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・第11島へ
祖父の手紙
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その日は、小雨が降っていた。
夕暮れには、まだ早い時間にも関わらず、黒い雨雲に覆われ、あたりは薄暗くなっていた。
「お祖父様。僕はどうしたらいいんですか……」
墓の前に佇んでいた黒髪の少年セリムは、花を手向けようと右手に持っていた。
墓石にはシリル・コルマールと印されている。
シリル・コルマールは、コルマール家の前当主であり、前将軍。
王国男子憧れである剣聖のスキルを有しており、聖人君子として人気もあった。
祖父シリルが亡くなったのは先月のことで、国葬はせず、家族のみで葬儀をしたそうだ。
セリムは、卒業式の日に新聞でこの件を知り、王都の学校から飛んで帰ってきた。
着替える間も惜しくて、制服のままここまで来てしまったくらいだ。
風が強く吹き、セリムの耳あたりで切り揃えた髪を揺らした。
ちょうど顔にかかった髪を耳に掛けると、後方から声がした。
「おい」
呼びかけに振り返ると、記憶より老けた父である男と、弟であろう少年が傘をさして立っていた。
「来るだろうと思っていたぞ」
弟であろう、というのも、セリムは5歳のときの事件より後、弟と会ったのは初めてだったので、顔をよく覚えていなかったのだ。
「ご無沙汰しております」
「久しいな。5年ぶりか」
セリムは、花を持っていた右腕は背中に回し、左手を胸の前に当てると、目上の者に対する礼をした。
「父上の墓に参ってくれたのか。当主として礼を言おう」
「いえ、僕にとっても祖父ですから」
セリム・コルマール。シリルの孫であり、将軍や聖剣スキル持ちを排出するコルマール家の長男である。
祖父シリルは、弱き者、そして国のことを憂う人格者であった。
だが、目の前の父である男は強きことを何よりとし、自身の剣聖のスキルに誇りを持つ男だった。
そして、それは他人に対しても、そうであった。
「お前をコルマール家の人間とは認めていない。特に、戦闘に使えないようなスキルを持って生まれてくるような恥さらしは」
父は苦虫を噛み潰したような表情をして、吐き捨てるように言った。
しかし、セリムが表情を変えることはない。
そんなことは今更言われなくても、とうの昔――5歳の時から知っていることだ。
この国では5歳の誕生日に、国教であるディーべ教の神父が生まれ持った才能――スキルを教えてくれる。
コルマール侯爵家の誰もが、家を継ぐ長男は剣聖であると確信していたが、そうではなかった。
これが、5歳のセリムに起こった事件である。
「そんな出来損ないのお前でも、我が侯爵家に役立てることがある」
父である男は、ニヤリと笑った。
「侯爵家当主として、お前に第11管理島の開拓を命じる」
「いや、僕はアカデミーに……」
セリムは王立学校を卒業後、上級の学問を学ぶため、アカデミーに進学予定だった。
「これは、お前の大好きなじーさんの意向だ」
父である男は手に持っていた封筒を掲げると、雨でぬかるみかけた地面に投げ捨て、踵を返し、侯爵家本邸へ戻っていった。
この男はこういう男だった。
祖父に、セリムに、自分の意のままにならない相手に敵意を向ける。弱いものに対して、意のままに操ろうとする。
そんな父が、子供の頃はただひたすら怖かった。だが、今では、そうでもなく、怒りを覚えるようになった。
父であるこの男は、セリムの尊敬する祖父の息子のくせに、全く似ていない。
投げ捨てられた手紙を拾おうと手をのばすと、手紙のそばにあった足の方から声をかけられた。
「はじめまして、兄さん」
この弟である少年は剣聖スキルを持っており、次期侯爵家当主である。
父について帰ったとばかり思っていたので、まだこの場にいることに、戸惑いを覚えた。
「ああ、ひ……」
セリムが返事をしようとした瞬間だった。
弟は、俯いていたときは、悲しそうな雰囲気を漂わせていたが、上目遣いでニヤリと笑い、地面に落ちた手紙を踏みつけた。
「そして、さようなら」
父である男と同じ表情をした弟は、踵を返すと、セリムの視界から消えていったのだった。
******
『セリムへ
この手紙がおまえの手元に来る頃には、私はもうこの世にはいないだろう。
おまえには、私のすべてがある第11島を任せたい。
この手紙を別紙の地図の場所に持っていけば、かの島に行けるようになっている』
墓所から歩いて15分ほどの領地別邸にある自分の部屋にたどり着くと、着替えもそこそこに、汚れてしまった手紙を窓際に干した。
乾かしながら、その文面を確かめると、たしかに祖父の几帳面な筆跡で書かれている。父が言っていたように、セリムに島を託したいとの内容であった。
セリムは本棚の下段にある大判の地図を取り出して、侯爵領の島があるペリエ内海を眺めた。
侯爵家の持っている島は10島で、すべて名前がついている。
11島――しかも名前もなく、地図には載っていない。
新しい島なのか。しかし新しい島だとすると祖父のすべてがあるというのは、どういうことなのか。
この手紙の封は開けられていた。セリム宛てのこの手紙を、父は勝手に開けて読んだのであろう。
その上で、この島の開拓をセリムに命じたのだ。
もしかしたら、セリムに祖父の遺産を探させて、横取りする気かもしれない。
「お祖父様のすべてがある島……か」
セリムはベッドに寝転がると、うつらうつらとし始めた。何せ、祖父の訃報を目にしてから、休む間もなく王都から領地まで馬車を乗り継いでやってきたのだ。
