溢れるほどの花を君に

ゆか

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ふと、目が覚め、隣でじっと座りながら目を閉じるガレスの姿が目に入った。


エミリアは慌てて体を起こし、部屋の扉を開け待機しているウォーロフにガレスを部屋で休ませて欲しいと伝えると、ではエミリア様もと返ってきた。

ガレスを起こし部屋へ送る。そのままエミリアは神官に自室へと押し込まれた。

部屋の中には神官と女性騎士が一人控え、エミリアが休むのを見張っているかのようだった。

観念したエミリアは仕方なくベッドへ入る。


横になっても先程のような眠気はやって来ることはなく、目を閉じればオリヴィアの鬼気迫る顔と、ジャンの血の気の失せた白い顔が浮かんだ。

手のひらに感じたぬるついた血の感触と錆びた鉄の臭いを思いだし、体が震え、恐怖が蘇った。


「エミリア様、お手を」


控えていた神官が小さな椅子をベッドの脇に置き座り右手を出した。

エミリアは言われた通りに手を出すと、神官はその手を取った。


「エミリア様が休まれましたら私が騎士の元に参ります。以前死にかけたときも私が世話をしました。あの時に比べれば毒など大したことはありません。ですからどうかゆっくりとお休みになってください。」


いつも無愛想な神官がエミリアを安心させようとしているのが分かりエミリアの胸が少しだけ温かくなる。



「・・・・ありがとう、ヴァル」




思い出さないよう、別のことを考えながらエミリアはゆっくりと瞼を閉じる。

騎士は恵みを神子に分ける。何故分けるのか、騎士が現れるまでは恵みがあったのだろうか。


(イリエストリナには恵みがない。彼女のように18まではあったの?・・・・・無い。イリエストリナは加護を、恵みを失った。その欠片にも加護は無いはず。)


幼い頃は普通の子供と同じように育った。怪我や風邪が治らないなどということもなく。


(熱を出すと、おばあちゃんが蜂蜜をお湯に溶かしてくれた。風邪は治ったし、死ぬほど苦しかったわけではない。)


恵みの神子は薄幸であるとされている。ガレスやエミリアも例外ではなく、それは同じ魂の欠片であるから同じような運命に見舞われるのだと思っていた。


(・・・・・・・彼の回復が遅いのは私がいるせい。私がジャンの分の恵みを取るから)




「エミリア様?」


「・・・・駄目ね、考えることみんな暗いことばかりで」



控えていた女性騎士がもう一枚毛布をかけてくれ、ベッドの傍らで膝をつきヴァルの握る手に手を添えて微笑んだ。エミリアは今度こそゆっくりと意識を落としていった。




エミリアが意識を落として暫く、ヴァルは女性騎士のリズにエミリアを任せ部屋を出た。扉の前の騎士にジャンの元に行くので何かあれば知らせるように頼み、斜向かいにあるジャンの部屋へ向かった。


先ほどまで静かに眠っていたジャンは薬の効果が切れたためか、浅い呼吸を繰り返し苦悶の表情を浮かべている。

そんなジャンを冷めた目で世話をする神官から手拭いをもらい、自分がするからと休憩を勧めた。

部屋には二人ほどが残り、その者達と体を拭き包帯を替えた。


薬を水差しの中で溶き念のために口をつけて毒味をする。

この行為が、一部の者、ジャンとエミリアの過去を知っている者には受け入れられず、ジャンの回復が遅いのを神罰と信じているからだ。


ジャンの受ける恵みがエミリアに分けられていることは一部のものしか知らない。ヴァルも全てを知っているわけではないが、神子の秘密の一部を知るものの一人だ。だからこそ、ジャンを生かそうと尽力する。


ジャンの頭を持ち上げ水差しに溶いた薬を少量流し込む。

唸りながらも少しずつ飲み込んでゆく。飲み込んだことを確認し、そっと頭を戻す。




「早く目を覚ませ。」
















厚い雲が空を覆う、事件から12日目、神殿の閉じられた門の前には祈りを捧げようと民衆が集まっていた。

門の前にはたくさんの花を持ち恵みの神子の心を慰めようと人が集まる。ここ最近ずっと神殿内には花が溢れている。神子が好むと言われていたためだ。神殿側の動向が気になる者、災いを恐れて許しを乞う者、純粋に騎士や神子を心配する者など様々。その中には貴族や富豪の姿も見られた。



