溢れるほどの花を君に

ゆか

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番外編

星空の向こう側へ 1

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星空の向こう側へ、全五話。

全体的に暗いお話になっており、人の生き死にに関わるお話です。苦手な方はご注意ください。

本来なら本編へ入れるはずの物でしたが、身内の不幸と重なりははぶいていたものです。


_________________________






恵の神子エミリアが王都の中央神殿を出て2年が経った。


初年度こそ様々な貴族や権力者からのご機嫌伺いが忙しなく忙しかったが、2年も経てば落ち着き、今では稀に王家や一部の高位貴族からのご機嫌伺いの手紙が神殿に届く程度になった。

公爵領から王都まではさして距離がある訳では無いが、中央神殿に居るガレスや神官長、ジュリアス達の働き掛けのお陰もあり、神殿まで押しかけてくる迷惑な訪問は無くなった。

エミリアが移り住んでからメルヴィス領付近の国境では小さな争いさえ起きていない。それどころか隣国アルドゥラからの入国希望者が増え、入国審査が間に合わないと制限をかける程だ。


この二年、神殿とエミリアに様々な圧力がかかった。自国の王家からだけではなくアルドゥラの王家、高位貴族、そしてガルグース神殿からは大神官、ではなく神官長が。

王子との婚姻、領地、金や宝石などを与えようとやって来た。

そんな彼らを見てエミリアは自嘲的な笑みを浮かべた。

彼らにとってのエミリアはその程度なのだ。

ある程度の権力や財をチラつかせれば国境を跨ぐ元平民女。

打算的な笑みを浮かべる彼らを迎え、一言も話すことなく面会は打ち切られる。

侮ったことを詫びる者も居たが、ほとんどが悔しそうにエミリアを睨みあげた。


今ではアルドゥラの者でエミリアに目通りが叶うのはわずか数人となっていた。







窓枠に肘をかけ、暖かい日差しを窓越しに受けながら庭を眺める。


ポカポカと暖かい日差しに微睡む。

窓の外から聞こえてくる鳥の囀りを、波のさざめきを子守唄代わりにして。





「失礼致します。エミリア様、お支度が整いました」



部屋に入ってきたのはエミリアが現在滞在しているラーダム神殿の神官長を務めるリヤード・アッカー。

エミリアの脇に控えているジャンはリヤードに対してシーっと人差し指を口元に宛ててからそっと肩掛けをかけた。

窓辺で外の景色を眺めていたのだろう、窓枠に凭れたまま静かに寝息をたてていた。


半年前、アルドゥラとラグゼルが10年限定ではあるが平和協定を結んだ。長年争った国同士、恒久的な平和条約を結ぶには至らなかったが、協定書にサインが入った次の月にはエミリアはザガリードを通してアルドゥラ訪問をアルドゥラの国王に申し入れた。

国同士の都合とは違い、民間の間ではまだアルドゥラとの争いで家族を亡くし割り切れていない者も多い。

中央神殿を通しラグゼルの国王の耳にも入り、早馬でやって来た宰相に考え直して欲しいと訴えられた。

やっと結ばれた平和協定、両国が和平を結ぶ架け橋になりたい。そう伝えるエミリアに、それでも国を出て欲しくないと食い下がる宰相と、ジュリアスを交え協議した。必ず帰ることと、王国の騎士を護衛として連れること、エミリアの独断ではなく国民のために神殿側が国に申し出た形にし、ラグゼルの王家と神殿の関係が良好であるとして欲しい。そう主張され、強行するのも争いの種になり本意ではなくエミリアはそれを飲んだ。


