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12(ヤン)
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あの日のことは今でも覚えている。
目を閉じれば浮かび上がる、輝くような美しい庭、たおやかな貴婦人達の笑い声。香りの良い紅茶と色とりどりの菓子たち。
華やかな場所とは違い、私の心は沈んでいた。
あの頃は商会で仕事が伸びず行き詰まっていた頃だ。
粗方有力者への挨拶を終えふと目についた。
招待されたクラウム家のガーデンパーティで、ぽつりと席につく小さな女の子。私のアカデミー時代の友人の娘アルレイシアだ。
他にも子供はいたが、年下の子達は走り回り、同年代の子らは身分の高い子息の周りに群がっていたりと、彼女だけが行儀よく座っていた。
あの頃アルレイシアは十二歳。同じ年頃の女の子の様に子息達の所には行かないのだろうかと思った。
何となく見ていただけだが、ふとアルレイシアの視線の運び方が気になった。
まるで周りの目を気にしているかのようにチラチラと確認しているのだ。
少し離れている私には気が付かないようで、ついついどうするのかが気になってしまった。
するとアルレイシアはそっとソーサーの縁にあった角砂糖を摘み、ぱくりと口に含んだのだ。
もぐりと頬が動き、溶けてしまったのか彼女は満足そうに顔を綻ばせた。
「美味しい?」
「!!」
声をかけるとアルレイシアは小さな肩をビクリと震わせまん丸に見開いた瞳で私を見た。
すぐ隣の席に腰を下ろし身を固くするアルレイシアにシーッと人差し指を口元に当てる。
「ほら。これで向こうからは君は見えないよ」
「・・・・・・秘密にしてくださるの?おじ様」
「勿論さ」
まだ心配なのか、頻りに視線を泳がせるアルレイシア。
私はシュガーポットから一粒取り目の前で口に入れて見せた。
「その代わり私の事も秘密だよ?」
そう言って見せれば、頬を僅かに染めながら可愛らしく微笑んだ。
「お母様から淑女はそんな事はしませんって怒られてしまったの」
「うん、まあそうだね。普通の淑女は角砂糖をポリポリは食べないね」
「まあおじ様、私ポリポリなんてしないわ!・・・舌と上顎に挟んでじんわり溶かすの。ふわわって甘いのが広がって幸せな気持ちになるのよ」
「好きなんだね」
「ええ。でもなかなか食べられないのよ」
「貴族だと誰かしらの目があるからね」
アルレイシアほしょんぼりと肩を落とし俯いてしまったが、すぐにパッと顔を上げた。
「おじ様の商会でも取り扱っているのでしょう?食べても怒られないお砂糖は無いのですか?」
「食べても、怒られない、、、?」
砂糖菓子ならいくつかある。だがこの様子では砂糖菓子ではなく砂糖が好きなのだろう。
じんわり溶けてふわりと広がる甘み、か。
「・・・・いいよ。用意してあげよう」
「!!?本当に!?本当よ!?出来れば可愛いので!!」
「ああ、わかったよ。約束だ」
「ありがとうおじ様!」
アルレイシアはキラキラと瞳を輝かせ弾ける天使の笑顔を見せてくれた。
アルレイシアとの秘密のやり取りが、その後の商会を大きく変えたのだ。
「アルレイシア、久しぶりだね」
2ヶ月後、再び訪れたクラウム邸。
久しぶりに会ったアルレイシアは頬をぷっくりと膨らませ抗議した。
「遅いです!」
「はははは、これは申し訳ありませんお嬢様。こちらは我が商会の新作です。お納めください」
仰々しく綺麗にリボンのかけられた箱を差し出せば、すぐ様侍女が手を伸ばす。
手を伸ばそうとしたアルレイシアは、侍女の咳払いにあっと頬を赤くした。
貴族の娘は下の者から差し出された物を自分では受け取らない。
「おじ様は私のお願いを聞いてくれたのよ?そんな風には扱いたくないわ。喋り方もいつも通りがいい」
「これは嬉しい、ではいつも通りと言うことで。さ、開けてごらん?」
侍女から箱を受け取り開けると、可愛らしい花の柄の小瓶。その中にはひとつづつ紙で捻った四角い包み。
「・・・・・キャンディー、ですか?」
小首を傾げるアルレイシア、侍女がお茶の支度を終え後ろに下がるのを見て、私はそっと教えた。
