溢れるほどの花を君に

ゆか

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エミリア達神子が祭壇に上がると歓声が上がった。祈りを捧げ、舞が始まると、透けるヴェールから覗くエミリアの姿にジュリアスと共に見下ろす国王や皇太子も息を飲む。


「これは、なんと美しいことか」

「まるで女神リフェルティスの再臨のようだ」


ジュリアスはその言葉を聞きながらじっとエミリアを見つめた。


薄いヴェールから透ける伏し目がちに愁いを帯びた眼差しは儚く美しい。だがこれはエミリアのほんの一部でしかない。神子であるエミリアは確かに美しいが、ジュリアスにとってそれはエミリアの表面の一部に過ぎない。


(美しい、か。確かにリアは綺麗だが、きっと笑顔はもっと、輝くように美しいだろう)



ふと、視界に捉えたジャンの姿に、ジュリアスは慌てて席を立つ。

柱に凭れるジャン、そのすぐ後ろにはレアンドル・デファー。


「何故あいつがあの場にいる!」


ジャンの周りの騎士達は気が付いていないのか、エミリアに降り注ぐ祝福に目を奪われているようだった。


ジュリアスは後ろに控えている近衛騎士に声をかけ慌てて階を下る。

途中神殿の騎士を捕まえレアンドルが居たことを伝え、手の空いている者を連れて下階に急いだ。

祭壇の近くに寄れるのは限られた騎士のみ。当然、神殿の騎士ではないレアンドルにはその資格がない。






「これより先はご遠慮下さい!」


扉の前で立ち塞がる騎士、ジュリアスの立場では通ることは出来ず、騎士は入場を拒否した。


「レアンドル・デファーが中にいる!緊急事態だ!ここを通せ!!」


通していないと言い張る騎士、それでも食い下がるジュリアスの剣幕に騎士は顔を見合わせる。


「では中を確認して参ります。」


このままでは引かないと判断したのか一人が扉を開け中に入って行く。

ジュリアスは騎士の視線が反れた一瞬を見逃さず中に押し入る。


「殿下!お戻り下さい!!」


そのまま急ぎ中に入りジャンを探した。

辺りを見回すも、レアンドルの姿は無い。


柱に凭れ祭壇を凝視するジャンの姿を捉えるも、すぐに違和感に気が付く。


(血が!)


観客のざわめき。様子がおかしい。


「何で、何でよ……アンディの言う通り……あなたが、私の力を奪ったの?」


ジャンのそばに駆けつけるも、ジャンは縺れる足でエミリアに向かって駆けて行く。



ジャンがエミリアを抱えると同時にオリヴィアが腕を振り下ろした。



「ジャン・ルイズ!!」









すぐさまオリヴィアは騎士によって取り押さえられ連れ出された。


エミリアに覆い被さるジャンの顔は白く酷く汗をかいている。

右脇腹と右肩、傷自体はどちらも致命傷ではなく死ぬようなものではない。ジャンの状態からすぐに毒と判断した。




(扉から出ていないなら何処から出た!?・・・・・・隠し通路か)


