Rain

ゆか

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ラニーは朝夕と食事は共にとり、執務以外の時間を私の為に使ってくれる。夕食後は部屋まで送り一緒にお茶をしてから部屋へ戻る。

無理に距離を詰めようとしたり関係を迫ることも無い。スキンシップはあるけれど、そういった意味での触れ合いは無い。私はそんなラニーに好感を持っていて、ここ最近は頬にキスを贈り合うようになった。

最近では記憶を失う以前の関係が、私の気持ちがどんな物だったのか知りたいと思っている。私はラニーの優しさや紳士的な行動をとても好ましく感じていて、きっと同じように惹かれたのだろうと思う。



そしてドレスも仕上がり、式まで後20日となっていた。




この日ラニーと訪れたのは私が勤めていたという研究室の所長の元だった。記憶を失ってからお会いするまでに随分と時間が経ってしまったけれど、教授の研究が大詰めで纏まった時間を取ることが難しかったらしい。





品のいい応接室はやはり見覚えは無い。目の前の男性に促されラニーと共にソファに腰を下ろした。




「私はヨハン・ブルック、君の元上司でこの研究室の主だ」

「……レイニー・ブラウンです。お忙しい中お時間を取っていただきありがとうございます」

「君の話は聞いているよ。大変だったね」


用意された紅茶を勧められひと口だけ口に含んだ。

50代半ば程だろうか、しっかりとした体格、白髪混じりのグレーの髪に優しそうな青い瞳、真っ白な白衣ではなく紺色のスーツを着ていた。


「私はここでどんな事をしていたのでしょうか」


ここを去った私にとこまで話してくれるのかは分からなかった。それでも私は私を知りたい。


「君は私の私の研究の補佐をしていた。新薬の研究を、新薬を複数のラットに投与して変化を記録していた。勤務態度は真面目でね、こちらが心配する程だった。だがある日君は急にここを去ると言った。私は止めたが君は譲らなかった。既に退寮の手続きも済ませ、後は私が受けるだけだった」

「私は何故辞めたのですか?」


ヨハンは静かに首を振った。


「ただ、ここへは二度と戻らないと」

「そう、ですが」


この研究室でトラブルでもあったのだろうか。


「私は誰かとトラブルが?」

「君はあまり人との付き合いが好きではなかったから……力になれずすまない」

「……いえ」


いくら上司と言ってもプライベートな事まで知っているとは限らない、仕方のないことなのかもしれない。


ツキリ、とまたこコメカミが痛んだ。


「そうだ、君の今までの手当は銀行に振り込んでおいたからね。今後君が携わった研究で成果で利益があった場合も同じようにして置く」

「ありがとうございます」


ただの補佐が利益を受けるような仕事をしていた?

聞こうにも、視界の端で教授が指を何度か組み直すのを見て何故か聞けなかった。






下まで送るという申し出を断り、応接室の扉の前でブルック教授に挨拶をした。



「今日はありがとうございました」


「何かあったら何時でも訪ねてくるといい」


ぺこりと頭を下げ、来た時と同じようにラニーのエスコートでその場を後にする。









帰りの車の中でもラニーは私から離れることはなく、ピッタリと寄り添った。


ツキリツキリと痛みの波が早くなり、あまりの痛さにぎゅっと目を瞑り下を向いた。



「レイ、顔色が悪い」

「少し頭が痛くて」

「無理をしたのがいけなかったんだね。帰ったら休もう」

「……はい」


窓の外には薄暗く、雲が下がっているのが見える。運転席側の窓は換気のために僅かに空いていて、そこから雨が降る前の独特な匂いが入り込んで来た。

ポツリ、ポツリとフロントガラスに雨粒が落ち、運転手が開いていた窓を閉める。


頭痛は気圧の変化が原因か、以前もこんな頭痛あった……


ああ、これは記憶が戻る前触れだ。




屋敷に戻った私は直ぐに薬を飲み横になった。

ベッドの脇ではラニーが心配そうに私の手を握る。


「大丈夫、きっと気圧が低くなっていたからなのね。薬も飲んだし、すぐに治まるわ」

「そうか……」

「ねぇ、ラニーはブルック教授の研究に出資していたのでしょ? 私とは研究室で知り合ったの?」

「ああ。君はいつも研究室にいて、遅い時間まで頑張っていた。ブルック氏に会う約束をしていたが、あの日は急な仕事が幾つか入ってしまってね。到着した頃には日が暮れていた」


いくつもの事業を手がけるラニーは、小さいながらも製薬会社を持っている。出資者自ら訪れるという事は、それだけその薬が出資者のラニーにとって重要なんだろう。


「研究室を訪ね直ぐに部屋を移し、どれだけ話したか話し終えた時には時計は夜11時を回っていた。私が帰る頃もまだ研究室には明かりが灯っていて、残っていた君はまだ作業を続けていて、外から窓を見上げると君と目が合ったんだ」


そうラニーは笑った。








窓の外ではザァーと雨が降り始め、何処かぼんやりとしながらラニーの言葉に耳を傾ける。

以前聞いた話と今の話。そして記憶の中の事実と擦り合わせる。



気がつけばあれ程痛かった頭痛は無くなっていた。


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