「これなら怒られないのでは?」
「・・・・あっ!」
気がついたアルレイシアはひとつを手に取りそっと包みを開けた。
「か、かわいい!」
ぱっと表情が明るくなるアルレイシアの姿に、私の心はなんだかとても満たされたのです。
角砂糖に同じ砂糖で色をつけデコレーションしたもの。アルレイシアが手に取ったのはマーガレットがデザインされた物だ。
「これは砂糖ではなくキャンディーだ。シュガーキャンディー」
「・・・ふふふっ、本当だわ。キャンディーね」
どう見ても角砂糖を包んだだけの物だがアルレイシアは楽しそうに笑ってくれた。
「可愛いのがいいと言っていたからね。デザインを入れてみた。もっとたくさん種類を作るから楽しみにしておいで?」
「ええ!楽しみにしてるわ!」
そう言うと口に含み『ん~!』と満足そうに歓喜した。
これを切っ掛けに、今まであったティーシュガーを富裕層向けにデザインを入れてみた。
アルレイシアが望むような物は元々はあるが、普通の茶会には出ることは無い。
砂糖は一般的には高級品、だからこそシンプルな物が多いが、比較的一般向けのものを加工し付加価値をつけた。
「アルレイシア、食べ過ぎは良くないからね?一日にひとつまでだよ?」
「ええ!約束します!」
アルレイシアとの楽しい時間はひと月からふた月に一度、『キャンディー』を差し入れ、小さなレディは私にお茶を入れてくれるようになった。
アルレイシアと話していると、不思議と商売のアイデアも浮かんできた。
「ヤン、最近よく娘に会っているみたいだな」
友人に問われ、その真意を探った。
アルレイシアはもう15歳、父親として心配なのだろう。
「・・・娘ももうすぐ社交界デビューだ」
「わかっていますよサイラス」
「会うなと言っている訳では無い」
「ええ」
アルレイシアとの楽しい時間は終わりはすぐそこまで来ていた。
会う間隔を少しづつ開けた。アルレイシアもわかっていたのだろう、何も言わずにいつものように私に笑顔を向けてくれていた。
そしていよいよ社交界デビューする頃、私は最後にアルレイシアに会いに行った。
「おじ様、私………婚約が決まったの」
少しだけ寂しそうな表情で、そう私に告げた。
目を閉じれば浮かび上がる、輝くような美しい庭、たおやかな貴婦人達の笑い声。香りの良い紅茶と色とりどりの菓子たち。
華やかな場所とは違い、私の心は沈んでいた。
あの頃は商会で仕事が伸びず行き詰まっていた頃だ。
粗方有力者への挨拶を終えふと目についた。
招待されたクラウム家のガーデンパーティで、ぽつりと席につく小さな女の子。私のアカデミー時代の友人の娘アルレイシアだ。
他にも子供はいたが、年下の子達は走り回り、同年代の子らは身分の高い子息の周りに群がっていたりと、彼女だけが行儀よく座っていた。
あの頃アルレイシアは十二歳。同じ年頃の女の子の様に子息達の所には行かないのだろうかと思った。
何となく見ていただけだが、ふとアルレイシアの視線の運び方が気になった。
まるで周りの目を気にしているかのようにチラチラと確認しているのだ。
少し離れている私には気が付かないようで、ついついどうするのかが気になってしまった。
するとアルレイシアはそっとソーサーの縁にあった角砂糖を摘み、ぱくりと口に含んだのだ。
もぐりと頬が動き、溶けてしまったのか彼女は満足そうに顔を綻ばせた。
「美味しい?」
「!!」
声をかけるとアルレイシアは小さな肩をビクリと震わせまん丸に見開いた瞳で私を見た。
すぐ隣の席に腰を下ろし身を固くするアルレイシアにシーッと人差し指を口元に当てる。
「ほら。これで向こうからは君は見えないよ」
「・・・・・・秘密にしてくださるの?おじ様」
「勿論さ」
まだ心配なのか、頻りに視線を泳がせるアルレイシア。
私はシュガーポットから一粒取り目の前で口に入れて見せた。
「その代わり私の事も秘密だよ?」
そう言って見せれば、頬を僅かに染めながら可愛らしく微笑んだ。
「お母様から淑女はそんな事はしませんって怒られてしまったの」
「うん、まあそうだね。普通の淑女は角砂糖をポリポリは食べないね」
「まあおじ様、私ポリポリなんてしないわ!・・・舌と上顎に挟んでじんわり溶かすの。ふわわって甘いのが広がって幸せな気持ちになるのよ」