王国騎士を伴いアルドゥラの王都ガスグールを目指すこと二週間、王国騎士六名、神殿の騎士五名、神官が四名、ジャンはエミリアをよく知る者を共に選んだ。

ザガリード率いるアルドゥラの騎士が国境を越えるとすぐに迎えに訪れ、当初予定していたよりも大所帯での移動となった。


王都に入り一番に訪れたのはガスグール神殿ではなく王城。謁見の間には国王夫妻のみならず、国の要職に就く大臣や上位貴族、そしてガスグール神殿の大神官、神官長がいた。

エミリアはエスコートするザガリードからひそりと耳打ちをされ大神官に視線だけ合わせる。

目が合った大神官はエミリアが思っていたよりも若く、40歳代の男だった。大神官は口の端を僅かに持ち上げ礼を取る。

事前にザガリードを通しアルドゥラの主要な神殿には王家を通し通達していた。エミリアは大神官の存在を知っており、当然相手もまた知っている。二人が顔を合わせるのは今が初めてで、この後神殿を訪問する事が決まっている。


恐らくエミリアからの反応を期待していたのだろうがエミリアは表情を変えずに目の前の国王に目を向け、ザガリードは帰城の挨拶をし膝を着いた。

エミリアは国王に停戦協定を結んだ事の感謝の言葉を述べ、頭を下げ、なるべく早い和平を願っていると伝えた。

途端、謁見の間の空気がザワりとした。

王家と対等とも言われる恵の神子が王に対して頭を下げたことと、恵の神子が両国の和平について言及したからだろう。

国王はエミリアへ歓迎の言葉を述べ、アルドゥラへとしても神子の希望を前向きに検討する事と、出来るだけ長い滞在をとの言葉を賜った。


王都ガスグールでは王城に10日、ガスグール神殿に10日滞在し、王家寄りでも神殿寄りでもないことをアピールした。

後にガスグール神殿の大神官から恵の神子が頭を下げた事への小言を受けたが、エミリアは大神官に従う気はなくガスグール神殿で行われた民への神子の披露目では、『訪問を快く迎えてくれたアルドゥラの民に感謝すると共に、アルドゥラとラグゼルの平和の架け橋になりたい』『各地方の神殿が民と国を繋ぐ架け橋になってくれる事を願います』と声明を出した。


王家を支持するとも取れる発言に、貴族派と繋がる大神官も拳を震わせた。

この発言により、ラグゼルとの戦いを支持する者や反王家勢力はエミリアへの不快感を露わにし、大神官は不用意な発言を控えるようエミリアに進言する。エミリアは表面上ではあるが、他国の政治に影響を及ぼす可能性がある発言をしたと無知であったと詫びた。

明らかに警戒する大神官に、ラグゼルから共に来た騎士らはガスグール神殿への滞在中最大限警戒し、いかなる時もエミリアを1人にすることはなかった。


日々訪れる神殿関係者や社会的地位のある者たちの中混じる派・閥・の・違・う・神・殿・の・神・官・長・の話を聞き是非足を運びたいと頼めば神官長はこれを了承、エミリアはその道程で問題のある地方を巡る事を希望した。王家は快く了承したがガスグール神殿の大神官は危険が伴うとして反対し、代わりに整備された道程でゆける貴族の領地を経由してはと申し出た。大神官が反対したのはこれらの理由だけではないとは分かってはいたが、エミリアは知らぬ振りをした。

そして当然の事ながらエミリアはこれを拒否、豊かな街ではなく特に貧している町や村への訪問を望んだ。

議論の末に、エミリアの希望は尊重されたが、途中可能な限り安全な道を行き、その地方の領主の元に滞在する事となる。護衛自体はエミリアがラグゼルから連れて来た者だけでかなりの人数であり、大所帯になりすぎる事を嫌ったエミリアだが、アルドゥラの王家から近衛騎士三名、ガスグール神殿に仕える騎士三名とアルドゥラの癒しの神子一名を付けることで渋々合意した。

神子一行はラグゼルから連れて来た騎士達に加え、アルドゥラ王家と神殿の騎士、癒しの神子、そして切っ掛けとなった神殿の神官長、リヤードとで総勢23名の大所帯となった。これらとは別に安全管理のためまだまだ人員は割かれているが、その者達はエミリアと関わることが無いためエミリアには知らされてはいない。


