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・第11島へ
ワイルドボア
しおりを挟むセリムがぼんやりしているところに、突然、ノエルが肩を組んできたのだ。
「なに」
「セリム、何か音がしないか」
ノエルが右手の人差し指を唇に当てるジェスチャーをしながら、ささやいた。
「焚き火の音じゃないの」
「よく耳を澄ましてみろ」
言われた通り、セリムは耳を澄ますと、確かにガサゴソと葉っぱが掠れる音がした。
周りの木の葉を見ても揺れていない。風もない。
セリムは、右手で剣を握った。
ガサガサという音は、次第に大きくなってくる。シュー、という鼻息のような音も聞こえてきた。
「ノエル、僕が洞穴から出たら、奥に入って。僕が戻るまで、決して出てきたらだめだよ」
「わかった」
ノエルの返事を確認すると、セリムは洞穴から出て、音のする方に目を向けた。
すると、目を向けた瞬間に、木の茂みからワイルドボアが現れたのだ。
目の前のワイルドボアは、ずっとシューシューと声をあげている。
シュー、というのは、ワイルドボアが興奮しているときに発する声だ。
鋭い牙と、体の大きさから、オスである。あの牙にひとつきされたら、たまらない。
セリムは目を逸らすことなく、ワイルドボアと対峙した。
どの動物でも心臓は急所である。セリムは、牙と首の付け根の位置から、心臓の位置を推測した。
そして、先手必勝とばかりに、ワイルドボアに対して突進し、正面から心臓を剣で貫いた。
振り返ると動かなくなったワイルドボアが横たわっており、セリムはそれを確認すると、一気に汗が噴き出してきた。
ノエルを守るために、無我夢中だったが、祖父に言われて毎日こなしていた訓練のおかげで、腕がなまっていなくてよかった。セリムはまた祖父に感謝した。
「いつ見ても、お前の剣はスゲーな」
声が聞こえたので、洞穴のほうに顔を向けると、頭だけ洞穴から出したノエルと目があった。
いつもノエルはセリムの剣技を褒めてくれるが、セリムからしたら、剣聖のスキルを持った祖父や父と比べれば、こんな軽い剣しか扱えない自分を認めることができなかった。
きっと、本物を見れば、ノエルもセリムを褒めることなどなくなるだろう。
「僕が戻るまで出てくるなっていたのに」
ノエルは、ワイルドボアが動かなくなったのを遠くから確認すると、洞穴から出てきた。
「あの声、やっぱりボアたったか」
そして、目をカッと開くと、横たわっているワイルドボアを覗き込んだ。
――鑑定してるな。眼球が高速で動いている。
「……ん?」
「何?」
ノエルは倒れているワイルドボアを、自分の顎を触りながら、しげしげと眺めている。
「いや、パッと見、ワイルドボアなんだけど、よーく見たらワイルドボアじゃねぇな、これ」
「じゃあ、何なの」
「いやまあ、ボアだろうけど、変種だな。多分。牙がえらい長いし、耳の形が違う。この牙は普通のワイルドボアより、殺傷能力が高そうだな」
『鑑定眼』の持ち主が言うのであるから、間違いないだろう。
「じゃあ、ミエル兄さん、欲しがるだろうね」
「あー、図鑑に載せたいだろうな」
ブールブレ家の五男ミエルは、出版社に勤めている。
図鑑や辞典を覚えて能力を発揮する『鑑定眼』の持ち主が、その元になる図鑑を作っているのである。
「まぁ、運ぶ手段がないから無理なんだけど」
「……だな」
なんせ、次の船は10日後である。それまで、このままの姿で置いておけば、腐ってしまう。
「じゃあ、捌いちゃおうか」
「おおー!久しぶりのセリムのボア肉だな!」
――お祖父様、お祖父様のおかげで、ワイルドボアの変種を撃退し、肉にありつけました。
やはり、祖父の教えてくれたことは無駄がなかったと、改めて感じたセリムだった。
その日の思わぬ収穫に、ふたりはボアの肉を堪能した。
セリムの作った塩だけで味付けし、焼くだけの野性的な調理ではあったが、ノエルはしきりにおいしいと絶賛した。
しかし、このワイルドボアの襲撃は、後々セリムを悩ますことになった。
ボアは集団で生活する。一頭きりではないはずだ。
念の為に、毎日洞穴を変えているが、ワイルドボアはいつ襲ってくるかわからない。
セリムは不安から、ガサガサという音に敏感になり、音がするたびに洞穴から剣を持って飛び出すようになった。
今日もセリムは洞穴の壁にもたれて、剣を傍らに置いている。
自分だけならどうにかなるが、今はノエルがいる。
ノエルは、セリムが巻き込んでしまった被害者である。なんとしても守らねばならない。
つまり、セリムの眠れない日々が始まったのである。
しかし、それが何日も続くと、次第にセリムの顔には疲労が色濃くみえるようになった。
「セリム、今日は俺が見張りやるわ」
珍しくノエルは真面目な顔をしていた。これは本気である。
「ノエルの腕じゃ無理だよ」
これはきちんと訓練を受けているセリムだからできることである。
セリムよりは背が高く、ガッチリしているノエルだが、こう見えて文系。
学園時代の剣技の授業はいまいちだったはずだ。
「そりゃそうだけどよ、お前、顔酷いことになってるぜ」
「……」
鏡がないので表情を自分で確認することはできないが、セリムはその自覚はあった。
頭の芯がぼうっとする感覚もある。
だが、戦場では、何日も寝ずに戦わねばならないこともあると、お祖父様は言っていた。
やってやれないことはない。
それにしても、この程度で体調を崩してしまうとは、やはり戦闘スキルを所持しないと使い物にならないというのは、こういうところだ。
「物音がしたら、すぐに起こすから、な?」
セリムの落ち込みを、体調不良と勘違いしたのか、ノエルが更に畳み掛けるように説得してきた。
「本当にすぐに起こしてよ」
「ああ、まかせろ」
セリムはノエルの返事を聞くと、目を閉じたのだった。
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