「好きなんだね」
「ええ。でもなかなか食べられないのよ」
「貴族だと誰かしらの目があるからね」
アルレイシアほしょんぼりと肩を落とし俯いてしまったが、すぐにパッと顔を上げた。
「おじ様の商会でも取り扱っているのでしょう?食べても怒られないお砂糖は無いのですか?」
「食べても、怒られない、、、?」
砂糖菓子ならいくつかある。だがこの様子では砂糖菓子ではなく砂糖が好きなのだろう。
じんわり溶けてふわりと広がる甘み、か。
「・・・・いいよ。用意してあげよう」
「!!?本当に!?本当よ!?出来れば可愛いので!!」
「ああ、わかったよ。約束だ」
「ありがとうおじ様!」
アルレイシアはキラキラと瞳を輝かせ弾ける天使の笑顔を見せてくれた。
アルレイシアとの秘密のやり取りが、その後の商会を大きく変えたのだ。
「アルレイシア、久しぶりだね」
2ヶ月後、再び訪れたクラウム邸。
久しぶりに会ったアルレイシアは頬をぷっくりと膨らませ抗議した。
「遅いです!」
「はははは、これは申し訳ありませんお嬢様。こちらは我が商会の新作です。お納めください」
仰々しく綺麗にリボンのかけられた箱を差し出せば、すぐ様侍女が手を伸ばす。
手を伸ばそうとしたアルレイシアは、侍女の咳払いにあっと頬を赤くした。
貴族の娘は下の者から差し出された物を自分では受け取らない。
「おじ様は私のお願いを聞いてくれたのよ?そんな風には扱いたくないわ。喋り方もいつも通りがいい」
「これは嬉しい、ではいつも通りと言うことで。さ、開けてごらん?」
侍女から箱を受け取り開けると、可愛らしい花の柄の小瓶。その中にはひとつづつ紙で捻った四角い包み。
「・・・・・キャンディー、ですか?」
小首を傾げるアルレイシア、侍女がお茶の支度を終え後ろに下がるのを見て、私はそっと教えた。
「これなら怒られないのでは?」
「・・・・あっ!」
気がついたアルレイシアはひとつを手に取りそっと包みを開けた。
「か、かわいい!」
ぱっと表情が明るくなるアルレイシアの姿に、私の心はなんだかとても満たされたのです。
角砂糖に同じ砂糖で色をつけデコレーションしたもの。アルレイシアが手に取ったのはマーガレットがデザインされた物だ。
「これは砂糖ではなくキャンディーだ。シュガーキャンディー」
「・・・ふふふっ、本当だわ。キャンディーね」
どう見ても角砂糖を包んだだけの物だがアルレイシアは楽しそうに笑ってくれた。
「可愛いのがいいと言っていたからね。デザインを入れてみた。もっとたくさん種類を作るから楽しみにしておいで?」
「ええ!楽しみにしてるわ!」
そう言うと口に含み『ん~!』と満足そうに歓喜した。
これを切っ掛けに、今まであったティーシュガーを富裕層向けにデザインを入れてみた。
アルレイシアが望むような物は元々はあるが、普通の茶会には出ることは無い。
砂糖は一般的には高級品、だからこそシンプルな物が多いが、比較的一般向けのものを加工し付加価値をつけた。
「アルレイシア、食べ過ぎは良くないからね?一日にひとつまでだよ?」
「ええ!約束します!」
アルレイシアとの楽しい時間はひと月からふた月に一度、『キャンディー』を差し入れ、小さなレディは私にお茶を入れてくれるようになった。
アルレイシアと話していると、不思議と商売のアイデアも浮かんできた。
「ヤン、最近よく娘に会っているみたいだな」
友人に問われ、その真意を探った。
アルレイシアはもう15歳、父親として心配なのだろう。
「・・・娘ももうすぐ社交界デビューだ」
「わかっていますよサイラス」
「会うなと言っている訳では無い」
「ええ」
アルレイシアとの楽しい時間は終わりはすぐそこまで来ていた。
会う間隔を少しづつ開けた。アルレイシアもわかっていたのだろう、何も言わずにいつものように私に笑顔を向けてくれていた。
そしていよいよ社交界デビューする頃、私は最後にアルレイシアに会いに行った。
「おじ様、私………婚約が決まったの」
少しだけ寂しそうな表情で、そう私に告げた。
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