Rain

ゆか

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ラニーは記憶の無い私を懸命にサポートしてくれる。とは言っても私は私に関する事柄や交友関係をすっかり無くしただけで一般的な事はある程度覚えているので生きる事に不自由さは差程感じていない。
ただ時折私の中の何かが違和感を感じるのは、記憶を失う前の生活と今がかけ離れているからなのだと思う。

「さ、レイ」

こんな風に、差し出される手を自然に取れるようになったのは最近だ。

「ありがとうございます」

そっと手を取り車から降りるとラニーの手にグッと力が篭もる。物語の中ではそっと手を添えるだけのような気がしたけれど違うのかどうか、分からない。

訪れたのはラニーが手がけている事業の一つでもあるドレスメーカー。大きな建物に金の文字の看板、入口に立つ警備員のような男の人。普段使う服屋とは違う高級感漂う店だった。ここで私の婚礼の衣装などを仕立てるのだと言う。


「貸し切っているからね、レイは何も気にしないでゆっくり選んで」

店を見上げて動かない私にラニーはそっと囁く。
気にしているのはそこではなく自分には敷居が高過ぎるという事だけどラニーには分からないようだった。

「ラニー、本当にここで?」

「気に入らなかった?なら別の店に」
「違うの、そうじゃなくて、私みたいなのがこんな素敵なお店でって」
「レイ、自分をこんなだなんて言ってはいけない。背を伸ばして、堂々としなさい」
「……え、ええ」

いつになく真剣な顔で叱られ、思わず返事をした。するとラニーはすぐに笑顔になり私の髪にキスをする。
恥ずかしい気持ちが顔に出てしまい、かぁーと顔が熱くなる。そんな私を見てさらにラニーは楽しそうに笑った。


広く明るい豪華な装飾の店内では何人もの女性従業員が並んで出迎えてくれ、奥の部屋へと案内される。
いつの間にかラニーは離れ、私はあっという間に衝立の向こうで裸に剥かれ、と言っても何とか下着は残してもらい身体中のサイズを図られることとなった。

「まぁまぁ、随分と華奢でいらっしゃいますねえ」

青いリボンを胸に着けたこの女性はここの店主だ。何人もの人が次々に挨拶をしてきたのでファーストネームしか覚えられなかったが確かマルタと言った。歳の頃は30代半ばほどの上品な女性。

「お式まではまだありますからおサイズが変わるようでしたらお申し付け下さい」
「あの、これでも増えた方で」

ラニーの屋敷でお世話になってからはとても健康的な生活を送っている。食事は勿論、勉強している合間に体も動かしましょうと、日に一度は必ず広い庭を散歩している。
これでも少しの筋肉と脂肪はついたと思う。

「まぁまぁまぁっ! 愛ですわねぇ」
「え、いぇ、その」

やけに上機嫌なマルタは終始笑顔で、次々と布やレースを当ててゆく。何度も希望を聞かれたけれど、私にはさっぱり分からないのでマルタにアドバイスを貰いながらなるべくシンプルでスッキリした物でとお願いした。


「お式までには必ず間に合わせます。普段用のドレスは仕上がり次第御屋敷までお持ち致します」
「ああ、頼む。さ、行こうか」

5、6時間目は居ただろうか。ものすごく長い時間を過ごした気がし、終わる頃にはヘトヘトに疲れ切っていた。
店の従業員全員が綺麗に頭を下げる中を、ラニーに支えられながら歩きまた車へ乗り込む。これで衣装や普段着が仕上るまで採寸や合わせはないと願いたい。
オーダーで服を作るのがここまで労力が必要だとは思わなかったけれど、なかなか出来ない体験をしたと思う。

「可能な限り毎回必ず付き添うからね」
「……毎、回?」

書かき間違いだろうか? とラニーを見上げる。

「レイ?」
「いえ、毎回って」
「もし違う店がいいようなら」
「いえっ! とても素敵なお店でした。そうではなくて毎回って」
「婚礼の衣装は今後仕上がりまでに何度か調整が必要だからね。勿論普段使いの買い物も」
「……」
 
服は量販店の既製品のものでいい。自分の中でそんな意見が浮かぶ。
記憶を失う前の私はきっとあまり衣装に頓着する質では無かったに違いない。
そんなことを考える自分はよほど面白い顔をしていたのだろう。ラニーはククッと笑った。

「大丈夫。レイの好きな簡素な服も頼んであるから」
「……そう、ですか」

ラニーの言葉に、記憶が無くてもあっても服の好みは変わらないのだろうかと何だかホッとした。

「私がレイに服を贈りたかったんだ。婚礼の衣装も装飾品も、レイを包む全て私が用意したかった」

ラニーは私の肩を抱き寄せ、自然に抱きしめる。
婚約者といえ、少し、いえかなり触れ合いが多い気がするけれど、ラニーは必要な事だと言う。最初こそ戸惑ったけれど、今では私も受け入れ、ラニーの温かさに安堵してしまう。


「ねえラニー、記憶のない私と、本当に結婚するの?」



心がラニーを受け入れ始めた。だからこそ、今の私はラニーの負担になっているのだと感じてしまう。


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