付け加えて、さきほどの親子のやり取りも、疲労感を強めていた。
「お祖父様のすべてとは、何だろうか……」
セリムは、そうつぶやくと、疲労には勝てず、吸い込まれるように眠りに落ちていった。
夕暮れには、まだ早い時間にも関わらず、黒い雨雲に覆われ、あたりは薄暗くなっていた。
「お祖父様。僕はどうしたらいいんですか……」
墓の前に佇んでいた黒髪の少年セリムは、花を手向けようと右手に持っていた。
墓石にはシリル・コルマールと印されている。
シリル・コルマールは、コルマール家の前当主であり、前将軍。
王国男子憧れである剣聖のスキルを有しており、聖人君子として人気もあった。
祖父シリルが亡くなったのは先月のことで、国葬はせず、家族のみで葬儀をしたそうだ。
セリムは、卒業式の日に新聞でこの件を知り、王都の学校から飛んで帰ってきた。
着替える間も惜しくて、制服のままここまで来てしまったくらいだ。
風が強く吹き、セリムの耳あたりで切り揃えた髪を揺らした。
ちょうど顔にかかった髪を耳に掛けると、後方から声がした。
「おい」
呼びかけに振り返ると、記憶より老けた父である男と、弟であろう少年が傘をさして立っていた。
「来るだろうと思っていたぞ」
弟であろう、というのも、セリムは5歳のときの事件より後、弟と会ったのは初めてだったので、顔をよく覚えていなかったのだ。
「ご無沙汰しております」
「久しいな。5年ぶりか」
セリムは、花を持っていた右腕は背中に回し、左手を胸の前に当てると、目上の者に対する礼をした。
「父上の墓に参ってくれたのか。当主として礼を言おう」
「いえ、僕にとっても祖父ですから」
セリム・コルマール。シリルの孫であり、将軍や聖剣スキル持ちを排出するコルマール家の長男である。
祖父シリルは、弱き者、そして国のことを憂う人格者であった。
だが、目の前の父である男は強きことを何よりとし、自身の剣聖のスキルに誇りを持つ男だった。
そして、それは他人に対しても、そうであった。
「お前をコルマール家の人間とは認めていない。特に、戦闘に使えないようなスキルを持って生まれてくるような恥さらしは」
父は苦虫を噛み潰したような表情をして、吐き捨てるように言った。
しかし、セリムが表情を変えることはない。
そんなことは今更言われなくても、とうの昔――5歳の時から知っていることだ。
この国では5歳の誕生日に、国教であるディーべ教の神父が生まれ持った才能――スキルを教えてくれる。
コルマール侯爵家の誰もが、家を継ぐ長男は剣聖であると確信していたが、そうではなかった。
これが、5歳のセリムに起こった事件である。
「そんな出来損ないのお前でも、我が侯爵家に役立てることがある」
父である男は、ニヤリと笑った。
「侯爵家当主として、お前に第11管理島の開拓を命じる」
「いや、僕はアカデミーに……」
セリムは王立学校を卒業後、上級の学問を学ぶため、アカデミーに進学予定だった。
「これは、お前の大好きなじーさんの意向だ」
父である男は手に持っていた封筒を掲げると、雨でぬかるみかけた地面に投げ捨て、踵を返し、侯爵家本邸へ戻っていった。
この男はこういう男だった。
祖父に、セリムに、自分の意のままにならない相手に敵意を向ける。弱いものに対して、意のままに操ろうとする。
そんな父が、子供の頃はただひたすら怖かった。だが、今では、そうでもなく、怒りを覚えるようになった。
父であるこの男は、セリムの尊敬する祖父の息子のくせに、全く似ていない。
投げ捨てられた手紙を拾おうと手をのばすと、手紙のそばにあった足の方から声をかけられた。
「はじめまして、兄さん」
この弟である少年は剣聖スキルを持っており、次期侯爵家当主である。
父について帰ったとばかり思っていたので、まだこの場にいることに、戸惑いを覚えた。
「ああ、ひ……」
セリムが返事をしようとした瞬間だった。
弟は、俯いていたときは、悲しそうな雰囲気を漂わせていたが、上目遣いでニヤリと笑い、地面に落ちた手紙を踏みつけた。
「そして、さようなら」
父である男と同じ表情をした弟は、踵を返すと、セリムの視界から消えていったのだった。
******
『セリムへ
この手紙がおまえの手元に来る頃には、私はもうこの世にはいないだろう。
おまえには、私のすべてがある第11島を任せたい。
この手紙を別紙の地図の場所に持っていけば、かの島に行けるようになっている』
墓所から歩いて15分ほどの領地別邸にある自分の部屋にたどり着くと、着替えもそこそこに、汚れてしまった手紙を窓際に干した。
乾かしながら、その文面を確かめると、たしかに祖父の几帳面な筆跡で書かれている。父が言っていたように、セリムに島を託したいとの内容であった。
セリムは本棚の下段にある大判の地図を取り出して、侯爵領の島があるペリエ内海を眺めた。
侯爵家の持っている島は10島で、すべて名前がついている。
11島――しかも名前もなく、地図には載っていない。
新しい島なのか。しかし新しい島だとすると祖父のすべてがあるというのは、どういうことなのか。
この手紙の封は開けられていた。セリム宛てのこの手紙を、父は勝手に開けて読んだのであろう。
その上で、この島の開拓をセリムに命じたのだ。
もしかしたら、セリムに祖父の遺産を探させて、横取りする気かもしれない。
「お祖父様のすべてがある島……か」
セリムはベッドに寝転がると、うつらうつらとし始めた。何せ、祖父の訃報を目にしてから、休む間もなく王都から領地まで馬車を乗り継いでやってきたのだ。
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