Rain

ゆか

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エリーさんは差し出された封筒をあけて中を確認する。

「まあまあ、誰かしら? ……まあっ! 大変、どうしましょう。ヨハンが」


ヨハンと聞き、ドキリとした。教授からの電報。電話がまだほとんど普及していないこの地域では、急ぎの連絡によく使われるものだが、その半数が朗報、又は訃報だ。


「ヨハンからなのだけれど」


「エリーさん、教授に何が」


皆がエリーさんの言葉を待つ。シンと静まり返る中、もう一度紙に視線を落とし、大きくため息を付いた。


「明日の昼に来るってあるの。どうしましょう、ヨハンの好きなエッグタルト、あとアップルパイも焼かないと。ああ、お土産にオレンジのジャムを用意してあげないと。レイちゃん、手伝ってくれる?」


「え……は、はい」


それからは慌ただしかった。

この町の出身の成功者の教授は、町ではヨハン先生と呼ばれていた。話を聞き付けたご近所さん方が、たくさんのものを持ち寄りもてなしの準備に取り掛かる。まるでお祭りでも始まる様な賑やかさだった。

エリーさんの手伝いをしながらお客様の対応もし、頭がぐるぐるするような忙しさを体験、その日はどうやって部屋に戻ったのか、倒れ込むようにベッドに突っ伏した。


ここで生活をすることが出来たのは教授とエリーさんのおかげだ。何も聞かずに、まるで家族の様に自然な関わりをくれた。

でもここにずっといる訳には行かない。何時かはラニーと話さなければならないのだから。

薬の開発は自己満足のためだった。それを作ることで、自分の過去が変わるわけじゃない。ただ、自分の様に大切な人を亡くす誰かが1人でも減ればいい。

「……違う。そんなに素晴らしい理由じゃない」

私は過去の自分を救いたかった。そして、自ら携わる事で、治療が如何に大変か、そしてあの頃はどうしようもなかったと、納得したかった。


一度考えてしまえば止まらない。

過去の忌まわしいものやら、そうでないもの。たくさんの記憶が溢れ出す。




彼が、私自身を見てくれてると本気で思った。

だから最初に疑惑があった時、心の片隅では本当に偶然かもと思った。彼は変わらず私に話しかけた。いけないと分かっていても強く拒絶出来なかったのは、あの男に恋情が残っていたからか。

振り払うように研究に没頭し、そんな時ラニーと出会った。直ぐに彼の兄だとわかった。アンダーソンという名はそれ程に大きかったし、教授からも聞いた。

定期的に教授に逢いに来ていた無口な彼と、気が付いたらコーヒーを飲む仲になり、少しづつ、惹かれていく自分に気が付いた。

そしてそんな時、彼から連絡が来て、考えて私は会うことにした。

構内のカフェで向かい合い、近況を聞かれた。私が教授と共同研究していることは知られていない。けれどラニーが出入りしている事で、何かがあるのは予想はついていたのだと思う。

探るような視線と言葉。気付かないふりをしてはぐらかす。欲しいのは教授の情報か私の情報か。テーブルの脇のバッグには壊れかけのキーホルダーにかかった私的に借りている小さな研究室の鍵。ミルクが足りないとカウンター取りに行く。

この後はどうするのか尋ねられ、生活雑貨を買いに街に出るのだと答えれば、久しぶりにあえて良かったよと席を立った。では私もと、同じように席を立ち、そのまま別れた。


全部過去。


分かってる。だけど、もし私が権利を持っていなければ?

ラニーが見ていたのは、本当に私なの?



じんわりと、目頭が熱くなる。


怖い。怖くてたまらない。

私を見て欲しい。









体は酷く疲労しているのに、頭は冴えてしまっていた。過去の記憶がぐるぐると巡り胸を締め付けた。

ずっと起きていたのか、それとも浅くでも微睡んだのか、気がつけば朝日が登り始めていた。







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