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渡る世間に鬼はなし
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次の日から俺は休む間もなくやってくるヘドロに俺の魔力を食べさせては魂を解放するを繰り返した。魔力を使い切って倒れたところをエルヴィス達に回収されたことも数度ではない。やってくるヘドロは後を絶たないし、食べさせる魔力の量が足りなければその源である俺を取り込んでしまおうと口を開けるヘドロも少なくないので、毎度命の危機を感じながらの繰り返しだ。綺麗だった中庭はヘドロが巻き付いてすべて枯れ、人一人いない屋敷は薄汚れて朽ちかけている。そこにいる俺も生気がそぎ落とされ、もう生きているのか死んでいるのか分からなくなってきた。
死んでしまってはいけないのでもう味もよく分からないがご飯は食べる。夜は悪夢で飛び起きるが寝ないわけにはいかないのでベッドには入る。瘴気から漂い出す負の感情は全てシャットアウトできても、魂たちが発する怨嗟の声は俺の耳から絶え間なく入り込んでお腹で消化されずに延々ぐるぐると回っては俺を苛む。誰かを恨む声、死にたくないと泣く声、大事な人を亡くして泣き叫ぶ声、親を探す子どもの声…。もう聞きたくないと耳を塞いでも入ってくるそれを跳ねのけることは出来ず、消耗する体と同時に心も衰弱していった。エルヴィス達は心配して休めというが、これは俺にしか出来ない仕事だし、俺が休んで濃くなった瘴気がどのような悪さをするかも分からない以上止まることは出来ない。
ある日、朝から2つのヘドロを掃除して倒れこんだ俺のところに半透明の人型が数体やって来た。敵か、と身構える俺にその中の1体が話しかける。
「あなたが、死の神の使いですか。我々は危害を加えに来たのではありません。お願いです、私たちも無限の地へと導いていただけないでしょうか。」
「無限の地?」
「はい、あなたがあの魂の塊を送っておられる先、肉体を離れた魂の行き着く世界です。」
「いいけど、あなた達も死んだ魂なのか?なんで話せる?なんで瘴気に包まれていない?」
「それは我々が人ではないからでしょう。私はエルフ族、他の者もドワーフや獣の血を引いております。」
そう言われて見れば、話している男は人より更に背が高く優雅だし後ろの人も小さかったり獣人っぽかったり獣そのものだったりと変わった姿をしていた。
「人以外の種族は初めてでしょう?我々はもう彼らと交流を持たないので。」
「ああ、うん。獣人以外は初めて。で、人と違うとなんで瘴気に呑まれないんだ?」
「なぜ死んだ魂が負の感情を引き寄せるのだと思いますか?それは彼らが死を恐怖しているからです。人族は死を辛く苦しいものだとして忌避し、魂となっても死んだ者同士が集まって寂しさを紛らわせる。それが周囲の負の感情を刺激するのです。もちろん我々の中にも呑まれる魂はおります。しかし大半は死を受け入れている。」
後ろの小さな女性が説明を引き継ぐ。
「人間の死生観はその他の種族と根本的に違う。我々は死は自然の摂理であると理解しているし、生あるものに死が訪れることこそ道理だと納得している。死を悲しまないわけではないが、死が全ての終わりとも考えない。死した後に悲しみ怒ることもなければ、生者を羨んで寂しがるなどしない。」
「そもそも人族は弱く寿命が短いわりに争って殺し合ってばかりだ。彷徨う魂の数が多ければ更に集まる者も多かろうて。」
黙って聞いていた獣が吐き捨てるように付け足す。獣が話すことに驚いたが、そこはとりあえずおいておいて聞かされた内容を反芻する。
「つまり、あのヘドロは基本的に人間が寄り集まってできたもので、あなた方のような魂もたくさん存在すると。」
「そうです。瘴気に近づくとうっかり囚われてしまうこともあるので大半は離れた場所に留まっておりますが、死の神の使いが現れたと風の便りに聞きまして、こうしてやって来た次第です。」
「俺が死の神の使いだと信じるんですか。…怖くはないのですか?」
「はっ!死の神を忌み嫌うのは人間だろう。全く愚かな。死の神の力なくてどうやって死者は旅立てる?」
獣がバカにしたように笑う。
「我々は死せば無限の地へ送られると教えられてきましたが、実際に魂となってみれば導きがないために地上に留まる他ないと知りました。そのため致し方なく地に留まったのです。あなたが現れた今、やっと旅立てると喜んでおります。」
「なるほど、なんとなく理解しました。俺はあのヘドロを哀れだと救わねば思っていましたが、あなたがたは違いますね。俺はただあなた方を手助けするだけだ。長々と留めてすいませんでした。今俺の魔力を出しますね。」
そういってそれぞれの前に魔力の塊を浮かせる。彼らが自我を保っていたからだろうか、ほんの少しの魔力を体に浸透させただけでみんな空に昇って行ってしまった。
その後もひっきりなしに来るヘドロの対応をしながら、今日であった半透明の彼らのことを考えていた。死の神がこの世界で機能していたころはあれが普通の死の形だったのだろう。それが崩れてこんなヘドロまで生み出して。俺だって死ぬのは怖いから人間を弱いと言うことは出来ないけれど、でもなぜ人だけがこんなに歪んでしまったのかと思わずにはいられなかった。