「ヤツは表からは出ていない、探せ!」


大礼拝堂の中は騒然とし、観客は目の前の状況に混乱し叫び声をあげる。

すぐに騎士が集まり規制がなされ、誰一人として屋外に出ることを禁じられた。





「・・・うそ、でしょ?・・・起きて、ねぇ、起きてよ」


エミリアの腕はガタガタと震えながらジャンを抱え必死に声をかける。

騎士や神官がエミリアからジャンを離そうとするも、エミリアは離さなかった。


「ねぇ、ジャン、起きて、起きてよ・・・ジャン・・・ねぇ」


ぼろぼろとエミリアの瞳から涙が溢れる。


「リア、リア」


「いや、だめ、お願い」


ジャンを抱きしめたまま首を振り離されまいと必死に嫌だと訴える。



「リア、まだ間に合う。早くジャンを治療してやろう、ね?」


エミリアの後ろからゆっくりと必死にジャンを掴んでいた腕を離す。離れたと同時にジャンは騎士達によって運び出されて行った。

ジュリアスは脱いだ上着で血に染まるエミリアの姿を隠し抱き上げ、駆けつけた騎士や神官らとその場を後にした。













非常用の隠し通路を使って逃げたレアンドルは通路の出口で先回りした騎士によって捕縛された。しかし口の中に仕掛けていた毒によって自死してしまう。

同じように捕縛された元癒しの神子オリヴィア・ラス辺境迫令嬢は、儀式の中自身にだけ祝福がなく、自身の力が消えたのはエミリアが奪ったからだと主張したが、その後貴人牢内で冷たくなっているのを発見される。外傷はなく毒の反応もなく死因不明であったが、自死とされ遺体はラス辺境迫に返されることとなったが、辺境迫はこれを拒否。協会が管理する共同墓地に埋葬された。



観衆の目の前で起こった癒しの神子による恵みの神子の襲撃は、瞬く間に国中に広がることとなった。

襲った癒しの神子が自国の貴族であったことから、国に不幸が降り注ぐことが懸念された。日照りや水害、流行り病などは起こらなかったが、あの日からずっと雨が続いている。

国民は皆、恵みの神子の心が泣いているのだと口にした。















ジュリアスは事件の後すぐにメルヴィス領に戻ったが国王の要請を受け昨夜単騎で王都へ戻ってきていた。神殿側が何一つ情報を国に示さないからだ。唯一分かっているのは今回の騒動の責任を取り現神官長が退任を決めたことだけ。エミリアやジャンの状態、さらには癒しの神子カーラについても情報が閉じられていた。






「ガレス、リアの様子は」


ガレスは悲しげな顔で首を振る。


「もう7日、ずっと彼に付いています」


あの後エミリアは目を覚まさないジャンの側から離れようとしなかった。少しでも休ませようとしても休まず、ベッドの横で一日を過ごす。



「このままではエミリアの方が倒れてしまいます」


ジャンの眠る部屋の扉を開ければエミリアはベッドに寄りかかり静かに寝息をたてていた。

ジュリアスが優しく髪をすくと、ふとエミリアが目を覚ます。


「・・・・・・・・・」


「リア眠るなら、、、ソファーを使って」


ベッドへと言おうとしてジュリアスはソファーへと直した。この部屋から出ることをエミリアは望まないだろうと考えたからだ。ジャンの部屋に設置された柔らかなソファーはエミリアを休ませるために置いたもの。ソファーを指すと、エミリアは小さく頷いた。ジュリアスはエミリアの手を引いてソファーまで連れて行き、うとうとと瞼を落とすエミリアに毛布を掛け、控えている侍女、護衛に任せ部屋を出た。








「殿下、隣国の様子はどうでしょうか」


「・・・・いつ開戦してもおかしくない。あの騒ぎで開戦の宣言の先送りを余儀なくされた。あのレアンドル・デファーは辺境迫の遠縁にあたる没落した子爵家の三男だが、確認したが偽物だった。私たちの見たレアンドルは赤毛の25~6、本物のレアンドルは今年19で金髪だ。いい仕事を見つけたと王都に出てから連絡がとれなかったと言う。・・・・・・オリヴィアは『アンディの言うように』と言った。ヤツはオリヴィアの資格が消えたのを知っていたんじゃないか。そしてレアンドルがジャンを始末し、オリヴィアに恵みの神子を傷つけさせる。殺さなくてもこの国の貴族が危害を加えるだけでいい、それだけでこの国は恵みを失う。あのレアンドル・デファーはアルドゥラの者だろう」


「・・・・・・やられましたな」


「ああ、全くだ。あのレアンドルがアルドゥラの手の者なら喜んでいることだろう。過去に神子を傷つけ、疫病や水害に見舞われた土地もある。ガレス、予定通りの日程で向こうに戻る。準備は」


「・・・・・・しかし殿下」


「リアか?」


「エミリアは、殿下が不利になるのではと懸念しています」


「ならば問題はない」


「・・・・・・・では、二日後の朝、お待ちしています」




ジュリアスはガレスに見送られ屋敷を後にする。神殿の入り口では、閉じられた扉の前で、雨のなか恵みの神子エミリアのために祈る民衆の姿があった。









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