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何度も櫛を通され艶の出たブラウンの髪、不健康そうな青白い顔、その中に浮かぶブラウンの瞳も、全く見覚えが無い。
ラニアスは私に世話をする使用人を付け不自由の無い生活をおくらせてくれている。
私の記憶喪失は逆行性。事故より前の物を何一つ覚えていない。
それでも不思議な事に物の名前や地名、一般的な常識は覚えている。
何故記憶の無い私がレイニー・ブラウンだと分かったのかと言うと、身につけていたショルダーバッグの中に手帳が入っていたからだと言う。
私が事故にあったのは西部へ向かう汽車の中だった。5日続いた長雨で地盤が緩んでいた所、山が崩れたのだ。新聞でも連日報道され、死者も多く出た。
私は何日も意識が戻らず、身につけていたショルダーバッグには切符と財布、身分証、手帳が入っていた。そして手帳に唯一あったラニアスの連絡先に病院側が連絡し、保護を受けることとなった。
もし他に荷物があっても恐らくまだ土砂の中だろうと聞いたけれど、広範囲にわたる土砂崩れ、外に流れていたら見つからないだろうとも聞かされた。
そしてここに来て一月程、相変わらず私の記憶は戻ることが無い。
ラニアスの話では私は両親を早くに亡くし奨学生として大学を出てから、その大学の研究室で助手をしていたらしい。ラニアスはそこに寄付をしていて、私とはそこで知りあったと言う。
私はその研究室を、事故に遭う3日前に辞めている。理由は分からないとラニアスは言った。
奨学生で研究生、きっと苦労しただろうが記憶にはない。そして苦労して手に入れたであろう研究員の座を手放した。考えても記憶の片隅にも引っかからないが、記憶が無いせいか今の私はそれすら気にならない。
そして先日、事故当時所持していた手帳を見せてもらった。ラニアスはまだ私を刺激したくないと言ったけれどもどうしても見たいとお願いし見せてもらった。
小さな皮のカバーがされた手帳には、乾いた泥の跡。まだ新しいがその何枚かは千切られていて、カバーと背表紙の間にラニアスの連絡先が挟まっていた。
ラニアス言わく私の両親は幼い頃に亡くなり兄妹もいないと言う。
私をレイニー・ブラウンだと証明する唯一のものは名前と出生地を記載した薄い紙の身分証だけ。ラニアスだけが私をレイニーだと言う不安定な足場がとても恐ろしいく感じた。
「レイ、支度は済んだかな?」
開けられたままの扉をコンコンと叩きくのは婚約者のラニアスだった。
「ラニアス、お仕事はいいの?」
「勿論だ。あ、誤解しないで? サボったわけじゃない」
「ふふっ、そんなこと言ってないですよ」
「そ? 今日も綺麗だよ」
「ありがとうございます。ラニアスも素敵です」
ラニアスは私の元まで歩いてくると態とらしいリップ音を響かせながら髪に口付けを落とした。
「ラニー」
「え?」
「そろそろ愛称で呼んで欲しい。勿論、レイが嫌でなければだけど」
何時ものように優しく微笑みを浮かべてはいるけれど彼の目は真剣だった。
「……ラニー」
彼の目が大きく開かれ、先程までとは違いその目には喜びが浮かぶ。ふわりと逞しい腕が私を包み、愛おしそおに、甘えるような声で囁いた。
「レイ、君を愛してる」
私はその言葉に返す言葉を持ってはいない。だから言葉の代わりに控え目にラニーの背中に腕を回した。
真新しい服や未使用の化粧品、私を婚約者だと言うラニーの言葉が嘘だと分かっていても、今はこの温かい心に凭れていたかった。
ラニアスは私に世話をする使用人を付け不自由の無い生活をおくらせてくれている。
私の記憶喪失は逆行性。事故より前の物を何一つ覚えていない。
それでも不思議な事に物の名前や地名、一般的な常識は覚えている。
何故記憶の無い私がレイニー・ブラウンだと分かったのかと言うと、身につけていたショルダーバッグの中に手帳が入っていたからだと言う。
私が事故にあったのは西部へ向かう汽車の中だった。5日続いた長雨で地盤が緩んでいた所、山が崩れたのだ。新聞でも連日報道され、死者も多く出た。
私は何日も意識が戻らず、身につけていたショルダーバッグには切符と財布、身分証、手帳が入っていた。そして手帳に唯一あったラニアスの連絡先に病院側が連絡し、保護を受けることとなった。
もし他に荷物があっても恐らくまだ土砂の中だろうと聞いたけれど、広範囲にわたる土砂崩れ、外に流れていたら見つからないだろうとも聞かされた。
そしてここに来て一月程、相変わらず私の記憶は戻ることが無い。
ラニアスの話では私は両親を早くに亡くし奨学生として大学を出てから、その大学の研究室で助手をしていたらしい。ラニアスはそこに寄付をしていて、私とはそこで知りあったと言う。
私はその研究室を、事故に遭う3日前に辞めている。理由は分からないとラニアスは言った。
奨学生で研究生、きっと苦労しただろうが記憶にはない。そして苦労して手に入れたであろう研究員の座を手放した。考えても記憶の片隅にも引っかからないが、記憶が無いせいか今の私はそれすら気にならない。
そして先日、事故当時所持していた手帳を見せてもらった。ラニアスはまだ私を刺激したくないと言ったけれどもどうしても見たいとお願いし見せてもらった。
小さな皮のカバーがされた手帳には、乾いた泥の跡。まだ新しいがその何枚かは千切られていて、カバーと背表紙の間にラニアスの連絡先が挟まっていた。
ラニアス言わく私の両親は幼い頃に亡くなり兄妹もいないと言う。
私をレイニー・ブラウンだと証明する唯一のものは名前と出生地を記載した薄い紙の身分証だけ。ラニアスだけが私をレイニーだと言う不安定な足場がとても恐ろしいく感じた。
「レイ、支度は済んだかな?」
開けられたままの扉をコンコンと叩きくのは婚約者のラニアスだった。
「ラニアス、お仕事はいいの?」
「勿論だ。あ、誤解しないで? サボったわけじゃない」
「ふふっ、そんなこと言ってないですよ」
「そ? 今日も綺麗だよ」
「ありがとうございます。ラニアスも素敵です」
ラニアスは私の元まで歩いてくると態とらしいリップ音を響かせながら髪に口付けを落とした。
「ラニー」
「え?」
「そろそろ愛称で呼んで欲しい。勿論、レイが嫌でなければだけど」
何時ものように優しく微笑みを浮かべてはいるけれど彼の目は真剣だった。
「……ラニー」
彼の目が大きく開かれ、先程までとは違いその目には喜びが浮かぶ。ふわりと逞しい腕が私を包み、愛おしそおに、甘えるような声で囁いた。
「レイ、君を愛してる」
私はその言葉に返す言葉を持ってはいない。だから言葉の代わりに控え目にラニーの背中に腕を回した。
真新しい服や未使用の化粧品、私を婚約者だと言うラニーの言葉が嘘だと分かっていても、今はこの温かい心に凭れていたかった。
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