このことはきちんとエルヴィス達にも報告した。この国の宗教、主神様の教えに正面から意を唱えるような内容だし、国の裏を調べようとしている彼らに必要なものだろうと思ったからだ。人外の種族とは交流が絶えて久しかったらしく、エルヴィスは俺が話したと言えばかなり驚いていた。中でもエルフ族は1000年以上も断交しているらしく、みなおとぎ話の中の存在だと思っていたらしい。私も会いたかったとぼやくマルタに思わず笑い、いつもよりご飯が美味しく感じられて、つかの間の休憩を楽しむことが出来た。
死んでしまってはいけないのでもう味もよく分からないがご飯は食べる。夜は悪夢で飛び起きるが寝ないわけにはいかないのでベッドには入る。瘴気から漂い出す負の感情は全てシャットアウトできても、魂たちが発する怨嗟の声は俺の耳から絶え間なく入り込んでお腹で消化されずに延々ぐるぐると回っては俺を苛む。誰かを恨む声、死にたくないと泣く声、大事な人を亡くして泣き叫ぶ声、親を探す子どもの声…。もう聞きたくないと耳を塞いでも入ってくるそれを跳ねのけることは出来ず、消耗する体と同時に心も衰弱していった。エルヴィス達は心配して休めというが、これは俺にしか出来ない仕事だし、俺が休んで濃くなった瘴気がどのような悪さをするかも分からない以上止まることは出来ない。
ある日、朝から2つのヘドロを掃除して倒れこんだ俺のところに半透明の人型が数体やって来た。敵か、と身構える俺にその中の1体が話しかける。
「あなたが、死の神の使いですか。我々は危害を加えに来たのではありません。お願いです、私たちも無限の地へと導いていただけないでしょうか。」
「無限の地?」
「はい、あなたがあの魂の塊を送っておられる先、肉体を離れた魂の行き着く世界です。」
「いいけど、あなた達も死んだ魂なのか?なんで話せる?なんで瘴気に包まれていない?」
「それは我々が人ではないからでしょう。私はエルフ族、他の者もドワーフや獣の血を引いております。」
そう言われて見れば、話している男は人より更に背が高く優雅だし後ろの人も小さかったり獣人っぽかったり獣そのものだったりと変わった姿をしていた。
「人以外の種族は初めてでしょう?我々はもう彼らと交流を持たないので。」
「ああ、うん。獣人以外は初めて。で、人と違うとなんで瘴気に呑まれないんだ?」
「なぜ死んだ魂が負の感情を引き寄せるのだと思いますか?それは彼らが死を恐怖しているからです。人族は死を辛く苦しいものだとして忌避し、魂となっても死んだ者同士が集まって寂しさを紛らわせる。それが周囲の負の感情を刺激するのです。もちろん我々の中にも呑まれる魂はおります。しかし大半は死を受け入れている。」
後ろの小さな女性が説明を引き継ぐ。
「人間の死生観はその他の種族と根本的に違う。我々は死は自然の摂理であると理解しているし、生あるものに死が訪れることこそ道理だと納得している。死を悲しまないわけではないが、死が全ての終わりとも考えない。死した後に悲しみ怒ることもなければ、生者を羨んで寂しがるなどしない。」
「そもそも人族は弱く寿命が短いわりに争って殺し合ってばかりだ。彷徨う魂の数が多ければ更に集まる者も多かろうて。」
黙って聞いていた獣が吐き捨てるように付け足す。獣が話すことに驚いたが、そこはとりあえずおいておいて聞かされた内容を反芻する。
「つまり、あのヘドロは基本的に人間が寄り集まってできたもので、あなた方のような魂もたくさん存在すると。」
「そうです。瘴気に近づくとうっかり囚われてしまうこともあるので大半は離れた場所に留まっておりますが、死の神の使いが現れたと風の便りに聞きまして、こうしてやって来た次第です。」
「俺が死の神の使いだと信じるんですか。…怖くはないのですか?」
「はっ!死の神を忌み嫌うのは人間だろう。全く愚かな。死の神の力なくてどうやって死者は旅立てる?」
獣がバカにしたように笑う。
「我々は死せば無限の地へ送られると教えられてきましたが、実際に魂となってみれば導きがないために地上に留まる他ないと知りました。そのため致し方なく地に留まったのです。あなたが現れた今、やっと旅立てると喜んでおります。」
「なるほど、なんとなく理解しました。俺はあのヘドロを哀れだと救わねば思っていましたが、あなたがたは違いますね。俺はただあなた方を手助けするだけだ。長々と留めてすいませんでした。今俺の魔力を出しますね。」
そういってそれぞれの前に魔力の塊を浮かせる。彼らが自我を保っていたからだろうか、ほんの少しの魔力を体に浸透させただけでみんな空に昇って行ってしまった。
その後もひっきりなしに来るヘドロの対応をしながら、今日であった半透明の彼らのことを考えていた。死の神がこの世界で機能していたころはあれが普通の死の形だったのだろう。それが崩れてこんなヘドロまで生み出して。俺だって死ぬのは怖いから人間を弱いと言うことは出来ないけれど、でもなぜ人だけがこんなに歪んでしまったのかと思わずにはいられなかった。
このことはきちんとエルヴィス達にも報告した。この国の宗教、主神様の教えに正面から意を唱えるような内容だし、国の裏を調べようとしている彼らに必要なものだろうと思ったからだ。人外の種族とは交流が絶えて久しかったらしく、エルヴィスは俺が話したと言えばかなり驚いていた。中でもエルフ族は1000年以上も断交しているらしく、みなおとぎ話の中の存在だと思っていたらしい。私も会いたかったとぼやくマルタに思わず笑い、いつもよりご飯が美味しく感じられて、つかの間の休憩を楽しむことが出来た。
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