。
「悪い。先に飲んでた」
「待たせて悪かった」
「今月はナラミテ特産の高い酒には全部予約が入っているそうだ。だから普通の酒でいいか?」
「俺は酒に弱いから味なんて気にしない」
「ヘニング家はみんな酒豪じゃないのか?」
エルトリアではお酒を飲むのに年齢制限は設けられていない。名門貴族なら十六で大人の仲間入りとなるので、そこで飲み始める者が多い。酒といってもほとんど水と変わらないようなものから、毒や薬にもなり得るようなものまで味も効能も様々だ。
神子さまの結界が弱くなり、国土が狭まっているので作物の収穫量も落ちている。酒も料理もまともなものは値上がりし、代わりに正体の分からないゲテモノ料理が郊外では広まりつつあった。
「俺は妾の子だから、美味い酒なんて分けてもらえなかった。腐ったような味の酒を好きになれるはずがない」
「悪かった。そんなに拗ねるなよ。ほら、乾杯だ。ここの酒はけっこう飲めるぜ」
ロジェが言うように、ナラミテの酒場の酒はきちんと酒の味がした。先輩の顔を立てて、小さな銀の盃で乾杯する。
「アルバートの任務は?」
「灯台に聖水を届けた。あとは村の調査だな」
「狭くなってたろ」
「ああ。半年前より暗いし、村の人間はみんな避難していた。ロジェ先輩は?」
「俺は国境の調査だ。魔物の出現数が以前とは段違いで焦ったよ。毒の雨にも降られそうになって、慌てて撤退した」
「毒の雨……」
アルバートは言葉を失った。噂には聞いていたが、魔法の闇の奥深くでないと発生しないはずの毒の雨が、国境でも目撃されるようになったということか。
「駐屯地でもみんなピリピリしていた。ロジェ先輩の嫌な噂のせいなのか?」
ロジェは周囲を見まわして声を顰めた。
「他言無用だぞ。隣国サデの神子さまが、お隠れになったらしい」
今度こそアルバートは声を飲み込んだ。お隠れになる、というのはつまり亡くなったという事だ。神子の死は、国の滅亡を意味する。次の神子が誕生するまで、サデの国民が生きながらえることが出来るのかどうかも怪しい。
「そんな……馬鹿な」
「俺も耳を疑った。だが、嘘だとは思えない。一年近く前から国境では魔物の数が増えていた。避難してくる隣国の民はほとんど魔物に襲われて重傷だ。神官たちが受け入れているが、数が多すぎる。おそらくエルトリア以外の国にも避難民が押しかけているだろう。避難民の話では、一年前から急に夜が長くなり、天災がつづくようになったそうだ。さらに半年ほど前からは街中にも魔物が出現するようになったと」
「神子さまの結界の効果がなくなったのか……」
それはゾッとする話だった。アルバートが生まれてから一度も近隣の国々の神子が亡くなったという話を聞いたことがない。
アルバートはエルトリアの神子は亡くなっていると思っていたが、脆くても結界が存在するということは、やはり眠っているだけなのか。それともこれからサデのように滅亡に向かうのか。
「エルトリアの国王や王族もこの状況に危機感を抱いている。そこで何度も話し合いが行われ、この国の神子さまを結婚させることにしたそうだ。まだ正式な発表はないが、決定事項らしい」
「えっ?」
隣国の窮地に想いを馳せていたアルバートは、思いがけない言葉に目を見開いた。
「結婚?」
「そうだ。笑うなよ。大真面目な話だからな。前例もある。二百五十年ほど前に疫病が流行った時、眠れる神子さまに結婚相手をあてがったらしい。すると、それからすぐに疫病は収束したと歴史書にある」
「誰も生きていた者はいないだろ。本当かどうかも分からない」
「それでも皆、国のために必死なのさ。このまま何もせずサデのように魔物だらけになったら、聖騎士や兵士だけじゃとても守りきれない。それでなくても結界が弱まってるんだ。だから、神子さまに結婚してもらって少しでも現状が好転するほうに賭けるという話だ」
「つまり結婚相手は生贄みたいなものか」
「そうだ。そしてここが重要なんだが、神子さまの結婚相手は常に聖騎士の中から選ばれる。俺の予測では、候補に上がるのは名門貴族の出身でまだ伴侶のいない若い男、それも跡継ぎではない者だ」
アルバートは飲んでいた酒を吹きそうになった。
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