正午を過ぎた頃、固く閉じられた門が開き、新たに着任した神官長と数名の神官が姿を表した。

張り出された触れには、今回の分かりうる経緯と、エミリアがメルヴィスへと発ったことが記されていた。



メルヴィスは隣国との間にある最前線、開戦となれば戦場となり神子が出向く場所ではない。

恵みの神子は国の宝、慰問などで王都を離れることがあっても、大事に守り危険から遠ざけるのは国民の共通認識だ。恵みの神子が恵みを持たないのは当たり前の事で、だからこそその身を守る為に管理のされた神殿で暮らす。第2王子が向かうのとはまた違った意味であり得ない事であった。



何故神子が向かうのか、場は混乱を極めた。

神子がこの国を捨て隣国に渡るのではないかと。ならばこの国はどんな災いが降り注ぐのか、神子ガレスがいれば暫くは大丈夫なのではないかと。


神官達は身勝手な民衆に、拳を握り眉根を寄せた。


「・・・・・・神子の恵みは恒久ではない。神子が死んだ後、ここ百年で恵みに慣れてしまった者は生きられるでしょうか。答えは否でしょう。では、アルドゥラはどうでしょう。ここ百年恵みはなくとも国は機能し飢えるわけでもありません。神子が死した後、立場は逆転する。神子エミリアは真にこの国の民の未来のために、メルヴィスに向かいました。彼女はこう、言いました。『高く安全な場所から祈るだけでは真の豊かさは得られない。真の豊かさは努力の先にある』と。彼女は、目の前の豊かさではなく、百年先の平和を望みました。どうか、理解して頂きたい。」






この日から王城は混乱に見舞われた。

何日も続く雨は止んだが、肝心の神子まで居なくなってしまったのだ。

今まで隣国との関係に口を出して来なかった神殿が国の意向と違い争いを回避しようとジュリアスを抱き込んだのだろうと。

事件から今日まで神殿は固くその門を閉じ、人の出入りを制限していた。

神子が神殿を出てもその情報を外に漏らすのは困難を極め、情報を掴むことが出来なかった。

更に、今まで神殿の動向は主にジュリアスが探っていたため、誰もジュリアスが神殿側に付いたことに気がつかなかったのだ。



メルヴィス領までは単騎で二日、神子の特性を考えると、疲労の溜まる馬ではなく馬車で移動すると考えられ、幾つかのルートに騎士を派遣し、ジュリアスの真意の確認と神子を説得し、連れ帰るよう命じたが、どのルートにも、一行が訪れた形跡はなく、メルヴィス領に赴くも、ジュリアスの側近、ロイ・サルディアスによって城主の不在を理由に神子の滞在の確認もできず追い返される事となる。




メルヴィス領では、降臨祭での神子の襲撃の話のみならず、事件の三日後にはメルヴィス領に神子が滞在していると噂が広がっていた。これはロイ・サルディアスが情報操作を行った結果ではあるが、この噂にアルドゥラ側は進軍を中止せざるを得なかった。

アルドゥラ側の密偵が王都から戻るのは最短で二日、場合によってはもっとかかる。噂の確認に奔走することとなった。

確かに密偵からはメルヴィス領主らしき男が神子らしき女を伴い神殿に入ったと報告があるが、エミリアの顔を知る密偵が戻り確認を済ますまではアルドゥラは動きを封じられる事となる。

件の女が恵みの神子であるとは限らないが、神子ではない確認がとれない以上、万が一自国の兵が神子を傷つけてしまった場合のリスクは計り知れない。










メルヴィスの神殿には厳重な警備がしかれ、神官や騎士たちが見守るなか、祭壇の前では白い神子の衣装に身を包み、ヴェールで顔を隠した美しい女の姿があった。

祈りを終えると女の頭上からは祝福の光が舞う。



「神子様、お部屋までお供致します」


女は頷き差し出された手に手を乗せゆっくりと歩き出す。その少し後ろを騎士が歩く。

騎士との距離を確認し、声を潜め話し出す。


「ロイ様、大丈夫でしたか?」

「ええ、完璧です」

「あの方と私では祝福の量が違います」

「向こうの者には分からないでしょう」

「ですがいくらお化粧しても年齢が」

「大丈夫、ばれやしませんよ。取り敢えず何かあれば無表情で頷くか首を振るかでエミリア様になれます。」

「・・・・・ヴェールマジックですね」







「では神子様、ここで失礼致します」


神子が無言で頷き部屋へ入る。


それを確認し、ロイはその場を後にした。


(ジュリアス様、早く戻ってください!ばれる前に!!)









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