Rain

ゆか

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ハンスさんはやはり農業をしていたけれど、随分前に息子さん夫婦に全てを譲られて隠居の身であるらしい。近所に住む昔馴染みのエリーさんを何かと気にしてお孫さん共々よくお手伝いしてくれている。

あの日荷馬車を出してくれていたのはハンスさんのお孫さんのヘイリーさんだった。そしてエリーさんの家で羊の煮込みを作ってくれていたのがハンスさんだった。


あの日、何故エリーさんが駅に居たのか。それは私が姿を消したと聞いた教授がエリーさんへ連絡を入れたからだ。

この街も電話線は通ってはいるが、高価なそれを持っている人はほとんど居らず、唯一設置されている役場を経由して知らせが来て、役場勤めのご近所さんがエリーさんを役場まで連れてゆき教授に連絡をさせてくれたと言う。

いつ乗ったのか、本当にティンバーへ向かったのかは分からない。けれど、突発的に姿を消した私が行く先は限られている。もしかしたら行くかもしれないから保護して欲しいと。



寝具や生活雑貨まで分けてくれ、会ったこともない私のために、何人もの人が動き助けてくれた。

ここでの生活はとても穏やかで、気がつけばあの日からひと月が経っていた。

ここに来た最初の5日はエリーさんの家の客間を借りたが、それからは使って居いない空き家があるからと、エリーさんの家の隣りにある空き家を借りて生活している。





「こんにちはエリーさん、ブラウンさん」

「まぁヘイリーくん、いらっしゃい」


木製のフェンスを肩でキィッと鳴らしながら、大きな籠を両手で持ったヘイリーさんが庭へと入ってきた。


「手が痺れたぁ」


籠をドンと芝の上に置き、両手をふるふると振る。籠の中身は食材で、燻製肉の塊やチーズ、小麦粉やミルク瓶などが入っていた。


「頼まれていた食材と、あといい肉貰ったのでお裾分けです」

「まさか歩いて持ってきたの?」

「家の車荷馬車、父が使ってて」

「急ぎじゃなかったから後でも良かったのに、でもありがとう。助かるわ」


エリーさんが少し申し訳なさそうに礼を言うと、ヘイリーさんはちらりと私の方を見て直ぐに視線をエリーさんに戻した。


「えっと、この時間なら、僕もお茶をご相伴に預かれるかなっと、下心もあったり、して」

「……! ああ、そうねぇ。じゃあレイちゃん、申し訳ないのだけどヘイリーくんと一緒にキッチンへ運んでくれる? その間にもうひとつ椅子を用意しておくわ」

「わかりました。ヘイリーさん、今度は私が持ちますから勝手口の扉を開けてくれますか?」

「いや、僕が運ぶから、ブラウンさんが開けてくれる?」

「いいんですか?」

「ここまで持って来たんだ。キッチンまで運べるよ」

「そうですか、じゃあお願いします」


ヘイリーさんが再び荷物の入った籠を持ち上げるのを見て、エリーさんがふふっと笑った。










「テーブルの上にお願いします」


私が勝手口の扉を開きヘイリーさんが籠を置くと、重そうな音を立ててテーブルが揺れた。

「ああ、暑っつい」

そう言ってシャツの胸元を掴みパタパタと空気を入れる。ヘイリーさんの自宅とここは、ご近所と言っても農家なので家と家は距離がある。普通に歩いても5分以上はかかるが、この重そうな荷物を持って歩くのは中々の重労働ではないだろうか。

「あとは私がやりますから、戻って頂いて大丈夫ですよ」

「手伝うよ」

「いいんですか?」

服の裾で汗を拭うと、籠の中のミルク瓶と肉の包を持ち上げ冷蔵庫へと入れてくれた。

私は半地下の貯蔵庫の扉を開け小分けにされた小麦を二包み抱え階段を降りた。


ハンスさんヘイリーさんはエリーさんの元へよく訪れる。 ハンスさんはエリーさんと昔からの友人らしくほぼ毎日訪れるし、ヘイリーさんも三日と開けずに訪れる。

ヘイリーさんは私より二つ下で、将来は家業を継ぐと言っていた。のに、こんなに頻繁に来て平気なのだろうか? と、多少の疑問はあるけれど、部外者の自分が口出すことでもないので聞いたことは無い。


「これここで良い?」

「! え、ええ。ありがとうございま、す」


すぐ耳元で聞こえた声に驚き顔を上げると、すぐそばにヘイリーさんの顔があった。

じっと見つめられ、その目に確かな熱があるのを見つけ、慌てて顔を逸らす。

「……ブラウンさん」

「こんなに沢山、とても重かったでしょ? 戻ってお茶にしましょう」

「あ、待っ」


引き止めようとするヘイリーさんの言葉を、聞こえないふりをして三段ほどの階段を駆け上がりキッチンへと戻る。籠の中身が空になっているのを確認し、なるべく明るい声で行きましょう、エリーさんが待っていますよ。と言って勝手口の脇に立つ。物言いたげなヘイリーさんが上がってくると手が届く距離に届く前にさっと屋外に出た。


異性から、ラニー以外からあんな目を向けられたことは無かった。だからこんな時はどうするのか正しいのか分からない。だから何も気が付かないふりをする。


テラスへ戻るとひとつ椅子が増えていて、ちょうどエリーさんが冷えたオレンジティーをグラスへ注いだところだった。

何食わぬ顔で席につき、たわいない会話をする。今日収穫したオレンジは、エリーさんがジャムにしてハンスさんの所にお裾分けする事になった。

ハンスさんも何も無かったように皆と笑い合う。確かに何も無かったが、そんな彼を見て、私はここに居てはいけないと、思ってしまう。


「こんにちは、ブルックさん。電報ですよ」

そう声をかけ、庭へ回ってきたのは地元の郵便局員だった。



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