目的地ラーダム神殿に向かう途中に幾つもの町や村に訪れた。

アルドゥラはラグゼル以上に貧富の差が激しく、場所によっては目を覆いたくなるほどであった。訪れる地域はアルドゥラ王家と神殿の希望を聞き決めた。

エミリアが訪れた町の中には、流行病で打撃を受けた貧困に喘ぐ小さな村があった。神殿側が希望したこの町は一昨年流行した肺病によって村の半分もの命が失われ、現在病は鎮静化していても働き手が足らず貧しさに苦しむ者たちの町。昨年夏の日照りで井戸は枯れかけ、畑の作物は肥料不足か力なく項垂れている、滞在する施設さえない場所であった。

皆、エミリアを見ても表情はあまり動かず、中には恨めしそうに睨む者もいた。

この村の訪問はエミリアが根を上げるだろうと組み込まれたものだが、それに反しエミリアは実に20日、衛生状態の悪い中簡易のテントに滞在した。恵の神子の滞在で農作物に影響を及ぼすまで10日から20日かかるからだ。

祈りによって3日目には雨が降り、その雨水をろ過、煮沸し飲み水や清潔を保つために使った。

どんなに祈りを捧げても食料問題だけはどうにもならず、住民のために騎士が交代で狩りに出かけたが、それでは根本の解決にはならない。神子であってもどうにもならないことに悔しさに唇を噛むこともあった。


神子の効果と程よい雨により作物の緑が増してゆく。住民は直ぐに収穫したがったが我慢させた。飢えている彼らにとってはとても苦しい期間だっただろう。何度も理由を話し、もう少しだけと頼んだ。

18日後、息を吹き返した畑を見て涙を流し喜ぶ姿にエミリアは感動でも喜びでもなく、ただホッとした。

この喜びが一時的なものでしかないと知っているから、素直に喜ぶことは出来なかった。エミリアがこの村を去れば大地の恵は消える。恐らく1年も続かない。

そしてこの状態まで放置されていたと言うことは、神殿も、国も捨ておいたと言うこと。

神殿の意向は付いてきたアルドゥラの癒しの神子を見れば分かる。貧しい彼らを眉を顰め、嫌悪の滲む目で見る。

アルドゥラには癒しの神子が4人いると聞く。その全てが同じだとは思いたくないが、あまり期待はしないでいようとエミリアは考えた。

村を出る日、ありがとう、ありがとうと、痩せた男がエミリアに跪いて礼を言った。

また来ると約束は出来ない。ならばと、跪いて頭を下げる男の肩を抱き、男と住民の健康を願った。栄養状態の悪い彼らが今病を得れば耐えきれないのではと心配だったからだ。体さえ丈夫なら耐えることが出来るから。


集まっていた住民達に恵が降り注ぐ。その多くが奇跡だと、降りそそぐ光を見上げ静かに涙を流した。

それを確認し、神子一行は村を後にした。



村を出て暫く、エミリアはアルドゥラの癒しの神子を呼んだ。


祈ることが出来ないのなら今すぐ神殿に帰るようにと、きつく伝えた。

そう、アルドゥラの癒しの神子は1度も祈らなかった。いや、正確には祈りはした、領主館や主要な神殿でのみ。

エミリアはその姿勢が気に入らなかった。

恵の神子がアルドゥラに居なかった為か、癒しの神子はエミリアの苦言に顔を僅かに歪ませた。

返事はなく下を向いたまま唇を噛む姿に、もういいと突き放した。無理に追い返しはしなかったがジャンやヴァルは暫くの間エミリアと癒しの神子に距離を置かせることにした。





通常ならば王都ガスグールからラーダムまでは十日程、神子一行はそれを回り道しながら、実に二月かけて到着した。













「疲れが溜まってるんだ。少し寝かしても?」


「ではベッドへ」


「運んだら起きてしまうからこのまま少しだけ」



ジャンは部屋で待機していたバルナとリズに目を向けると、2人は小さく頷いた。


リヤードは部屋をぐるっと見回し、ジャン以外に護衛が居ることを確認し、では、とジャンを手招きし小さな声で耳打ちした。



「ではジャン殿、今の内に貴方に見せたい物があります」

「私に?」

「ええ、貴方に」


2人は少しの間外す事をバルナに伝え、そっと部屋を後にした。




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