Rain

ゆか

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私は真っ白な部屋で目を覚ました。

独特の薬品の匂いと機械の音。

体は重く全く動く気配はない。頻りに視線を巡らせ見えるのは点滴から伸びる管と白いパーテーション。

自分が治療を受けているのだと直ぐに気がついた。そして何故、と記憶を探るが何も出てこない。

事故にでもあったのか。
分からない。
ここに来る直前何をしていたのか。
分からない。
何故分からない?
記憶が混濁してる?
違う。
何処にいた?
何をしていた?
最後の記憶は?

分からない。
分からない。



分からない? 違う。
無い。
何も無い。
どれだけ頭の中を探しても何も無い。
真っ白く塗りつぶされたように何も無い。

自分の名前は?
出身、住んでる町、生年月日……

「あ、あ……」

口から漏れる音も知らない音。

ギシギシと軋む体、管の繋がっていない方の腕を持ち上げると、細い指と何も塗っていない爪。
知らない手だった。


キーンと遠いどこかで耳鳴りがした。心臓の鼓動に反応する様に目の前の世界が明滅し、鼓動する度に視界の端が黒くなり狭まる。耳鳴りは次第に近くなり耳の脇で大きな音を立てる様だった。

僅かに残った視界には、慌てる医師らしき人たちの姿が見えたが音はぼやけるようで何を言っているのか分からなかった。




真っ黒に塗りつぶされた視界が再び開けた時、直ぐに医師らに囲まれ診察を受けた。

私は事故にあって怪我を負ったらしかった。一度に話す事は負担になるから少しづつ知っていけばいいと言われ、病院で数日を過ごした。

気分転換に外の空気を吸いましょうと、看護師から車椅子で病室の外へ連れ出された。
風を感じるのが久しぶりで、木や土の匂いに生を感じほっとした反面、自分の今後についてひどい不安を覚えた自分はどうなってしまうのか恐ろしくて仕方がなかった。

その日、身元引受人との面会が行われた。
記憶のない私の身元引受人とは何か。持ち物から探し当てたのだろうかと、ぼんやりと考えた。

赤みの強いブラウンの髪とアンバーの瞳の、全く知らない男はラニアス・アンダーソンと名乗った。
全く記憶にない男が、私は今後彼の屋敷で療養することになると言う。

記憶が無いと聞いていたようで、私の手を取り言った。

「君の名はレイニー・ブラウン。私の婚約者だよ」

男は優しく微笑みながら大きな手を私に差し出す。


「れいに、ぶらうん……婚、約者?」



彼は私をレイニー・ブラウンだと言いう。医師から聞かされていた名だが、記憶にはない。そして婚約者だとも言った。その事実を確認する術を私は持っていないし頼る者もいない。
そのまま信じて良いとは思わなかったが、名を知っても婚約者だと聞いても何も感じない自分に、この先に対して恐ろしい程の不安が押し寄せてしまい私は思わず差し伸べられた手を取ってしまった。









私の婚約者だと名乗るラニアス・アンダーソンの屋敷は、街から少し離れた場所にあった。
門を通ってから邸宅までは随分な距離があり、車の窓ガラスに張られたカーテンの隙間からは静かな森しか見えなかった。

記憶が無くとも所有している黒塗りの車と専用の運転手、そして広大な土地からかなりの権力者か富豪、またはその血筋であると分かる。

そんな人が私の婚約者? 有り得ない。

だって私は……

私は、なに?


ズキズキと頭が痛み、両手の指でグッとコメカミを押さえると、すぐ隣に座っていた男が私の肩を抱いて慰める様に肩を撫でた。



「着いたよ」

車の速度はゆっくりと落ち。静かに停車した。

「アンダーソンさん……少し、待ってください。気持ち悪くて」

車酔いなのか、どこか胃のあたりがムカムカして、今動いたら醜態を晒してしまいそうだった。


「ラニアス」

「……え?」

「ラニアスだよ」

「でも」

私には彼の記憶が無い。


「ラニーでもいい」

私に対して本当に優しい目を向ける人を、拒絶は出来なかった。


「ラニアス、さん」




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